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 ただ、そのハガキのところどころになんというのかヘンテコな、和服を着た人のような犬のような奇妙なキャラクターが描かれていた。どこか見覚えのあるそのキャラクターは口が割けんとばかりに横に伸びていて、当然のように二足歩行。そして体の至るところには不思議な斑点はんてん模様が付いている。


 果たしてこれが五歳の女の子に、それも誕生日に見せる絵として相応しいものだろうか……?


 とりあえずは率直な疑問。

「ところで京、この犬は?」


「それはですねぇ……」


『えーっ! 嘘でしょ雉間そんなことも知らないのっ!?』

「ちょっと雉間さん本気で言っているんですかっ!?」

 驚愕の声が前後した。

 なんだよ。俺以外はこいつを知ってるのか?


「あのですね雉間さん、この子はスマイル君って言うんですよ」


『うんうん、そうなの!』


 はて? スマイル君とな?


「スマイル君はとってもキュートな犬の妖精なんです。ほら、見てください!」


 言って久良さんは自身の鞄を机の上に置いた。

 見ると鞄の側部にはいつぞやの大雨の日に買ったマスコット人形、スマイル君が付いているではないか。


「はい。とても可愛いんですよね」


 元気よく返事をした京もスマホに付けたスマイル君のマスコット人形を取り出し見せてきた。


 わざわざ見せてくるのだから見なくてはならない。軽く流す感じで見たがどうやら京のにも、そして久良さんのにも、やはり体のところどころには奇妙な模様が付いている。


 なんだか気味が悪いが今どきの女子高生にはこんなのがウケるのか……?


『あのね、雉間。スマイル君は昔からとーっても人気なの』


 なるほど、昔からね。

 俺と姫乃さんの年齢は一つしか変わらないんだけどね。


 俺は質問を代えた。


「ええっと、じゃあ京、スマイル君のこの模様は?」


 この言葉にあきれ顔になったのは久良さん。


「もう違いますよ雉間さん。これは模様じゃなくてぎはぎです。ほら、よく見てください。可愛らしく着物を着ているじゃないですか。設定上スマイル君は日本人形に化ける犬の妖精なんですから、この継ぎはぎはとても重要なんです」


『そうそう、とーっても重要なの』


「そんな誰に需要があるかもわからないのに重要とはな」


「そんなことありませんっ!」


 う。

 京よ、なぜお前がむっとする?


 さてさて。

 お叱りをいただいた俺の横では久良さんがもっともらしいことを口にしていた。


「ところでですが京ちゃん。このハガキと本日京ちゃんが探偵局に来たこと、それがどう関係あるのでしょうか?」


 久良さんのこの真っ当な問いに、京は一度わけありっぽく目を伏せ、それからおずおずと答えた。


「はい。私が今日来たのはそのハガキの伯父、奥村保人さんについてです。実はその伯父ですが、伯父は去年の妹の誕生日の二週間前……つまり、


「えっ?」


『へえー』


「だから私、怖いんです。亡くなった伯父からハガキが届いたことが。そして妹の誕生日の明日、またこのハガキが届いて伯父が妹をどこかに連れて行く、そんな気がして。だって私は……」


 そこで言葉は切れた。

 見ると深めにかぶったベレー帽の下、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「それで私、、もしかしたら雉間くんにならこの謎がわかるんじゃないかと思って来たんです。謎かけを持ちかけたのも雉間くんになら解けると思ったから。私は、妹を助けたいんです!」


『……』


 一瞬、妹という言葉に姫乃さんが動じた。そんな気がした。


「探偵局のお話は誰から聞きました?」


「雛杜先輩です」


 雛杜?


「ほら、副生徒会長ですよ」


 ああ、それならなんとなく憶えているぞ。確かそうだ。消えたベニヤ板の件だ。


「私美術部なんですけど以前雛杜先輩が探偵局に来た際、ベニヤ板がなくなった話をされたそうで。その時のことを雛杜先輩から聞いたんです。あの探偵局はって」


『ふふふ。ねえねえ雉間、今の聞いた? 本物だってよ、本物! やっと私の実力が認められ始めたの!』


 ああもう、うるさいな。


「それで私は雉間くんのところに来たんです。雉間くんにならどうにかできると思って。だから雉間くんお願いです! 妹を助けてください!」


「そんないきなり助けてと言われてもだな……」


『うん、わかったの』

「はい、わかりました」


 一も二もなく頷き返答された。

 そんな安易に了承しては……。


「ありがとうございます! 雉間くん、あかりちゃん」


 待て、俺はまだ何も言ってないぞ。


 第一、俺は人との関わりは最低限のものだけでいいと思ってる。それなのになぜ、いち依頼者の、それも妹のために動かなければならないのだ。と、そんなことを思っていれば途端に姫乃さんに『いいの!』と睨まれてしまった。

 どうにも姫乃さん、今回の依頼はやる気だな。


 しかし、今回の依頼者は俺のクラスメートだ。内容そのものは眉唾物まゆつばものだが、きな臭い話なだけに安請け合いだけはしたくなかった。

「伯父の幽霊に妹がさらわれる」なんて簡単には信じないけど、仮にもし京の言うよう妹が誘拐でもされたら関わった手前クラスに居づらくなるじゃないか。


 いや、そもそも……。


「何も幽霊が手紙を出したとは限らないだろ」


 俺はだいぶ前から言いたかったことを言う。


「京の伯父が生前に書いたハガキを家族の誰かが伯父の死後にでも見つけて投函すればそれで済む話じゃないか」


「いえ、それはありません」

 京が否定する。


「伯父の親、つまり母方の祖父母ですが、祖父は既に他界しており祖母は足腰が弱く伯父の家へは……いえ、それ以前にですが、なんです。その間、伯父は自宅で不整脈を起こして亡くなっていたようですが家に訪れた人は誰もいなかったと聞いています。伯父の職業は翻訳家で仕事はほとんど家でやっていたそうですから不審に思う人がおらず。それに伯父は未婚でガールフレンドもいなかったそうです」


『ふーん。つまり伯父の死後誰かが代わりにハガキを投函したというのはないのね』


 なるほど。

 だがそれはそれとしても他の仮説がないわけではない。

「じゃあ……」と俺が口を開きかけたところで、姫乃さんに先を取られた。


『あ、言っておくけど“伯父は亡くなる前にハガキを配達日指定で投函していた”ってのはないから』


 なんと。奇しくもそれは今俺が言うつもりだった言葉じゃないか。

 平然とことぐ。


『配達日指定でハガキの到着が指定できる日数はその先十日後まで。だから二週間も前に亡くなっていた京の伯父には例え配達日指定をしてもハガキは京の妹の空の誕生日には届けられないの。届けられたとしても誕生日の四日前だから』


 誕生日の四日前。確かにそれでは無理がある。


 でも、だ。

 だからといって京の言うよう「幽霊になった伯父がハガキを出した」なんて、バカな話があるはずない。そもそも幽霊自体いるのかもわからないのに、そんなこと……え?


 考えの最中、俺ははっとした。

 いや、ちょっと待て。

 

 違う。


 幽霊は“”。


 現に今、俺の横では憑依霊がハガキを眺めているじゃないか。こんなことほんの三ヶ月前までは考えもしなかった。けど、今は違う。つまりだ。この問題は“”それ自体が間違いなんだ。


 そうとわかれば……。

 俺は姫乃さんに目を向けた。

「幽霊がハガキを出すことは可能なのか」という意味で。


 その視線に気付いた姫乃さんはいくばくもせず、


『ううん。雉間、それは絶対にない』


 あっさりと首を横に振った。


『確かに私みたいに誰かに憑依していれば可能だけどそれはないの。だって京の伯父は自宅で孤独死だったんでしょ? 発見されたのがハガキが届いた後である以上、誰かの憑依霊になってハガキを投函したってのは考えにくいの。それにもし幽霊になれたとしても家で亡くなったなら地縛霊だから』


 でも地縛霊なら半径十メートルまで移動できるが……いや十メートルでは無理があるか。


 でもそれなら、ハガキはどうやって?


『うーん……』

 珍しく悩む姫乃さん。


『雉間、これを解くにはまだ情報が少ないの』


 ほう、そうですか。だがそれを俺に言ってどうなる。


「京ちゃん。雉間さんにはまだ情報が足りてないみたいです。なのでもう少し伯父さんについて教えてくれないでしょうか?」


 ああ、なるほど。そんな冷たい目で見ないでください姫乃さん。


 久良さんの言葉に、京は思い出したかのように声を上げた。


「そうでした!」


 胸の前で手を叩き、バッグの中から一冊のアルバムを取り出す。そして、一枚の写真を指差した。


「これです。この人が私の伯父です」


 見せられた写真に写っていたのは満開の桜の木の下に立つ、月和高校の制服を着た二人の男子生徒と女子生徒。京が言った伯父は見るからにもなインテリゲンチャだ。


「伯父の隣にいるのが私の父と母です。実は父も母も伯父も、みんな月和高校出身なんです」


「そうなんですね」


 そう言われてみれば確かに写真に写る女子生徒と京は似ている。だが、こんなものを見せられたところでなんの参考にもならない。


『ねえ、ハガキってまだ誰にも言ってないのかな?』


「京、親にこのハガキのことは?」


「いえ、母には言ったのですが何かの間違いということで片付けられてしまって」


「お父様はどうでした?」


「父は……、もう私にはいないんです」


「……」


 京は目を伏せた。

「私の父は七年前の夏の日を境に行方不明なんです。そして今でも詳細はないまま、もうすぐ失踪宣告が認められます」


『行方不明者に失踪宣告が認められるのは失踪から七年後。夏なら、あと数ヶ月といったところだね』


 消え入りそうな声を出す京に久良さんが堪らず声を掛けた。

「すみません。言いたくないなら言わなくても大丈夫ですよ」


「……いえ、いいんです」


 京はかぶりを振り、「それに伯父の話をするにはどうしても父の話は避けられませんから」と呟いた。

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