第6話 扇子で無双の意味とは?


「それは乙女ゲームのタイトル『悪役令嬢は扇子で無双する』についてです。この、悪役令嬢――どのへんが悪役なのかよくわからないですが、これがヒロインであるクラウディア・サウス・チャンドラー嬢を指しているのはわかりました」


「確かに、ヒロインなのに『悪役』は意味わからないよなぁ」


「私が不足していると申し上げたのは、そこではありません」


 賛同してくれたユージンに対し、アレックスは冷たく返す。こいつに友達はいるんだろうか。ちょっと心配になってきたぞ。


「後半の『扇子で無双する』についてです。無双とは、並ぶものがないほどすぐれていることを指します。確かにクラウディア嬢の扇子は大きいです。高価なものであることはわかります。ですが、並ぶものがないほどすぐれているとは思えません。貴族のご夫人ならあれくらいはお持ちでしょう」


「あぁ、それはね。扇子が無双ではなく、扇子無双だから――」


 クラウディアは全長70センチほどの巨大な扇子を何種類も持っている。


 クラウディアはその扇子で戦うのである。ある時はユージンやロデリックと共に街に跋扈ばっこしているゴロツキを倒し、ある時はイバキラ王国のバイロニー王太子の暗殺を阻止したりする。あの扇子は武器でもあるのだ。


 彼女は、かつてこのカントゥール大陸を制した天下人の父・エドゥール皇国初代皇帝の生まれ変わり――という設定。ゲームの中盤から彼女の左胸には、一騎当千の刻印として大きな扇子の刻印が浮かび上がるのだ。


 エドゥール皇国の皇帝一家には、稀にそういう不可思議な刻印を持つ子供が誕生するらしいのだが、その皇国が滅亡し、皇帝の血が途絶えた今となっては、この能力を使えるのは彼女しかいない。



「扇子武術? 一騎当千の刻印? そんなものは聞いたことがありませんが」


「お前の知識と常識で世界が回ってると思うな、アレックス。そういうこともあるんだ」


 本心では俺もアレックスと同じだ。そんなばかな~って思ってるよ。まぁそこはゲームだからな。ご都合主義の主人公補正ってことで。


「クラウディアはガチで強いんだ。王弟ルートで、荒廃した王宮内でタマサイ帝国の皇帝と対峙するんだが、一騎打ちで勝っちゃうんだぜ? お前らの仇はクラウディアが討ってくれる」


「マジか。俺より強い?」


 ユージンがバリバリにやる気を出している。こいつも戦闘狂だからな。


「お前より数倍強い。絶対に勝てない」


 先ほどの腹を刺されそうになった時もそう。あの突きのスピードは、ユージンでは出せない。もしかすると、王国軍軍団長でもムリかもしれない。


 クラウディアは霊長類最強。誰も彼女に勝つことはできないだろう。


「王弟ルートでは俺達が死んだ後、クラウディア嬢がタマサイ帝国の皇帝を倒す。つまりはクラウディア嬢が皇帝となり、群雄割拠するこの大陸を平定するのか? なんといっても一騎当千の刻印があるからな」


 ロデリックは大陸平定まで視野を広げるが、そんなことは俺は知らない。


「エンディングでは、『チャールズ、あなたの仇はわたくしが討ちましたわ!』と泣きながら皇帝の首を天に掲げるんだ。そこで物語は終わりだからその先は知らない」


「兄上、そのエンディングは大いなる矛盾がありますよ。なぜ女性がメインターゲットの乙女ゲームなのに、生首を天に掲げるシーンで終わりなんですか? 生首見たい女性なんて多くないでしょう? 男でも見たくないですよ、そんなもの」


 アレックスが吐き捨てるように言うが、まさにそのとおり。これもまたAmazonレビューに「生首見たい女がどこにおんねんっ!」と書かれていた。


「それに、そこで終わるなら刻印なんて大それた設定にする必要はなかった。その刻印、なんの意味があるんだ? どうせなら大陸平定してくれよ」


 ロデリックも不満そうにそう言う。


 そんなクソゲーの世界で真面目に生きているのが俺達なのである。ものすごく悲しいことではあるのだが。


「でもさ、皇帝の生首や大陸平定のことはとりあえず忘れよう。もうどうだっていいじゃないか。クラウディアが天下を取った世界では、もうお前らは死んでるんだ。だったらさ、お前らも俺と一緒に国外逃亡しちゃおうぜ! 俺とユージンの剣の腕があれば傭兵で生きていける。ロデリックとアレックスの頭脳があれば、商売だってできるかもしれないだろ!? まったり稼ぎながらスローライフしようぜ。ロデリックの婚約者殿も連れてきていいぞ」


 俺がウキウキの提案をするが、三人は浮かない顔だ。


「お前の言い分はほんの少しだけ信じるが、俺は戦うよ。たとえ童貞のまま死んだとしてもそれでいい。婚約者殿も敵前逃亡するような夫は嫌だろうし」


 ロデリックはほんの少ししか信じてくれない。友達なのになぜなんだ!? それに童貞のまま死ぬなんて、立派な象さんが泣くぞ?


「先ほども申しましたが、私もロデリック殿と同じ意見です。それに負けるとは限りません。私も根性でその刻印を身につけます。扇のタトゥーでも入れておきますよ」


 ちょっと待ってくれ、アレックス! 十二歳がタトゥーなんてやめてくれ!


「それに、お前も逃亡できないぞ。お前の処分は国外追放ではなく、王国軍でのお勤めだからな。俺も一緒に行くよ」


 うぇぇぇぇ!? ユージンまでついてくるのか!? 頃合いを見て脱走しようと思ってたのに!


「ダメだよ、ユージン。お前は次男とはいえ、騎士団長まで務めたセレスティア家の一員じゃないか! 王国軍なんて近衛より一段下がって見られるじゃないか」


 近衛騎士団と王国軍とは管轄が違う。二つの組織は対立まではしていないが、王都中心部を守る近衛騎士団の方がランクが高いと見られている。当然ユージンも近衛の方に入ると思ったのに。


「バカ。近衛なんて都会貴族坊っちゃまのお遊びじゃん。王国軍は地方貴族や平民からも募集してるし。強ぇヤツも多そうじゃん。俺、ワクワクしてきたよ」


 なにその「おら、ワクワクすっぞ」みたいな台詞。乙女ゲームなんだよ。少年漫画じゃねーんだよ。


「それに、俺は父上からも兄上からも言われてるんだ。『殿下を守ってくれ』ってね。お前は確かに王族から除名されたかもしれないが、俺達にとっては大切な第一王子なんだ。お前を守るために俺達がいるんだ。一緒に頑張ろう!」


「う……」


 キラキラした目でユージンから言われ、逃亡の意欲がしぼんでいく。


「兄上、どうせどこに逃げてもこの大陸は乱世なんです。スローライフはムリです。兄上は兄上で頑張って戦ってください」


「そうだよ。少しでも勝てるように、お互い情報は共有し合おう。後で俺達専用の鷹を召喚してもらうよ」


 伝書鳩ならぬ、通信鷹。これはマッドサイエンティスト魔術師である、ショルダー・ザラス・ウィスカーズが開発したものだ。遠隔通信ができる代物で、日本でいうならZoomのようなものだ。


 この世界の魔術師は、攻撃魔術をバーンって撃ったりはできないので、地味に魔道具を作ったり、ポーションを作ったりして生活をしている。


 ちなみに、ショルダー・ザラス・ウィスカーズこそが序盤の攻略対象の一人であり、俺の同級生だ。


「さ、荷物をまとめて王国軍に行こう! 俺達の配属はハチワレ軍団の第八騎士団だ! ハチワレ団は今、ワーグナー辺境伯領に駐留してるんだって。俺達もそこに向かうぞ! きっと強ぇヤツ、たくさんいるぞぉぉぉ!」


 ユージンはさっそく荷物をまとめてある。気が早いなぁ、と思いながら三人に急かされるように王宮を出た。

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