5

 ◇ ◇ ◇


 千花さんの部屋を出て、雉間と待ち合わせた大浴場まで歩く。

 道中、菘は何度かため息を吐いた。


「はぁ……」


「もう菘ったら、こんな孤島にまでお父さんのファンがいるのよ。もっと喜びなさいよ」


 力なく言う。


「結衣お姉さま、自分のお父様を好きな人がいるのって少し複雑な気分なのですよ……」


 千花さんがウカイさんの話をしてからというものの、なんだか菘はお疲れなご様子。きっと父親のこと、話を聞くだけでも気を遣うのだろう。菘も大変ね。


 そうこうしながら一階に下りる。途中、廊下を右に曲がると突き当たりに大浴場が見えてきた。見れば大浴場前の開かれたスペースには雉間だけでなくマネージャーの白石さんもいた。雉間は白石さんとベンチに座り、会話の真っただ中。


 わたしと菘がほどほどに近付くと、

「あ、結衣ちゃんに菘ちゃん!」

 すかさず目端が利く雉間に見つかってしまった。


 雉間の隣にいた白石さんもわたしたちに気付くと、わざわざ立ちあがりお辞儀をした。わたしと菘も会釈する。


「ごきげんよう雉間さん、白石さん」


 先ほどまでのお疲れの様子は一切見せず微笑む菘。

 やはりこの子、侮れないわ。


「お二人で何をされていたんですか?」


「あー、それはちょっとね。白石くんの話を聞いていたんだよ」


 そうにこやかに言った雉間とは対称的に、白石さんはあまり元気がない。


 わたしが雉間に「何かあったの」と訊こうとすると、

「一つ聞いてもらいたいことがあるんだ」

 白石さんがわたしたちに言ってきた。


 いつもと違ってどこか暗い白石さん。そんな白石さんを見て、わたしと菘は身近なベンチに腰を掛け、話を聞く姿勢をとった。

 そうした後で白石さんはため息を吐き、語り出した。


「カリンのことです。実はあいつ、今回の件ですごく落ち込んでいるんです。能都カンパニーの社長からだと思っていた招待状がただの悪戯いたずらだったことに……。別にマネージャーの僕としてはそれほどでもないんですけど、カリンは初めての仕事だった分、その落差が大きいみたいで……」


 白石さんは左拳を右手で握った。


「ああ見えてカリンって本当はすごく繊細なんです。それに本人は隠しているつもりなんでしょうけど、僕に心配かけさせないよう明るく振る舞っているのも大学進学を止めた僕に後ろめたく感じているのも全部知っています。僕が、そう思って欲しくないとも知らずに……。

 だけどそんなカリンも今回ばかりは見ていられないんです」


 そこで一度、白石さんは言葉を切った。


「実は最近、僕がマネージャーなことをカリンはこころよく思ってないんじゃないかって思うんです。それに新人のカリンには僕よりもベテランのマネージャーが付くべきなんじゃないかとも……。だから僕、この島を出て事務所に帰ったらカリンのマネージャーを降りようと思うんです。もうこれ以上、迷惑はかけられませんから……」


「……」


 止むを得ないとばかりの寂し気な白石さんを見て、わたしは悲しくなった。


 白石さんがどう言おうと、本心ではカリンさんのマネージャーを続けたいと思っていることくらいわたしにだって見え透いている。それなのに、どうしてそんなことを言うのか。


 わたしには白石さんがカリンさんのことを誰よりも気にかけていると思うし、わかっているとも思う。それにカリンさんだって白石さんがマネージャーなことを悪く思っているなんて、そんなこと絶対にない。ましてや別の人がマネージャーになって欲しいなんて、カリンさんは絶対に思ってない。芸能界で活躍するにはそっちの方がカリンさんのためになるのもわかる。けど、カリンさんの気持ちは……、


「あの」

 つい何かに感化されたわたしが口を開きかけた。


 そのとき――。


「コウくんお待たせーっ!」


 大浴場の女湯からカリンさんが出て来た。


 咄嗟とっさに口をつぐむ。


「あれ? 雨城ちゃんに羽海ちゃん、それに雉間くんも何してるの?」


 カリンさんの問いかけに菘は曖昧に微笑んだ。


「あ、はい。あの、涼んでいました」


「ふーん。……ん? コウくんどうしたの? 元気ないけど」


「そんなことないよ」


 何事もないかのように白石さんは立ち上がった。


 そしてわたしたちにお辞儀をして、


「さ、そろそろ昼食の時間だよ。食堂に行こうか」


「うん。そうだね」


 白石さんとカリンさんはきびすを返して歩いて行った。




 その後ろ姿をわたしは直視できなかった。

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