6.王女の宿
「ヤマト、そろそろ大丈夫そうだ、ありがとう」
ユーリがオレの肩から手を外し、オレもユーリを支える腕を離した。
「ユーリの課題は体力だな」
「そうだな、もっと体力をつけないとなあ」
そんな事を話しながら地下の試験場からギルド内のフロアに戻ると、すぐにギルドの職員に捕まり、そのまま2階へと連行された。
ギルドフロア内には先程地下試験場にいた20名に加えて、さらに人数が増えていた。
多分ユーリが上がってくるのを待っていたのだろう。本当に人気者だな。
「こちらで手続きをさせて下さい。下の窓口では大騒ぎになってしまいますので」
「そういう事ですか、お手数をおかけします」
ユーリが申し訳なさそうに言うと、職員は首を振った。
「いえ、良いんです。それにこの騒ぎの原因はユーリ様だけではありません。武闘大会の優勝者と準優勝者、それが聖ブリーズとその弟子なんて、そりゃあ大騒ぎにもなります」
「こういう話ってのはあっという間に冒険者間で広まるもんだからな、ハハハ」
「笑い事じゃありませんよマスター。こっちは大変なんですから」
笑うギルドマスターにチクリと職員さんが言うも、全然気にした様子が無い。
職員さんもそれもいつもの事、とでもいう様に書類をユーリに差し出して続けた。
「それではこちらに冒険者登録をお願いします。――」
こうしてユーリの冒険者登録が終わり、ランクDの冒険者登録証が発行されたのだった。
◇◆◇
無事に冒険者登録は終わったものの、まだ下には沢山の冒険者がいる。
さてどうしたものか、と考えていると師匠はなんてことなさそうに言った。
「堂々と行けばいいんだよ、このままじゃギルドにも迷惑かけるだろうしな。ただし、念の為にユーリは真ん中だ」
まあそうだよな、このままってのも迷惑だろうし、今日は依頼を受けずに宿に戻るのが一番だ。
というわけで1階に降りてフロアへの扉を開けた。
「いいかお前ら、1人でも対応したら全員に対応するはめになる。今日のところは全て無視だ、分かってるな」
「はい!」
3人で横並びに、ユーリを真ん中に配置して真っ直ぐ外への扉へ向かって歩き出した。
「あっ、ユーリ様!!」
「邪魔だどけ!!ユーリ様が見えないだろうが!!」
「押すな押すな!!」
「ユーリ様!!俺と結婚してくれ~!!」
「何言ってやがる!!ユーリ様は俺と結婚するんだぞ!!ユーリ様~」
「マット様~~、こっち見て~~!!」
「ユーリ様!!握手して!!」
オレたち3人はあっという間に取り囲まれた。もの凄い圧だ。
オレでも圧を感じるくらいだ、その対象になっているユーリは恐怖すら感じているんじゃなかろうか。
そう思いユーリを見ると、全く動じる事なく、怯む事なく堂々と、大きな胸を張って微笑みを浮かべ周囲を見回していた。これが王女の貫禄なのか。
「さすが王女様だ、このまま行くぞ。 すまない!!道を開けてくれ!!」
師匠は取り囲む冒険者たちに向けてそう言い、オレたちはギルドの出口へ向かって歩き始めた。
すると驚く事に、周囲を取り囲む人垣はオレたちを中心として形を変えていった。歩みを邪魔しないよう、進路を開けてくれたのだ。
簡単には退いてくれないなら強行突破するしかないかと思っていたから、冒険者たちのこの行動は予想外で、意外と理性があるじゃないかと感心した。
……まあ、相変わらずユーリへの言葉は投げかれられ続けているのだけど、だけどそれも殆どがユーリを敬愛するがゆえのものばかりで、聞くに耐えないようなものは少なかった。
そして何事もなく、ギルドの外に出る事ができたオレたちは、宿へと向かった。
◇◆◇
「この宿じゃ王女には厳しいだろう。もうちっとマシなとこ行くか」
師匠がそう提案すると、ユーリは首を振りながらとんでもない事を言い始めた。
「いえ、この先の旅を考えれば宿で文句を言う事は出来ません。ですが一つだけお願いがあります。私とヤマトの部屋は同じ部屋にさせて下さい。そうすれば仮に襲撃者がいてもきっとヤマトが対処してくれるはずです」
「ユ、ユーリ!?」
「いやいやそれは……」
いくらなんでも……親友でも、仮にもユーリは女の子で、それも王女なんだぞ。
一緒の部屋に寝泊まりは不味いだろう。
「大丈夫です、私はヤマトを信じています」
ユーリは両手を組み、師匠を見上げてお願いした。
師匠は元王国騎士という事もあって、ユーリに対して敬意を払っている。それは言動からも伝わっている。だからこそ、こうしてユーリに懇願されたら断りにくいだろう。
ユーリもなかなかの策士だ。
「……マットはどうなんだ。ユーリと一緒で問題無いと思うのか?」
師匠は矛先をオレに変えてきた。ユーリを説得するのは難しいと判断し、オレなら常識的に断る事を狙っているのだろう。しかし……。
ユーリを見ると、その目は分かってるよな?と訴えていた。
……まあ確かに、この先の旅を考えれば全ての街や村に王女が泊まるに相応しい宿があるわけがない。宿代だってバカにならない。それは分かる。しかし同じ部屋に泊まるとなると話は変わってくる。
「ヤマト、あなたなら分かってくれますよね?」
すぐには応えられず、躊躇しているとユーリの念押しがきた。その目をオレに向けないで欲しい。
だけどユーリは親友であるオレだから選んでくれたんだ。ここで断って、万が一でも1人の時に襲われたりしたら……そう考えたら、親友の願いというだけじゃなく、王女としても、オレが守らなければならないだろう。
よし! 決めたぞ。
「師匠! オレは構いません!! いや、オレがこの命に変えてもユーリを守ります!!」
その返事を聞いた師匠は頭をかきながら黙り、考えていた。
「マット……お前……本気で言ってるのか……? 成人男女が一緒の部屋に寝泊まりする事がどういう意味か分からない歳でもないだろうに……ったく」
師匠は大きくため息を吐き、オレをまっすぐ見据えた後、ユーリに向き直った。
「王女様には敵いませんよ。 分かりました。では同じ部屋にしましょう。 ――マット!! ……お前を信じてるからな」
そう言いながら、オレの両肩をガッチリと掴んだのだった。
凄く力が込められていて、痛いくらいに。
「ありがとうございます、クリス」
ユーリは深々と師匠にお辞儀をして、師匠は天を仰いだ。
「騒ぎになるような事だけは控えて下さいよ。仮にも一国の王女なのですから」
「大丈夫です、ヤマトはきっとそれに見合った、いえ、もっと大きな事を成し遂げるんですから」
「魔族の長の討伐……ですか、正直まだ厳しいと思いますが」
「大丈夫です、今は無理でもヤマトならきっと出来ます。私はそう信じてますから」
自信と確信に満ちて言い放つユーリ。だけどこれはユーリがいつも言う、”ヤマトなら出来る”だ。
まったく、ユーリのオレに対する過大評価も困ったものだ、……でも今度ばかりは本当に成し遂げなければならない。そもそも女神の使命で、国王にも自分で言い出した事だ。
少しばかり話の規模が大きい気はするけど、だからこそだ。
「ああ、任せてくれユーリ」
こうして、オレとユーリ、師匠の2部屋を借り直したのだった。
◇◆◇
「分かってたけど、ベッドの質は比べるべくも無いなあ」
「当たり前だろ、王女のベッドと比較するのが間違いだ」
ツインの部屋に入り、それぞれのベッドに腰掛け膝を合わせておしゃべりを始めた。
「流石に15年も王女やってたから世間離れしちゃってると思うんだ。だからヤマトが色々私に教えてよ」
「おう、任しとけ。世間知らずな王女様に丁寧に教えてやるよ」
「お付きがいないと外出すらままならなかったからこれから楽しみだ」
「やっぱ王女も王女で大変なんだなあ」
「そうだぞ~、大変なんだぞ~、色々と面倒くさいし」
「面倒くさいのは確かにありそうだ。 まあこっから暫くはある程度は自由を満喫出来るぞ、良かったな。オレに感謝するように」
「へ~へ~、ヤマト様ありがとうございます~。 でもお前も感謝しろよ~、こ~んな美少女と一緒に旅出来るんだからな」
「自分で言うか」
「だって私は美少女だし」
「さっすが王女様、自信が凄い」
そんな感じで、その後もたわいのない会話を続けた。
懐かしいこの感じ、内容はともかく、ユーリとおしゃべりしていた記憶が蘇ってくる。
声も姿も違うが、本当にユーリなんだと嬉しくなってくる。
◇◆◇
「ユーリ」
「ん?何?」
会話が途切れたタイミングであらためて名前を呼ぶと、ユーリはこちらを向いて少し首を傾げた。
本人が意識してるかは分からないが、その仕草は可愛い。
っていうか、ずっと可愛いんだ。
ユーリじゃなければ好きになっていたかも知れない。それくらい魅力的だ。
だがユーリはオレの大事な親友だからな。それがある限りそうはならない。
「……黙ってないで何か言ってくれよ」
「ああすまん。その格好だけどさ、流石に目立つからもう少し地味な方が良いんじゃないかと思って」
「これ? 確かに……ちょっと派手かもな。んー、なんか地味なのあったかな……」
ユーリはそう言って小さな袋を取り出し、手を入れてゴソゴソとやっていた。
そして、2着の服を取り出して広げた。
「なあヤマト、どっちが良いと思う?」
「……待ってユーリ。その袋何?そんな服が2着も入るような大きさじゃ無いだろ」
「ああ、これは
いわゆるアイテムボックス的な物か、この世界にも存在するんだ。初めて知った。
ここは剣と魔法の異世界、
「へ〜、そりゃあ便利だ、でも高そうだな」
「王族か上位の金持ち貴族くらいしか持ってないんじゃ無いかな。これが使えるのはこの先の旅でも役に立つと思う」
「食べ物の保存とか良さそうだなー、ここに来るまでの旅だと干し肉とか干物ばっかりだったからな。街や村に寄る楽しみの一つが食べ物だったくらいだ。それってどれくらいの量が入るんだ?」
「この部屋2部屋以上は入りそうだけど……。 ――で、どっちが良いと思うんだ? 話を逸さずに答えてくれよ」
う、バレたか。話題を逸らしてうやむやにしようと思っていたけど失敗した。
だけど女の子の服を選べったってなあ、そんなの分かんないし……。
オレが選ぶとなると男視点なんだけど……それで良いのか?
「いやオレには女の子の服なんて分かんないって、ユーリはどんなのが良いんだよ」
「ヤマトが選んだ服」
ユーリは間髪入れず、迷いなくそう応えた。
そしてオレをまっすぐ見ていた。親友の信頼が重い……。
だけどオレにはよく分からない。それに選んで、内心で(こんなのが良いのか)、なんて思われたくない。
だけど、ユーリがオレを信頼してくれるのなら、そうであるなら、オレも応えなければならない。
目の前に広げられた2着の服をよく見る、そしてユーリが着た姿を想像する。
……ダメだ。どっちも良い、というか、素材が良すぎる。何着ても似合うと思ってしまう。
そうなると後は、機能性で判断するくらいか?
「なあ、まだ?」
「待ってくれ……。う~ん、こっちだ」
そう言って、少し薄手の服を選んだ。
「へ~、こっちか」
「いや、ちゃんと考えたんだぞ。 街中で着ると言っても、動きやすい方が良いと思う、だからこっちにした。正直、どちらもユーリには似合うと思うし、そうなると後は機能性くらいしか判断材料がなかった」
「そうか、ちゃんと考えてくれたんだな。 うん、ヤマトが選ぶんならこっちにしよう。ありがとう」
そう言って、オレが選んだ方の服を手に取り、極上の微笑みをオレに向けてくれた。
……おい、その笑顔をむやみに振りまくんじゃないぞ。更にファンが増えちゃうだろ。
だけどまあ、オレには効かないがな、なぜなら親友だからだ。うん。
「そうか、ヤマトはこっちが好みか」
「いや、言っただろ!? どっちも似合うって! 機能面で選んだの!!」
「分かった分かった」
「いや分かってないだろ、その顔は!!」
ニヤニヤ顔のユーリに釘を挿した。勘違いしないように。
こうやって、オレは一つの難関を乗り越えたのだった。
だけどオレは分かっていなかった。この後に本当の拷問が待っていたなんて。
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