12話 リリシア


 くたくたになったクリスと元気の有り余るマーナ、そして何処か満足気なオリアナと共に街の一角にある料亭で、夕飯を食べていた。積もる話は多かったが、食事の量と依頼の疲れで、会話が続く雰囲気では無かった。


「では、また明日ね〜」


 料亭の前でオリアナと別れる。マーナと共に宿に向かうが、2人とも言葉が出なかった…。

 クリスは単純な疲れによって、会話をする気にはなれなかったが、マーナが喋らない理由は別に存在した。


(今更だけど、クリスって貴族なんだよな……)


 マーナは貴族であるクリスに、少しばかりのを抱いていた。貴族として心の奥底では、自分の事を蔑んでいるのではないのか?、それとも哀れんでいるのか……どちらにせよ良い感情を向けてることはないのだろうと悩んでいた。


 宿に着いて部屋に入ると、クリスは開口一番にマーナに声をかける。


「なぁマーナ…」


 自分の名前が突如呼ばれたことに驚き、素っ気ない反応をしてしまう。


「ん?なに?」

「今日はベッドで寝かせてくれ、体も痛いし…すごい眠い……」

「うん!全然いいよ〜!」


 普段なら少しばかし悪態をついてるはずだが、今の彼女にそんな余裕は無かった……。


 ◇


 翌朝になると、クリスは不快な夢で目を覚ます。

 ソファにピッタリとはまって寝ているマーナに視線を向けて、ここが現実であることを認識する。


「嫌な目覚めだ……」


 毎日が上手くいく訳では無い。そんな事はドンドスにいた時から思い続けていた事だが、皇都に着き、オリアナと出会ったことでより身近なものとなった。


 目覚めは悪いが、今日もいい日になるはずだ。なんせオリアナから5年ぶりに指導を受ける。召喚魔法の資格を取りに行く事を伝えたら、前向きに協力してくれた。

 朝の支度を済ませ、剣の手入れを始める。昨日の戦いで、少し刃こぼれをしていたのだが、この先3日近くは使う予定は無いので急いでやる必要は無い。それでも手入れをするのには大事な理由がある。


 (受かる可能性は高いとはいえ、試験を受けるのだからな……)


 剣を『整える』……。騎士に不満はあっても、その理由ある所作は重要だとクリスは考えている。この行為もそうだ。戦の前に身だしなみを整える……たとえ使わない箇所、見られない部分であっても、いざと言う時に後悔をしない為念入りに手入れをする。たとえその行為が、おまじないじみたものであっても。


「うぅ〜ん…」


 マーナが不快そうに頭を毛布でくるんでいる。どうやら剣を研いでる音で起きた様だ。


「お目覚めか〜」


 マーナが寝ぼけた声で文句を言う。

 

「うるさいからそれやめて〜」

「はいはい……」


 手早く片付けて、外に行く準備を進める。


 寝ぼけながら支度をするマーナ。その横ではテキパキと動き、少し上機嫌なクリス。ふと気づき、よそよそしい態度でマーナは質問をする。


「あれ……私寝ぼけて変なこと言ってなかった?」

「ん〜?何も」


 昨日の思考が頭の中に浮き出たのだろうか、彼女の普段からは考えられないような消極性だ。



 ◇


 昨日と同じく、へザトールの館に付いた。


「……あ、クリス様!どうぞお入りください!」


 (調子の良い奴だな……)


 門兵が昨日とは打って変わって、へりくだる様な態度をした事が少し気に障るクリスだが、深く考えないようにして先に進む。

 相変わらず汚い部屋に入り、資格の相談を進める。


「あなたは既にね、資格を取れる腕前と知識はあるわよ。後は貴方が本気になれば良いだけ」


 クリスは腑に落ちない。明確なアドバイスを求めて来たのに、渡された回答が漠然としすぎているからだ。


「でも…現に4年前は取れなかったのですから。もっと明確な何かを……」

「くどいわよ!」


 オリアナに怒られる。明るい声から一転して、力の籠った言葉がクリスの耳に届く。 


「何でもかんでも受け身でいるんじゃないよ。変われると思ってここまで来たんでしょ。なら能動的に動かないといけないはずよ!」


 言葉が出ない……図星であるからだ。それもそのはず、クリスは変わるために皇都に向かったのではなく、変わるきっかけを『求め』にここに来たからだ。


「クリスには才能がある。後は使い方を考えるだけよ」


 褒めらているのは分かるが、過去の経験から素直に認められない……。


「…………」

 

 さらに険しい顔になったクリスを見て、無言で部屋を出ていくオリアナ。数分経った後、昨日、屋敷で見かけた弟子を連れて戻ってきた。


「この子は『リリシア』私と同じ龍人の子だよ。訳あってこの子は竜宮国から追放されてね。自衛のすべを学んでもらうために、弟子として迎え入れたのよ 」


 彼女リリシアはオリアナとは正反対に、黒い長髪と澄んだ黄色い目、そして夜のように黒い色の鱗が特徴的だ。


「リリシアさん『翼』は……」


「そうよ、この子は翼のない飛べない龍人よ。察しの悪い貴方でも、この子の境遇はわかるでしょ……」


 飛べない龍人……龍の一族にとって空は産まれの場所でもある。空を飛べることに強い誇りと自負を種族的に持っており、その象徴たる翼が大きい者ほど位が高い。その『象徴』が無いとなると……目も向けたくない様な扱いを受けるだろう。


「そして今、私は良い事を思いついたのよ……クリス、この子も貴方の旅に同行させるわ」


 目が点となるクリス。横で聞き耳を立てていたマーナもお菓子を食っていた手が止まる。


「いや無理ですよ!一人でもこんな大変な思いをしてここまで来たんですよ!龍人……ましてや飛べないとなったらそれこそ無駄死にをするだけですよ!」


 焦りのあまり、棘のある言葉が出てしまう。


「……貴方は既に人から教えを乞う者では無くなってるのよ。リリシアを連れて旅に出る……その最中で彼女に教えを与えることが、今の貴方に必要なことよ」


 分からない……。この行為の意味が、今のクリスには到底理解出来ないものであった。しかし、怯え震えている彼女リリシアを見ていると、『断る』という選択肢は頭から排除される。


「はぁ、分かりましたよ。連れていきますよ……この子には何を教えれば?」

「それも貴方が見つけてね」


 反論の言葉が喉元まで上がって来るが、『分かりました』の1文しか出てこなかった。


 

 4人で部屋を後にして、リリシアに自己紹介を済ませる。

 リリシアはその言葉使いと表情からは想像がつかないほど可愛らしい声で挨拶をする。


「初めまして。『龍人』のリリシアと申します。クリス様、どうか宜しくお願い致します」

「あ、あぁ。よろしく頼むよ」


 クリスは彼女を見て緊張をする。とても美しいからだ。

 体躯はさほど変わりないが、すらっとした体型と長い黒髪、師匠ほどでは無いが大きなお胸……今後、彼女と旅をすると考えると内心、冷静ではいられない。

 気を紛らわす為、少し話を変える。


「そういえば、何故リリシアを『マリス』に預けなかったのですか?彼の方が地位も良いし、何より龍人への尊敬もある……うってつけだと思いますが?」

「マリス君ねぇ……正直今の彼はよろしくないわよ。貴方の『幼馴染』としても、国を背負う者としても……今会っても失望するだけだよ」 

「失望……ですか?彼が私に向けるのではなくて?」

「最近ナスキアスの当主が病床にした事で、異例の早さでマリス君が当主を継いだのよ〜。そこから彼は良くも悪くも『貴族』になってしまったわ」


 良くも『悪くも』か……。正直彼に合わせる顔はもう無いかと考えていたが、当主となったのなら挨拶ぐらいはしないといけないだろう。

 『一応会いに行く』との意思を師匠に伝える。


「なら今日の午後、皇城大通りに行くと良いわ。就任巡礼で各地を回っていたから、セレモニーがあるはずよ」

「ではリリシアが荷物をまとめてる間に見てきます」


 クリスはマーナと共に大通りに向かう。


 ◇


「なぁクリス。その幼馴染はどんな奴なんだ?」

「少しキザっぽいが、良い奴ではあるよ……」


『マリス・ナスキアス』……アルデリア皇家の近縁『ナスキアス家』の長男。高身長で容姿端麗であり、器用貧乏から貧乏を抜いた様な、完璧人間だ。魔法に関しては正直微妙であるが、剣術は正に『騎士』を体現した様な強さと、美しさを兼ね備えている。


「へぇー、王道の貴族見たいな人なんだね!」

「まぁな。あいつ以上の血筋は皇家以外いないし、貴族の長みたいなものだな」


 実際、貴族院での発言権は1番強い。貴族でも、平民でもナスキアス家に逆らうものは少ない……。

 そうこうしている内に大通りに出る。先程よりも人が多いことから、マリスが来ることが分かる。


 (でもなぁ…この人混みだ。気付くかどうかは微妙なところだな)


 悩んでいる内に、道の奥から歓声が聞こえてくる。どうやらナスキアスの馬車が見えてきた様だ。蹄の音と人の歓声が近づいてくる。

 

 馬車から顔を出しているマリスが見えてくる。疲れてそうな顔はしているが、昔のまんまで男前な顔立ちと……何となく雰囲気からキラキラしてる感が漂ってくる。


「凄い人気だね〜」

「あぁここまで人気だとはな!」


 衛兵に囲まれたマリスに皆が花束を投げている。『ナスキアス!』と叫び疲れ、道端でふらついてる人もちらほらいる。ここだけ見れば、良い当主として歓迎されているのだなと思える……はずだった……。

 

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