10話 めんどい


 硬いソファの上で目が覚める。頭が朝を認識すると同時に体の節々に痛みとこりを感じる。


「……首元が痛いな……」


 ベットの方に視線を向けると、マーナはまだ寝ている。窓の外に視線を変えて、明朝の皇都をまじまじと眺める。

 街中が霧で幻想的になっており、霧の中から衛兵の歩く音が聞こえてくる。再度寝ようか考えたが、痛みがそれを受け付けないので、起きることにした。

 暖炉の暖かさが眠気を誘うが、痛みのせいでお構い無しだ。


「何やってるんだろうな俺は……」


 心地良さが、急な不安を引きずり出す。自分の家督が嫌いでこうなっているのにも関わらず、心中にはそれを捨てきれないでいる。どちらの道に傾いているか自分でも分からなくなっているのだ。

 厳粛な貴族、奔放な旅人…今の彼にはこのふたつの選択肢しか無い。彼は内なる自分の『才』を悩みのせいで失いかけている……。


「……ん……少しうとついてしまったか」


 暖炉の薪は少し炭になりかけており、朝日が部屋を照らしてる。


「んぁ〜あついー!」


 確かに暑い。煙突があるとはいえ熱気は篭ってる。

 窓を全開にして、優雅な朝を傍受する。

 しかし不安は心を彷徨い続ける。

 この不安も含め、師匠に一途の希望を賭け、今日を明るく始める。


「起きたかマーナ?今日は沢山動くぞ!」


 ◇


 荷支度を済ませて足早に宿を後にする。

 目指すべき場所はわかっているため、その足取りは軽く、愚直に進む。


「なぁ〜ほんとにどんな人なの?」

「もうすぐ着くから少し待ってな」


 ……そう言ってついた先は大きな貴族の邸宅だった。


「貴族が師匠なの!」

「そうだ。俺の師匠はここにいるはずだ」


 門兵に話しかけて、彼女がいるか聞いてみる。


「オリアナ殿はいますか?」

「面会予約は?」

「無いです。しかし私は貴族トーランド家長男のクリスです」

「ではそれを証明出来る家紋か何かを……」


 まさかここで家紋がない弊害が出るとは思いもしなかったクリス。とにかく、身分証で何とかならないか試してみる。


「ギルドの身分では不確かです。そんな人物を簡単にへザトール家にあげることはできません。お引取りを」

「待ってくれ!会えばわかってくれる!」

「それこそ不審です。お帰りにならないようでしたら武力行使も……」

「……待ちな!」


 衛兵を止める掛け声が背後から聞こえる。マーナとクリスは首がへし折れる程の速さで後ろを振り向く。


「その子は私の弟子だよ、通してあげな」

「オリアナ様良いのですか?こんな身なりの者を……」

「それでも貴族に変わりないさ。君の頭がその高さにある内に入れてあげな」

「ハッ……」


 クリスより二周りも大きい龍人こそ、彼のの師匠であり、大貴族へザトール家の次女『オリアナ・へザトール』である。


「久しぶり、クリス!」


 そう言って、でかい図体でクリスを抱き寄せる。大きな胸とその身長差がクリスを圧迫する。


「ちょ……苦しいです!もう俺も歳いってるんですから軽率にこんなこと……」


 パッと話すとにこやかに話しかける。


「でも私は1600歳よ〜」

「そんなんでマウントなんか取んないでくださいよ!キリがない……」


 真紅の眼に、艶のある長い銀髪、『白銀の肌』と呼ばれる鱗が守る尻尾と翼が彼女の美しさを際立てている。


「ちょ……ちょ待ってよ!色んなことがありすぎて頭が追いつかないよ!」

「この子に素性を話してないようだね……」


 クリスの今ある状態から推察して言葉を発するオリアナ。

 何もかも見透かしてる様な言い方だ。


「隠してたけど俺、貴族なんだよ〜」


 今までの行動からは考えられないほどの、軽い口振りで真相を話す。

 師匠と出会った事で、貴族への抵抗感が薄れてるからだ。

 わけは分からないが漠然と、『貴族』というものに信頼が置けるようになる。


「えぇ〜!クリスも貴族なのか!確かに物知りだとは思っていたけど……」


 ジロジロとクリスの風貌を確認しながら、オリアナの方にも視線を向けるマーナ。顔をしかめて、呟く。


「貴族でもこんなに違うんだねぇ〜」

「どう言う事だそれは?」


 少しキレ気味に返すクリス。それを軽々しく扱うマーナ。


「そのままの意味よ!」


 猫の様に睨み合う2人を嬉しそうに見つめる。


「だいぶ仲が良いじゃない」

『んなわけ!』


 ハモって、仲良く否定する。


「こんな所じゃ互いに話し辛いね。中に行きましょうか」


 かくして、へザトール家の敷居を跨ぐ。


 皇城ほどでは無いが、屋敷の中は壮大な作りをしており、トーランド家の館とは比べ物にならない程の大きさだ。今は皇帝の巡礼に付き合っているらしく、当主や長男達は屋敷に居ないそうだ……。


「さぁ、部屋へどうぞ」


 そう言われて仰々しく部屋に入ると、無惨な光景がそこには広がっていた……。


「オリアナさん……相変わらず汚いですね……」

「なんか貴族のイメージと違う〜」


 部屋のそこらじゅうに魔法書や錬金の道具、オマケに服も散乱している。


「最近は家に帰れてなかったからねぇ〜しょうがないよ〜」


 むしろ『家に居なくてこの汚さは不味いだろ』と呟きたいが、それよりも不安な気持ちが先に出る。


「……やはり、家の人からは……」

「そうだね、相変わらず私は『腫れ物』らしいよ」


 本来部屋の掃除などは執事がやってくれるはずだが、彼女の場合はそう行かない。なんせ嫌われているからだ。


「ねぇ〜私をめとらない〜?」

「いい加減それやめてください。大人になった今は冗談でも危険ですよ!」

「良いよ……私はへザトールの名前なんて捨ててもいいんだから!」


 落ち込むオリアナを見て、無性に腹が立つ。彼女に対してではなく、こうなっている元凶にだ。


「なぁ〜蚊帳の外にされてるけど、私もいるんだよ〜」

「悪いことしたねマーナちゃん。改めて自己紹介をさせて頂くわ。私は『オリアナ・へザトール』しがない魔法術士だよ」

「私はマーナよろしくね!」

「ところで貴方たちはどのようにして出会ったのかな?」

「成り行きだ」

こいつクリスのせいで!」


 ギルドの一連から事細かに説明していく……。


「……成程ね〜皇都に来るために、商船を利用したと」

「師匠みたいに、ギルドに強力なツテはないので自力で……」


 オリアナは貴族でありながら、ギルドに所属している最強の魔法術士だ。その称号をギルドは手放したくがないがために、貴族以上の報酬と待遇を施している。


「私はこの生活の方が性に合うのよね」


 久しぶりの再会も束の間、クリスは本題に移る。


「実は、今家を勘当されてまして……」 


 クリスが喋り終わる前に被せて話す。


「それなら知ってるわよ〜。オーハムが長男を廃した事は貴族の中では有名よ〜」


 (馬鹿な……!)


 勘当を知っているのはトーランド家の者だけだ。これを知るには直接聞くか、誰かが言いふらしたかの2択しかない。


「誰から…聞いたのですか……?」

「オーハム。かの人みずからよ。貴族院会議の時、皆に説明してたわよ」

「は?」


 クリスは父の思惑が余りにも分からず、つい本音が口から漏れてしまう。


「そんなに父上は、俺を消したかったのか!」


 感情の籠った声とその握られた拳から、彼の怒りが伝わってくる。マーナは心配そうな顔でクリスを見つめるが、オリアナは逆に笑みを浮かべたまま、優しく問いかける。


「クリス君。ひとつ勘違いをしてる様だから人生の先輩として忠告しておくね。」


 ここ最近、他の人に上からものを言われることが無かったクリスは、少し不貞腐れた様子で彼女の話を聞く。


「貴方のお父さんは簡単に人を見捨てたりはしないわ。でなければ、わざわざ他の貴族にあなたが家を出た事を報告なんてしないわよ〜」


 クリスは真意が分からずただただ困惑するばかりであった。


「私は貴方に期待をしているのよ。小さい頃から不真面目であっても、魔法の腕は教え子の中でも随一だった。……今の貴方に必要なのは生き方を決める覚悟ではなくて、その生き方を見つける決心が必要だと思っいるわ」

「見つける……決心?」

「そう決心。貴方のお父様も昔はそれで悩んでいた熱い男だったわよ〜」


 驚きだ。万年、堅物傑物で笑顔さえ見せない、岩のような父がそんな葛藤を持っていたとは考えもしなかった。


「でも結局彼は決心ができなかったようね……だからあんな面白みのない領主になってしまったのだわ……」


「そんな……今の俺にそんな道を選べる程の器はないですよ!」

「それはそうよ。結局貴方は貴族という物差しでしか自分を測ってないからよ。もっと価値観を広げれば、自ずと自身の才覚に気付ける筈よ……オーハムもそう感じてたのではないかしら?」


 貴族の生き方しか知らなかったクリスにとって、その答えを探すのは余りにも困難を極める。みつかりもしない答えを彼は必死に悩み、探す。


「はい!湿気た話は終わりよ!久しぶりに再開したんだし、少し討伐任務にでも行きましょう!」

「そんな気分では……」

「なら一緒にお風呂でも入る?」

「えぇ……反応するもダルいですよ、それ」

「決まりだね!支度をするからちょっとまってね。マーナちゃんもそう畏まらないで気楽に行こうね!」

「分かりましたぜ『姉貴』!」


 ちっこいのが勝手に舎弟感を出している。雰囲気を良くしたいマーナなりの気遣いなのだろうか……。


 ◇


 屋敷の外に出る道中。ふとクリスの目に入った者が居た。


「まだ弟子を取っていたんですね」

「ん〜…弟子とは少し違うけど、あの子で最後の子よ」

「辞めるんですね……」

「今更教えてても意味無いからね〜。それに充分な可能性は見つけたから……」

「?」


 彼女の言葉に少し違和感を抱いたが、クリスは何時もの事のように受け流した。


「姉貴!何をシバきに行くのですか?」

「ちょっと……『大きいの』……いっちゃおうか!」

「何それ?楽しみ〜!」

「……はぁ……」


 クリスには、うざい奴にに面倒臭いのが追加された様な状況だ。決して心から喜べる状況では無くなっていたのであった。

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