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 さて、次の日。

 再び放課後を空き教室で過ごす俺は暇な時間を有意義に過ごすため、今日は適当な文庫本を持参し読書を勤しんでいた。


 窓際では一人楽しそうに外を眺め、鼻歌を口ずさむ姫乃さん。

 歌いながらにして指揮者のように指を振る、彼女の役目はなんなのか?


 俺も余程暇だったのか、文庫本を片手にしばらくその光景を眺めていると突然にその動きは止まり、そして静かに振り返る。


『ところで雉間』

「ん?」


『ちゃんと掲示板にここのポスター貼ったよね?』


 何を今更……。


「昨日貼ったじゃないですか。それは姫乃さんも俺の後ろで見てたでしょ」


 そう。探偵局宣伝のポスターは昨日間違いなく昇降口前に貼った。白の画用紙に「雉間探偵局」の文字と活動場所を書いただけのシンプルかつ無機質なものだが、確かにそれは貼った。


『うーん。そうだよねぇ』

 どことなくに落ちない顔で言う。


『でも、なんで誰も来ないのかな?』


 そんなのは愚問だ。即答する。

「みんな依頼がないんでしょう」

『うん、私もそう思う』

 ああ、よかった。同じ考えで。


『そこでね、私は今から依頼を探しに校舎を回ろうと思うの』


 おや? それは考えてもなかった。まあ本人が行きたいなら止めはしないが。


「そうですか。それじゃあどうぞ、俺はここにいるんで」

『ダメなの、雉間も来なきゃ』

「なんで」

『だって私は憑依霊だよ』

「……」


 失念。憑かれている身なのを忘れてた。

 俺は照れ隠しに一度頭を掻いて、文庫本を閉じた。行くにしても根本的な疑問があるのだ。


「あの、ちなみにですが姫乃さん。姫乃さんはどうやってその依頼を探すんですか?」


『ふふうん。そんなの決まってるの』

 自信ありげな姫乃さんは、


『一人ひとりに雉間が「何か依頼はありませんか?」って訊いて回ればいいの!』

 まるでそれが名案とばかりに言い切った。


 なるほどね。訊かなきゃよかったよ。


『そうすれば探偵局の宣伝にも繋がるし依頼も見つかる。ね、これなら一石二鳥でしょ? ね、ね、だから早く行こうよ。ほらほら!』


 そう言って俺の腕を引っ張る姫乃さんはまるで遊園地に連れて行けとせがむ子どものようだ。


 さすがに抗議する。

「ちょっと待ってください。そんなことすれば俺が好奇な目で見られるに決まってますよね」


 目付きが悪くなる。

『何、雉間は嫌なの? 反対なの?』


「いや、あの、反対とかじゃなくてですね……」

 とりあえず、その目は止めてね姫乃ちゃん。


『あのね、雉間。私たちがどれだけこの教室で待っていようと依頼者は絶対に来ない。そう、それは絶対! それには私、命をかけてもいいの!』


 あなたに命はないのでは?


 と、その時だった。




「……失礼します」




 突然、探偵局のドアが開いた。

 ギョッとしてドアの方を見れば、なんと、人が入って来たのだ!


 探偵局のドアを開けたのは小柄でゆるふわヘアーな女子生徒。これってつまり……、



「ここって探偵局ですよね?」



 い、依頼者だ!

 予期せぬ突然の来客にあたふたする俺。と、それ以上にあたふたする憑依霊。


「は、はい。えっと、こちらにどうぞ」

 椅子を差す指と声が震えてしまう。


『い、いいい今お茶を出すの』

 何を言っている。この部屋に茶なんてないぞ。


 そんな中、女子生徒は椅子に座ると笑って一言。


「ふふっ、


 それは助かる。だってこの部屋にお茶は……、

「え?」

『え?』

 俺と姫乃さんの声が前後した。


 だって今、この女子生徒は俺ではなく言ったのだから。


 フリーズかました俺と姫乃さんを、不思議そうに交互に見る彼女。

 そんな彼女を不思議と凝視する俺と姫乃さん。


「い、今なんて……?」

「えっと、お構いは大丈夫ですって」


 姫乃さんを見る。

「あの、失礼でしたか?」


『ぜ、全然そんなことないの! で、でも、あの、その、えっと……』

「ふふっ、それは良かったです」


 やっぱりだ。彼女には姫乃さんが

 初めて俺以外の人との会話に心ここにあらずな姫乃さんを無視して、俺は率直に訊く。


「あなたには見えるんですか、彼女が?」

「はい、もちろん……って、あなたにも見えるんですか!」

 演技ではなく本当に驚かれた。


「わたし以外に幽霊が見える人なんて初めてですよ。えっとぉ……」


「一年Aクラスの雉間快人しいまかいとです」


「ああ、あれ、しいまって読むんですね。初めまして雉間さん。わたしは一年Cクラスの久良くらあかりです」


 久良さんはぺこりと頭を下げた。

 これはこれは。どうも。


『私は雨城姫乃うじょうひめの。憑依霊なの』


「ええっ! 憑依霊ってことはつまり雉間さんにですか?」


『…………』


 久良さんの反応に姫乃さんは返答なく黙った。


 一体どうしたのだろうと思えば姫乃さん……、

「わわっ!」

 突然久良さんに抱き付いたではないか。


「ちょ、ちょっと雨城さん。どうしたんですか?」


 途端に身を強張こわばらせる久良さんは頬を染めこの上なくテンパる。そして正面から弁明を求めるような視線を向けられるが俺にもわからない。……いや、違う。そうだたぶん。


「姫乃さんは憑依霊になってから俺以外と話してないんだ。だから久良さんと話せたのが嬉しいんだと思う」


「はあ、なるほどです……」


 抱き付かれたまま、納得のいったような、いってないようなどっち付かずな顔をされた。

 それと久良さんの質問については俺の方から答えておく。


「久良さんの言う通り、姫乃さんは俺の憑依霊で最近取り憑いたんです」

「そうなんですか。でも、どうしてです?」

「それは……」


 その質問は実に時間を要する。まず俺の事故の話に、姫乃さんの事故の話、それに姫乃さんの地縛霊時代の話も必要になるのかも……。と、そこまで考えたところで話をらすことにした。


「悪いけどその話はまた今度で」


 俺の話をする分にはいいが、姫乃さんの過去を勝手に話すのは気が引けるのだ。


 俺の返答に久良さんは、

「はい、そうですね。わたしは雉間さんが言いたくないようでしたら大丈夫ですよ」

 と、とても感じのいい笑顔で俺を見た。


 これはこれは。頭が上がりそうにないな。

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