第3話 ばーさんは臭いのに「面倒臭い」

「あっ利生ちゃん、お帰りなさい」

「ママ……ただいま」


 私がばーさんに戸惑っていると、ママがお出迎え。そして、


「利生ちゃん、こんばんは~」

「久し振り~」


 ばーさん以外の客も来ていた。


みねちゃん、孝則たかのりくん……いらっしゃい」


 叔母夫婦だ。峰子はママの姉で、ばーさんの次女である。ママは末っ子なのだ。


「で、どうしてばあちゃんが家にいるの? じいちゃんは?」


 じいちゃんと言っているが、その人は私の実の祖父というわけではない。ばーさんの彼氏だ。しかし私は長い間、じいちゃんを自分の祖父だと思い込んでいた。いつもばーさんの側にいる高齢男性であり、しばらく彼について誰も私に説明をしなかったのだから無理はないだろう。何だか複雑な関係のため、ママたちは幼い私に説明をしなかったのだ。

 そんな私が、じいちゃんの真実を知ったきっかけは……なぜか覚えていない。もしかしたら自然な流れで知ったとか、何となく察していたのかもしれない。どうして、そこら辺の記憶が曖昧なのか自分でも不思議に思っている。

 ばーさんは智子に追い出されてから、ずっとじいちゃんと生活していた。二人がいたのは、じいちゃんが住んでいる家だ。そこには以前、智子たちも住んでいた。

 しかし智子は、じいちゃんのことを決して好きではなかった。智子が本格的に引っ越しを考えたのは、種違いの次女を産んでからのことだ。その引っ越しの際に、ばーさんは大いに悩んだ。じいちゃんを取るか孫を取るか……。

 ばーさんが考えた末に出た結論は「智子たちと同居するが、毎日じいちゃんの家にも行く」であった。車の運転ができないばーさんは、いつも自分と年齢が1歳しか違わない(ばーさんが年上)じいちゃんに送迎をさせていた。暇な老人カップルは、いつも二人でドライブしていた。


「じいちゃんが入院……」


 ママたちの話によると、そんなフラフラしていたじいちゃんも、ついに限界となってしまったようだ。じいちゃんは今日の昼間に倒れ、病院へ運ばれてしまった。付き添ったばーさんは泣き崩れたが、じいちゃんに付きっきりというのは許されなかった。


「ところで、ばーさんを家に連れてきたのは誰なの?」


 泣き続けるばーさんを玄関に置いて、私たちは茶の間で話をしている。意地悪に見えるだろうが、その理由は何となく分かる。

 茶の間のテーブルには、ママが書いたメモや見慣れない書類が数枚置かれていた。来客用の飲み物や、お菓子も。


「じーさんの甥よ。利生ちゃんは会ったことない人」

「その人ぐらいだからね、じーさんの面倒を見る親戚って」

「俺たちは、じーさんの親戚ではないからなぁ」


 じいちゃんのことを好きではないのは、ママたちも同じだった。私は決して、じいちゃんを嫌いではないが。

 ちなみに、ばーさんは以前じいちゃんと入籍したことはあった。しかし結局、死んでから入る墓がどうこうと騒ぎ出して、ばーさんは離婚を選んだらしい。


「よりによって……どうして、ばーさんはここに連れられたの? やっぱり病院から近いことが決定打?」

「うん……」


 さっきからママの表情が暗い。恐らく「貧乏クジを引いてしまった」と思っているのだ。一方で仕方がないとも感じている。ばーさんを追い出したのは智子だし、峰子は少し遠くで義父母と暮らしている。これから(ボケてしまって、よりクセが強くなった)ばーさんの世話をするのは自分なのだ、とママは確信したのだろう。そんなママに私は質問した。


「ところでママ……」

「何?」

「ばーさん……玄関に置き去りなのは、なぜ?」

「それはね、ばあちゃんが臭うからよ」


 ああ、やっぱり……。だから、玄関が臭かったのか。ばーさんはボケ始めてから「面倒臭い」と風呂に入らなくなった。また失禁もしやすく、オムツが必要不可欠な状態。それらは智子が、ばーさんを家に入れなくなった理由でもある。

 以前、電話越しに「返してくれよおっ!」「ダメ! 洗う!」と、ばーさんと智子による言い争いを聞いたことがあった。ママの話によると、ばーさんが何日も着ている服を智子が洗濯するために取り上げた、とのこと。ばーさんは着替えるのも「面倒臭い」のだ。それに加えて頑固なので、智子は自分の母の服を洗濯するのが難しかったらしい。もう無理矢理ばーさんから服を没収しなくてはならなかったのだ。


「利生ちゃん……お風呂に入ってくれる? その後ママ、ばあちゃんをきれいにするから」

「えっ! ばーさんを先にした方が良いんじゃないの? 臭うから、みんな迷惑じゃん」

「そうよ、汚いからこそ後回しにするの。それにまだママたち、ばあちゃんと話すこともあるし」

「……ふーん。分かったよ、じゃあ入る」


 ママは娘の私に気を遣ってくれたのだろう。私が入浴の準備を始めると、ママたちは泣き続けるばーさんの元へ向かった。

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