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久良さんは突然の
「はい、ここが雉間探偵局です。
「へー、ここがかー」
雛杜と呼ばれた女子生徒はおもむろに辺りを見回し始めた。
別に教室の作りはどこも一緒なのだが……。
『ねぇ雉間、あの人は?』
その問いに、さあ、俺に訊かれても、といった具合に首を捻れば、
「うちの学校の副生徒会長ですよ」
久良さんに耳打ちされた。
なんと、それは知らなかった。
『ふーん。じゃあなんでその副生徒会長がここに?』
それには久良さんも「さあ」といった具合に首を捻る。久良さんも不思議なのだろう。
代わって俺が訊く。
「先輩、今日はどうしてここに?」
言ってから思うがここは探偵局だ。なんらかの依頼もなくここに来る者などいるのだろうか。
教室の作りを見ていた先輩は一瞬「はて?」と間を置くと、それから「ああ、そうそう。今日はこれを持って来たんだよ」と、先ほどまで俺が座っていた中央の机にポケットから取り出したA四サイズの紙を広げた。
近寄り覗き見ると、紙には堂々とした明朝体で《文化部年間予算表》と。横書きで二十行ほど書かれた部活名の横には年間予算額という文言と金額が記されている。つまりこの月和高校には文化部だけでも二十くらいの部活動があるのだ。軽く流し見ればその中には動物愛好部やオカルト研究部なんてものもある。まあ、雉間探偵局が部として成り立てば、他の読書クラブや女子剣道部観賞会があっても別に不思議ではないだろう。
と、そんな中に我らが『雉間探偵局』の文字を見つけた。が、年間予算額とその名目が空いている。これは一体……。
「ややっ! 綺麗なティーカップ。それに電気ポットもあるじゃん! するとこの香りは紅茶かな?」
わ。少し目を離した隙に先輩がポットを見つけているではないか。
先輩の表情は戸棚からお菓子を見つけた子どものように輝いている。
そしてこちらを見ては手を振り、
「はいはーい、これは誰のですかー?」
ああ、なんてばちが悪い。まさか副生徒会長に見つかるとはもうお咎めが……。
「ふふ、わたしのですよ先輩」
「ね、ね、飲んでいい?」
「ええ、いいですよ。わたしが作りますからどうぞ先輩は座っててください」
「あははー、なんだか悪いねー」
笑って言った先輩は久良さんと入れ違いで席に着いた。
そして俺に一言。
「あはっ、あたし紅茶には甘い一面があるんだよね」
「は、はあ」
とりあえずは適当に相槌を打って俺も席に着く。まあ、本人に怒る気がないならこちらも自省的になるつもりはない。
さて。
正面の先輩を見据えて、用件を聞き出すことにする。
「先輩これは?」
俺はたった今姫乃さんが凝視している《文化部年間予算表》を指差した。
「ああ、これ? これは文化部年間予算表だよ。知らないの?」
先輩は「常識だよ?」って顔で見返してきた。
そんな顔をされても困るのだが……。
俺は黙って頷いた。
すると先輩は「うっひゃー」とオーバーリアクションをした後で、
「あ、そっか。一年生か」
とあっさりした反応をみせる。
「えっとね。知らないようだから教えてあげるけどこれはさ、今年度の文化部で使う部費一覧表とでも言ったらいいかな。一つひとつの部室を回って、その部活が何にいくら部費として使いたいのかをこれに書いていくのさ。もちろん、それが本当に必要な物かも吟味してね」
先輩がそこまで話すと紅茶を手にした久良さんが戻ってきた。
「副生徒会長さんも大変なんですね。わざわざ部室を訪問して歩くなんて」
先輩の前に淹れたての紅茶を置き、久良さんが俺の隣に座る。ちらっと視線は姫乃さんを追ったが、あえて触れない久良さん。俺も久良さんも、姫乃さんが見えない人の前では自分たちも見えない人を演じるのだ。それは姫乃さん本人からの要望で『探偵は素性を明かさないものなの』の精神で極力人前では話しかけてこない。
「いやー、それがさ。本来はこれって二年の会計さんの仕事なんだよね。だけどその会計さん、いつまで経っても運動部の方の年間予算表が終わらないもんだからさ、結局はあたしが出る破目になったわけよ。五月に入ってもまだこれが終わってないとなると、さすがに生徒会長がうるさくてさ。……あ、生徒会長ってね、実はあたしの幼なじみなんだけどそれはそれは人使いが荒くてもう大っ変っ!」
先輩の口調はほとんど愚痴を言っているそれに変わりない。
「それに前まではこんなにも部活はなかったからさ、てきとーに予算表回して、後はてきとーに戻ってきたのに修正を入れる程度だったんだけど、まさかてきとーに部活だけ作って部費をおこづかいにしちゃう輩が出てきたもんだから、もうそういうわけにもいかないの」
そう言って先輩は「あはっ」と一つ笑みをくれた。
「ま、そんな見回りも君たちの部活で最後なんだけど。で、とりあえずはさ、何か活動するにあたって必要な物ってあるかな?」
先輩は制服の胸ポケットから万年筆を取り出す。
「んー、俺は特に何もありませんけど……」
そう言いつつ、久良さんを見るようにして姫乃さんに視線を送る。
『ね、ね、雉間! 私ね、デーアのレモンティーが飲みたい!』
え、なんて? でえあ?
「そうですねぇ。あ、雉間さん、デーアのレモンティーなんてどうでしょうか? とてもいい香りで探偵業も
はい? だからなんですかそれは?
俺が人知れず眉を寄せていると、先輩は両手を挙げてあからさまに驚いてみせた。
「わおっ! それは正気で。デーアと言えばあの紅茶で有名なイタリアの高級ブランドじゃないのさ!」
頷く久良さん。と、姫乃さん。
なんと、そんなものを要求していたのか!
すると先輩は会って初めて真面目な顔になった。
「いやー、さすがに部費でデーアのレモンティーは、ねえ……。部員二人の、それも設立ひと月の部活にそれを簡単に許しちゃうのはさすがに……。ね、ここは一つ、茶菓子じゃダメかな?」
「うーん、そうですか……。なら、仕方ね」
いつもの微笑みで言う久良さんに続いて姫乃さんは『はぁあー、ざーんねん』と溜め息を吐く。
まあ、先輩の見解は極めて妥当だ。設立ひと月の、それも活動目的も不明な部活にそんなお金出せないのだ。
ふと、ここで一つの疑問が浮かぶ。
先ほどから先輩は予算表の話ばかりしているが、
「あの……」
「あ、自己紹介がまだだったね」
おっと、言い出しが遅かった。先輩に先を取られてしまった。
「あたしの名前は
「はい、わたしはここで雉間さんの助手をしている、一年の久良あかりです」
「えっと、探偵の雉間快人です」
とりあえずは久良さんにならってはみたものの、自分で探偵というのは抵抗がある。だって真の探偵は……。
『おっほん。そして私が本物の探偵の雨城ひめ』
「そっかぁ、探偵くんに助手ちゃんかー。なんか楽しそうで羨ましいよ。うん」
何も知らない先輩が笑顔で言った。横では恨めしそうな顔で姫乃さんが見てくるんだが……。
俺は真横からの視線を感じながらも、今さっき言えなったことを口にする。
「あの、先輩は今日、わざわざこれを見せに来たんですか?」
俺の単純な問いに、先輩は意地悪く少しだけ口角を上げた。
「それにイエスと答えたら不満かな?」
不満かどうかと問われればこちらもイエスだが……って、じゃあ先輩はなんらかの依頼もなしに来たと?
『なーんだ、つっまんないのー』
すすすっ、と中央の机から離れていく姫乃さん。まったく、他人事だと思って。
「あはっ。冗談よ、冗談。実は昨日ね、ちょーどおかしな事件があったからさ、ついでにそれも聞いてもらおうと思ってね」
『!?』
おっ、戻ってきた。早いお帰りで。
『ねえねえ雉間、それってどんな事件かな?』
なぜそれを俺に言う? ……ああ、仲立ちしろと。
あまり
「先輩、よければその話聞かせてくれませんか?」
「あはっ。探偵くん興味持ったんだ」
「ええ、まあ」
俺の隣が、ですけど。
その言葉に満足してか、先輩は一度頷き目の前の紅茶を一口啜った。
そしてカチリとカップを置いて俺を見る。
「それじゃー、聞いてもらいましょうかね。世にも不思議な消えたベニヤ板の一席を」
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