5.ユーリの実力


 オレたち3人は王城を出た後、冒険者ギルドの地下、ギルドマスターと数名の職員、そして暇を持て余した幾人かの冒険者が見守る中、試験場の中央にいた。


「ユーリ、一度君の実力を見ておきたい、手合わせを頼む」


「もちろんです、こちらこそお願いします」


 ユーリが言うには王国騎士団より上という強さ、だけど自己申告では強さの程度が分からない。それにユーリは兵士や騎士に敬愛されていたようだし、手加減されていた可能性もある。

 これからの旅で背中を預ける以上は強さをこの目で確認する必要がある、そんな理由わけでユーリの実力を測る事となった。


 ユーリは腰に挿したブロードソードと背負っていた盾を取り出し構えた。

 その剣の柄は白を基調とした銀と赤の装飾が施され、つばには聖竜紋がかたどられており、刀剣部分は銀の輝きを帯びていた。

 盾もバックラーと同等か少し大きなサイズで白を基調とし、聖竜紋と一緒に銀と赤の装飾が施されている。

 どちらも国宝と言われれば納得の見栄えの物であった。言い伝えでは国宝の武具はどれも聖竜の鱗から出来ていて、非常に硬く軽いものなのだとか。


 そして剣と盾を構えたユーリの姿は、確かに剣術を嗜んでいる事がうかがえ、堂々としたたたずまいをしていた。


「さあ、かかってこい」


「はい、参ります!!」


 師匠の合図でユーリの雰囲気が変わった。戦闘モードに切り替わったとでもいうべきだろうか。

 オレの見立てでは聖竜王族の血、それに加えてユーリの弛まぬ鍛錬によってかなり強いと思う。とはいえ、オレや師匠にまだまだ及ばない、Cランクかそれくらいだろう。


「はぁッッ!!」


 ユーリがその小さな体躯からは信じられないほどの力強さで踏み込み、まっすぐに突いた。


「おっと」


 師匠はそれを難なく躱すと、ユーリは続けざまに盾で打ち付けラッシュをかける。

 どうやらユーリの戦い方は重い一撃を狙うのではなく、短く軽いブロードソードの斬撃と突き、それに盾の打撃を組み合わせた手数で押す戦法のようだ。

 そしてそのラッシュ速度はエンジンが掛かったように上がって行った。


 ユーリが押しているように見えるその様子に冒険者たちは盛り上がり、ユーリに声援を送り始めた。


「いいぞ!! ユーリ王女!! もう少しだッ!!」

「竜の聖女様ッ!!頑張って!!」


 実際は師匠にはまだまだ余裕があるのだけど、傍から見たらユーリが有利に見えるだろう。

 そう見えるくらい師匠はわざとギリギリで回避し、ユーリもラッシュの勢いがあった。


「よし! それじゃあここからは反撃させてもらう」


 師匠はそう言って、ユーリの突きをギリギリひるがえして回避し、そのまま剣の柄で打撃を入れた。……が、その打撃はユーリの盾で防がれたのだった。

 お見事! 初見であれを防ぐなんて、ユーリの戦闘センスはかなりのもの、流石ユーリだ。


「やるじゃないかユーリ! 想像以上だ!」


「ありがとうございます!!」


 その後、ユーリはある程度の手加減をした師匠に、対等に渡り合った。


 戦うユーリの姿は華麗で優雅だった。

 綺羅びやかな衣装を纏い、束ねた銀の髪を弾ませ揺らし、銀の剣と銀の盾を使いこなしてキラキラと戦う様はまるで絢爛豪華けんらんごうかな剣舞。

 オレや周囲のギャラリーはその舞に魅せられていた。


 そしてこの手合わせは、ユーリの実力を知るには十分であった。

 結果から言うとオレの目算よりユーリは上、Bランク相当の強さはあるだろう。

 つまり十分な強さがあるという事だ。


◇◆◇


「よし! ここまで!」


 師匠がそう宣言すると、ユーリは体力を使い切ったのかその場にペタリとへたりこんだ。

 そして、試験場に大きな拍手が巻き起こった。

 いつの間にかギャラリーは増えていて、数名程度だった冒険者の数が20名ほどまでに増えていた。


「聖ブリーズといい勝負なんて、凄いぞ王女様!!」

「竜の聖女様~~綺麗だった~~!」

「ユーリ~、もっと舞え~!!」

「バカお前!! 王女様になんて口の聞き方だ!!」

「ユーリ王女~!! こっち見て~~~!!」


 健闘を称える声以外に、なんというか……ユーリのファンみたいなのが増えてるような気がする。

 だけど高貴な美少女が戦う姿に惹かれるのは理解る。というか、さっきのユーリの戦う姿を見てしまったら、誰だって見入ってしまうだろう。


「ユーリ、おつかれ」


 へたり込むユーリに手を差し伸べた。

 彼女は乱れた呼吸を整えようと何度か深呼吸し、オレの手を取った。


「あ~~、疲れた~~~~。 ……クリスの本気、どれくらい出せた?」


 引き起こされながら、そんな事を訪ねてくる。


「まあまあいってたと思うよ、大体6割くらいかな?」


「そのくらいかあ……う~ん、まだまだだね。……あ、まだちょっと立てないかも、肩貸して」


 そう言って身体を預けてきた。

 その時、ユーリの匂いがした。


 汗をかいてすぐだからだろうか、嫌な匂いは全然しない、どころか、凄く良い匂いだと感じる。

 これが女の子の匂いなのか、頭がクラクラしそうだ。思えば前世も含めて今まで全然女の子と絡む事が無かった。つまり免疫が無いという事で、これは良くないぞ。


 ユーリに肩を貸し、身体を支えると服の上からだというのに柔らかさを感じた。それにこの細い腕、再会時には気分が高揚していて全然意識してなかった。一体この身体のどこにアレだけの強さの源があるというのだろうか。聖竜の血とはそこまでのものなのか。


 ただ、今は強さの秘密より、身体の柔らかさと細さ、そして彼女の匂いに包まれ、ユーリが紛れも無く年頃の女の子なんだと実感させられて、柄にもなくドキドキと緊張している。


 ええい!! 情けない!! ユーリは親友なんだぞ、しっかりしろヤマト!!

 ……これからは一緒の旅なんだ、こういうのも、早く慣れないと駄目だよなあ。


「あッ!! なんだあの優男!! ユーリ様から離れろ!!」


 ユーリのファンから罵声が飛んできた。


「お前知らねえのか、あいつは武闘大会で優勝したマットだ。 聖ブリーズを倒して優勝したくらいだぞ。お前じゃあ見た目も実力でも勝てねえよ」


「まじかよ!! イケメンで強いとか反則だろ、くそが!!」


「……酷い言われようだね~、ヤマト」


 ユーリがオレを見てにまにまと笑った。


「ユーリがそれ言うか? 主にお前のせいだろ」


「こう見えて私は結構国民人気は高いからね、聖魔法で国民を助けた事も何回かあるし。まあでも、……ヤマトも格好良いからそのうちファンが増えると思うよ?」


 何を言うのやら、モテた試しなど無いというのに、……まあ殆ど女性と接触する機会自体が無かったんだけど。


「何のフォローだよ。それにモテた事なんか無いけど。……そういや聖魔法で体力は戻らないのか?」


「傷は治せるけど消耗した体力は戻らないんだ。だからヤマトの肩を借りてるってわけ」


 意外な事に、いや、常識なのかも知れないけど、聖魔法でも体力までは戻らないのか、覚えておかないとな。


「そういう事か……まあ、そういう事ならしょうがないな。肩ぐらいならいつでも貸してやるよ、大事な親友だからな」


「おう。これからも頼らせてもらうよ」


 まあ、そもそもユーリをそんな状態にはさせないつもりけど。


◇◆◇


 師匠のほうを見ると、ギルドマスターと何やら話をしていた。

 そしてこちらに振り向き、オレたちを手招きした。


「どうしたんですか、師匠」


「ああ、ユーリの事でちょっとな」


 師匠がそう言うとギルドマスターが口を開いた。


「ユーリ様の冒険者ランクですが、本来はFからなのですが、その身分と実力から考えまして、まずはDランクからとさせてください」


 え?Dランクから?Fではなく、D?


「Fからのはずではないのですか?」


 ユーリがギルドマスターに尋ねる。


「はい、ではご説明させていただきます。――」


 ギルドマスターの説明はこうだった。

 冒険者ギルドにおけるFランクとはどこの誰とも分からない者や一般の王国民に与えられるランクであり、これは最低限の身分証となり、そして信用がまだ無い事を示している。しかしユーリは王女という身分のためFランクには値しない。

 そして今の戦いからも分かるようにEランクとしてはランクと比して強すぎる。それに加えて聖ブリーズと武闘大会優勝者の推薦もあり、Eを飛ばしてDランクから始める事となった。

 というわけだった。


「本当はBランクを差し上げたいところなのですが、ギルドとしての公平性もありますので……」


 いきなりユーリにBランクを与えてしまったら、冒険者ギルドは権威に負けた、としてギルドの信用に傷が付くだろうし、それは出来ないのだろう。 王族には敬意も払うし丁重にも扱うが、線引きはしっかりする、だから妥協点としてのDランク、というわけか。


「ええ、それで十分です。ご配慮いただき感謝します」


「いえいえ!! 滅相も無い! こちらこそ力不足で申し訳ありません」


 ユーリが感謝の弁を述べると、ギルドマスターも慌てて頭を下げながら応えた。

 この時はなんで王都のギルドマスター、いわば冒険者ギルドのトップなのに不思議だと思ったけど、後に師匠に聞いた話では、王都のギルドマスターといえどあくまでギルドマスターの1人、冒険者ギルド協会本部の意向には逆らえないのだろう。という事だった。


「さて、それじゃ暫くは魔物討伐でもして経験を積んでいくとするか」


 師匠はそう言って、オレとユーリの背中をぽんと軽く叩いた。


「はい! 師匠」

「はい。よろしくお願いします」

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