それでも前を向いて進む。

卯野ましろ

第1話 帰宅したら、泣いている祖母がいた

真田さなだ利生りおです」

「ああ! 下の名前は『リオ』って読むのね!」


 利口に生きて欲しい。私の名前には、そういう願いが込められている。両親の話によると、この「利生」というのは、私が男だろうか女だろうが命名することを決めていたようだ。

 ただ性別によって、読み方は異なったとのこと。私は女だから「リオ」となったけれど、もし私が男だったら「トシオ」となっていたらしい。

 男でも女でも命名オッケーで便利な名前だとは思う。でも読み方を聞かれることは少なくないよなぁ……なんてことを思い出したきっかけは、


「利生ちゃんが入ってから1年以上は経ったわよねー!」


 アルバイト先でお世話になっているベテランパートさんの言葉。この食品工場で初めて、私の名前の読み方を聞いてきた人だった。ちなみに彼女以外の人からも、私は「利生ちゃん」と呼ばれることが多い。真田は呼びにくいのだろうか。発音がしにくく「サラダさん」とか呼ばれたこともあった。残念ながら、私は真田で人間だ。シャキシャキ食べられない。


「あー、そういえばそうですね」


 こうやって私が答えると、


「ありがたいわよねぇ。短期じゃなくて長期で助かるわぁ」

「こんなジジババだらけの職場では、貴重な若い子だもんね!」

「利生ちゃん、本当に働き者だよなぁ」

「礼儀正しくて頑張り屋で、とっても良い子なのよね~」


 たくさんの言葉をいただく。お褒めの言葉に、私は決まって「恐れ入ります」。すると謙虚だとか何だとか、また褒められる。

 いやいや、みなさん。買い被り過ぎでしょ。

 そんな良い奴じゃないから私。

 でも、長く続けられそうで安心した。働きやすい職場は、家から自転車で5分。すごく近いし、仕事内容も全然悪くなくて良かった。それに、


「利生ちゃんが入る前に辞めた、あのバカとは比べ物にならないくらい優秀よねぇ」

「そうそう! ろくでなしの若者!」

「あれには参ったわぁ~」


 こういう話が聞けるのも、なかなか良い。


「私が入る前に、そんな人がいたんですか?」

「そうよ。まるであのポンコツと入れ替わるかのように、すぐ利生ちゃんが来てくれたから助かったわ。人数カツカツなんだもの。だけど、あんな人いない方がマシよぉ。だってね……」


 私がバイトを始める前に入ってきたその男は、いつも怒られていた人間だったとのこと。何度説明しても同じ失敗を繰り返す。ゴミ捨てに行ったと思ったら、しばらくゴミ捨て場の前でボーッとして、先輩が迎えに来るまで現場に戻らない。先輩たちに敬語を使わない。服装が不潔。部署内外問わず多くの従業員を困らせていて、ひどかったらしい。


「落ち着きない子だったよ。じっとしていられないって感じ」

「でも障害とか病気とか、なかったらしいわよねー。彼に直接確認した社員さんが、そう言っていたの!」

「まあ、あいつ嘘ばっかだもの。自分の年齢を聞かれたら21とか24とか、人によってコロコロ答えを変えていたし」

「それ……もう嘘とかじゃなくて、分かんないんでしょ?」

「だったら、どうやって履歴書を書いたのかしらね?」

「ホントにね!」


 ここでアーッハッハッハと笑い声。まあ今は仕事終わりで、私たちは更衣室にいる。怒られることはない。


「とにかく、ずっといてくれたのが利生ちゃんで良かったってこと!」

「あ、ありがとうございます……」


 色々話して着替えも終わり、みんな「お先に失礼します」「お疲れ様でした」などと言い合って帰った。




「……ん?」


 自転車を走らせ、自宅が見えてきた瞬間、私は首を傾げた。家の前に、パパのものとは違う車が止まっている。

 誰か来ているのか。

 どうしよう、お菓子か何か買った方が良いのかな?

 いや、どうせ家にママが買ってきたストックがまだあるよね。

 じゃ、いっか。

 そんな風に気楽に考えていた私だったが……。

 

「ただいま……えっ?」

「ああ、利生ぉ……」


 乗っていた自転車を降りて駐輪し、何歩か進んで家のドアを開けた瞬間、私たち家族にやばいことが発生したのだと知らされた。


「どうしたの、ばあちゃん?」


 私は帰宅するなり、大泣きしているばあちゃんと目が合った。ちなみに普段ばあちゃんは、私たちと暮らしていない。母の姉(1番上)である私の叔母と、その娘である私の従妹と3人暮らしであった。

 そう、3人暮らし「であった」のだ。

 

 


 

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