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◇ ◇ ◇
わたしは三一二号室を隅々まで見て、雉間のいる三〇一号室に戻った。納得のいく成果をものにして。
部屋に戻ると天音さんが訊いてきた。
「どう? 気に入った?」
ちらっと視線をやった雉間はまだ食事中。
わたしは答える。
「はい、とっても」
「そう良かった」
そう言ってにこりとする天音さんにわたしは改めて問う。
「天音さん、あの部屋の家具や家電って全部使っていいんですか?」
「ええ、いいわよ。ね、雉間くん」
トマトのスープを飲みながら、天音さんに従うように首を縦に振る雉間。
……ふうん。なるほどね。
「それじゃあ、私はもう出ようかな。次は羽海さんのお部屋探しもあるし」
そう言って立ち上がろうとする天音さんを、
「もう少しだけいて下さい」
わたしは腕を引っ張って座らせた。
きょとんとする天音さんの視線を浴びながら、わたしは菘に視線を送り、雉間を見た。
口調は穏やかに、切り出す。
「あのね、雉間。実はここにいる菘はわたしの幼なじみで、家はとってもお金持ちなの」
わたしはこのことをそう簡単に口外しない。本人には隠すつもりがないみたいだけど、お金目当てで菘に悪い虫が付くのはわたしが嫌なのだ。
「ね、そうよね?」
普段、吹聴しないようなことを言うわたしに菘は戸惑うことなく頷いた。
「はい、そうですわ」
「ええっ、ホント!? じゃあ菘ちゃん、ぼくとお友達になろうよ。ぼくは結衣ちゃんに部屋を貸している大家で名探偵の……」
「やめーい!」
菘と握手をしようとする雉間の手を叩く。この状況で何友達になろうとしてるのよ!
わたしは「冗談なのに」と手の甲を撫でている雉間に、今一度笑顔を作った。
「それでね、話の続きなんだけど、この子の家にはたくさんの知り合いがいるの。中にはそう、変わったお仕事をしている人もね。そうね、例えば……」
あからさまに声色を変える。
「盗聴器を調べるプロとかね」
本当にいるのかは知らないけど菘の家のこと、大抵の職種は知り合いにいる。
「へー、菘ちゃんにはそんな珍しいお仕事の知り合いがいるんだね」
口に入れたものも呑み込まず、わたしの目の前ではそれよりも珍しい職業を混合させた輩が言っている。見るからに反省の色はゼロだ。
「それでね、雉間。わたしは今からその業者さんを呼んで調べてもらおうと思うの。……わたしの部屋を」
そこまで言って、わたしは挑むように雉間を見た。
雉間は毅然とした態度で口に入れたものをもぐもぐと噛んでいる。
わたしはその様子をじっくりと観察するようにして呑み込んだ後の返答を待つ……。
「う、雨城さん、大丈夫よ。雉間くんはそんな悪いことしない子だから」
横では必死になって天音さんが言ってくるけど、どうやら天音さんはまだ気付いてないようね。
わたしがもう、すべて知っていることを……。
三一二号室――あの部屋には前の住人が使っていたとされる家具や家電が置いてあった。そしてそれらはどれも綺麗で、中にはテレビや冷蔵庫などの高価な物も。普通、前の住人が置いていった物となればよく買い替えをする比較的安価な物。しかしあまり買い替えないテレビや冷蔵庫があの部屋にあったのはまったくもって不可解だ。それに加えて、あの部屋にあった家電はどれもコンセントが差しっぱなしだった。これらのことから考えられること……。
それは、あの部屋には盗聴器が仕掛けられているということ。
盗聴器の中には機器に流れる電気が一度でも止まるとそれ以降は再設定が必要なタイプがあると前に読んだ本に書いてあった。すなわちこれが、入居者がいなくなった後も部屋に電気が通っている理由だ。
そして、もう一つ重要なことがある。それは……信じたくないけど天音さんが雉間のグルってことよ。初めにおかしいと思ったのは、この雉間荘が『訳有り物件リスト』のファイルに入っていたことだ。普通、こんなにも家賃が安くてなんの不備もないところは間違っても『訳有り物件リスト』のファイルには入れない。それはつまり、天音さんは知っていたのだ。この物件には盗聴器が仕掛けられていることを。
本来、盗聴器付きの雉間荘は相手に何の不信感も与えないためにも普通の『物件リスト』のファイルに入れて紹介するつもりだった。しかし、そこを天音さんはつい正直に『訳有り物件リスト』の方に入れてしまった……。
そう考えればわたしがこの物件を『訳有り物件リスト』から見つけたときの慌てようも納得できる。
わたしは勝ち誇った顔で雉間の第一声を待っていた。まあ、盗聴器を外して家賃一万円で住ませてくれると言うなら、警察に突き出すのは止めてあげるけどね。
しばらくの沈黙の後。 口に入れていたものを呑み込んだ雉間は……、
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