少年は夢のように
@rabao
第1話
ゲームの世界に入れるようになった。
食事を摂ることも、排泄することさえも出来るようになった。
バイオ技術の発展のたまものであった。
横になりながら慎重に手袋と足袋をはめて、ゆっくりと専用の衣類をまとう。
定期契約をした点滴を、痛みのないようにゆっくりと腹に差し込む。
刺す場所はどこでも良いのだが、意識が向かない場所であることが重要であった。
ここから僕の冒険が始まる。
つまらないこの生活を変えるのだ。
フルフェイス型のメインコンソールを被って内部にある銛のような形をしたセンサーを口の中に押し込む。
センサーは頬の内側に引っかかり抜けることはない。
コンソールに視覚も聴覚も嗅覚も、味覚すらも支配される。
身につけた宇宙服のような装置で、温度と湿度の管理、大小便の排泄物の分解すらも可能なのだ。
ベッドサイドに置いたスイッチを手繰り寄せ、手探りで押すと同時に、ヘルメットの中で新しいゲームのオープニングが始まる。
自分をカスタマイズして冒険に挑むのだ。
ただし、性別だけは特別な場合のみ変更が可能だが、基本的に変更ができなかった。
さぁ、これで後戻りは出来ない。
生身の僕が選ぶ最後の選択ボタンを、震える指で押し込む。
僕の意識が遠くなり、異世界に漂う。
何度も夢に見たワクワクするストーリー。
剣と魔法の世界、その舞台で活躍する僕はドラゴンを倒す勇者。
それが僕の望みであり、これから始まる僕の冒険なのだ!
踏みしめる草の感覚がブーツを通して伝わってくる。
流れる風に、土と草の香りが混じっていた。
見下ろす足元の草花がそよいでいる。
それだけで嬉しい。
「まずは、あの村か。」
希望に胸を膨らませながら、丘の下にある村を目指していく。
ゲームの中ではあるが、外に出るのは、なんと久しぶりであろうか。
白い壁と天井に囲まれた自分のあの狭い部屋で忘れていたが、自由に身体を動かせることは、これほど気持ちの良いものだったと改めて実感する。
遠くの山々も麓の村も、くっきりと見て取れた。
本当に美しい世界だ。
村までの道のりで出会える、木々を渡るリスなどの小動物が、まるで僕に挨拶をしてくれているように立ち止まって僕を見つめてくれた。
村の誰かが飼っている犬が足元に来て、僕に温かい息を吹きかける。
少し硬めの毛質と真直ぐに僕を見つめる黒い瞳が可愛らしい。
村は勇者である僕を歓迎してくれた。
異世界の食べ物が美味しそうに並ぶが、僕はそれよりも肉を食った。
肉を、肉を食べた。
自分の歯で噛みしめる度に肉汁が脂となって口の中に広がる。
なんと充実した世界であろうか。
朝は村の皆で教会に行き、リーブラに祈りを捧げる。
敬愛する女神は、我々に平等に生きる力を与えてくれる。
勇者である僕の今の使命は、村を守ることだ。
皆から勇者と称えられ、村の外に出現する魔物を村に侵入させないように戦う。
激闘の末にようやく魔物を倒すと、魔物たちが集めている砂金が少しだけ手に入ることがあった。
たまに、金貨を持っている魔物もいるが、魔物は黄金が欲しくて人間を襲うのかもしれない。
僕も魔物と同じように黄金が欲しくて魔物を見つけては死骸を漁っていた。
それを村に持ち帰ると、ささやかな夕食と宿を得ることが出来る。
毎日が楽しかった。
イベントは続き、大きくなる。
村から町へ、町から街へ。
歩いて行動しているが、余裕がある時は、荷運び用の馬車に乗せてもらうことも出来た。
もう、この世界が全てであり、ゲームをしている感覚も無くなっていた。
仲間を作り、語らい、酒を呑み、仕事をする。
平凡な毎日が楽しかった。
人々を長雨で苦しめている水龍を相手に、仲間と共に戦いを挑み、数日かけてようやく水龍に傷をつけることが出来た。
指先の鱗の一枚が岩にぶつかって剥がれ、水龍が驚いて湖の中に姿を隠して逃げ出したのだ。
結局何もしていないのだが、長雨が止み太陽が顔を出す。
持ち帰った鱗は、水神様として祀られる事になった。
その夜は、盛大な宴が街を上げて催され、朝まで騒ぎ続けた。
僕らは、大いに笑い自分達の冒険について熱く語り合った。
本当に幸せだった。
充実した旅の途中で、不意に僕の息が途切れた。
「ねぇ、聞いた? 隣のおじいちゃん」
「あのゲームしながら亡くなったんだって。ヘルメットの下は凄い笑顔だったって。」
「へぇ~、いいわねぇ。」
「あれ、凄いんでしょ? ゲームの中で食べたり飲んだり、食事もしないで死ぬまで遊び続けるやつよね。」
「あのおじいちゃん、歩けなかったし、動くのもやっとだったから病院を追い出されちゃったんだもんね。」
「お金なくちゃ出来ないけど、楽しみながら死ねるんだからいいゲームが出来たわよね。」
「いくらなの?」
「〇〇〇〇円、ぐらいみたいよ。」
「それ払った後で、死んだら有り金を全部なのね。」
「残された方はたまんないけど、私も死ぬ時はそれが良いわね!」
「イケメンをならべてさ、あれも出来るらしいからね。」
「それは、いいわねぇ。」
『安楽死ゲーム』
高額だが、使い道のないお金が流れてくる。
死期の近い終末医療の患者向けで、一番求められているヒット作だ。
主人公も成長するが周りも進化していく、終われそうで終われないエンディングのないゲームだ。
限りのない冒険に胸を踊らせ、希望を燃やしながら最後を迎えられる。
皆、少年のように良い顔をして旅立っている。
今、海賊版による若者の使用が問題になりつつあった。
少年は夢のように @rabao
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