彼女に浮気された翌日、女友達が急に色目使うようになってきた。

餅餠

第1話浮気

「え」


 バイトからの帰り道。すっかり暗くなった夜の通りで俺、氷織ひおりれいは思わず声を漏らした。

 俺の視線の先にいたのは篠原しのばら凛々子りりこ。恥ずかしながら俺の彼女。そして彼女の楽しげな視線の先には俺ではない別の男が手をつなぎながら歩いていた。 

 浮気、と断定するには早計とも取れるが、あの雰囲気。楽しげな二人の話し声。笑っている表情。全てを計算すれば俺の早とちりでは無いということが分かる。俺は咄嗟に近くにあったゴミ箱の裏に姿を隠した。


「もう、優くん分かりやす過ぎ〜こんなところ連れてきてなにするつもり?」


「あはは、そう言って凛々子ちゃんも期待してるんじゃないの?」


 二人の会話がかすかに聞こえてくる。その楽しげな会話を聞いていると激しい頭痛がした。まさか、そんなわけが無い。そう自分に言い聞かせながらも俺は二人を目で追っていく。

 おそらく向かう先はこの先の歓楽街。デートをするのならば最適な場所であるといえる。だが、そこまで行くにはある通りを抜けなくてはならない。ラブホが多く隣接している、この通りを。


 嫌だ、そんなわけがない。いつだって俺は凛々子に尽くしてきたのだ。そんな簡単に捨てられるわけがない__そんな俺の願いはいとも容易く打ち砕かれた。

 俺の強い線は綺羅びやかに光るネオンライトへ。そしていやらしく佇むホテルの入口へ。笑い合いながらラブホへと消えていく二人を見て、俺は絶望するしかなかった。


▽▼


「はぁ…」


 硬い机に伏した俺は溜め息を突いた。浮気現場を目撃してから一夜経った翌日。衝撃からか一睡も出来なかった俺は眠気が残る頭で教室に来ていた。

 重い頭をなんとか上げた俺は手元のスマホの画面に視線を移す。昨日から怖くて凛々子とは連絡を取っていない。嘘だとは思いたい。だが、彼女の口からあの事実に対する肯定が出てきたらと思うとどうしても勇気が出ない。いつも俺は肝心なところで一歩踏み出せないのだ。


 この七星学園に来てから俺は普通な自分を超えるために行動を起こした。今までよりも周りに積極的に話しかけてみたり、休日に友達と遊びに行ってみたり。自分の目の色に合わせてメッシュを入れてみたり。好きになった人に告白してみたり。

 全てが生み出した現状は確かに変わった。だが、結局は普通を抜けきれないのが自分だった。考えてみればOKは貰ったものの、彼氏らしいことが出来ていたかと聞かれたら素直に首を縦には振れない。結局は自分の落ち度なのではないかという結論に俺は再び溜め息をついた。

 床に落ちた俺の目線にひらりとしたスカートが入り込んでくる。顔を上げると、見覚えのある顔の女が立っていた。


「おはよう零くん。…どしたのそんなに落ち込んで?」


 赤いヘアピンのついたボブカットの似合う彼女はひいらぎ佳織かおり。一緒のクラスでよく話す女子だ。 

 彼女とは中学時代から高校生となった今に至るまで同じクラスで、親近感の湧くフレンドリーな性格でもあることから昔からよく話している。俺の様相を見てか、こちらの顔色を伺っている瞳はいつものように赤く光っていた。


「あはよう。…まぁ色々あってさ。少し今日は元気出ないんだ」


「そっかぁ。零くんが元気出ないなんて相当なことだね。…彼女さんと喧嘩でもした?」


 佳織の問いかけに俺は肩を跳ねさせて固まる。我ながら分かりやすい反応をしてしまった。


「あっ、えっ、と図星だった…?」


「あー、当たらずとも遠からず…みたいな」


 俺は少しためらったが、佳織に昨日の出来事を話した。佳織は俺の言葉を聞いてひどく動揺した様子だった。


「えっ!?う、浮気!?」


「しーっ!声でけぇよ。…まだ決まったわけじゃねぇ。ただ休憩だって可能性も…」


「いやいや、男女が二人でホテルですることなんて決まってるよ!仮に休憩だったとしてもアウト!アウトだから!」


 的確な佳織のツッコミで俺の心は更にえぐられた。残念なことに、今の俺には凛々子の浮気を否定できるだけの証拠が無い。どうしようもないこの状況が今の俺にはただ苦しかった。


「ひどいなぁ浮気って…しかも優って、本多くんのことじゃない?」


「本多?」


「ほら、隣のクラスの」


 そう言われて俺は自らの記憶の中を探っていく。

 本多ほんだすぐる。3年4組の皆から好かれている超絶イケメン。文武両道でありながら他を誘惑するその甘いマスクで人気を博しているうちの学園では一番とされているイケメンだ。昨日遠目で見た男の顔と記憶の中の本多の顔を重ね合わせる。すると、完全に一致した。


「…マジか」


「やっぱり。あっちだって付き合ってること知らないわけじゃないだろうし…酷いね」


 佳織との会話の中でなんとか目をそらし続けていた事実に焦点を当てられてしまった俺はまた床に目線を落とす。これ以上は耳を塞ぎたくなる事実だ。今日一日は立ち直れそうに無い…


「…私だったらそんなことしないのに」


「え?」


 ぱっと顔を上げた先で見えたのは暗い瞳をした佳織の顔。その冷たい表情は今までの明るい彼女には存在していなかった表情だ。

 佳織は俺が顔を上げたことに驚きつつ、体裁を整える。


「あっ、いや、なんでもない。…まぁ、辛いだろうけどなにか出来ることあったら私に言って!零くんのためならなんでもするから!」


「あまりそういうことは俺みたいな奴に言うもんじゃないぞ。…まぁ、ありがとう」


 今できる精一杯の笑顔で取り繕って俺は佳織に感謝した。

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彼女に浮気された翌日、女友達が急に色目使うようになってきた。 餅餠 @mochimochi0824

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