今年のツンデレ同僚はひと味違う

七転

第1話

 社会という名の大海原にライフジャケットなしで飛び込んでから5年。ほどよく力を抜きながら仕事をこなせるようになってきた。


 そんな俺が所属するのは法務課。

 多忙で有名なこの課は、何故か異動希望者が少ない。


 メインの仕事は大きい契約の発注から審査、管理、契約書作成などいわゆる「契約」の中身全般だ。

 他に社内規則の制定やプレスへの発表チェックなども担当している。


「これ、確認頼むわ」


 バインダーに綴じた分厚い仕様書を隣の席に滑らす。


 ミスを減らすため、またコンプライアンスを担保するため、案件の大小に関わらず複数人で業務にあたることになっている。


 俺の相方はそれはそれは厳しい、隣の席にちょこんと座る同期の彼女である。


 三栖 なぎさ、一言で彼女を表すなら労働ジャンキー。朝の8時から晩の24時までフルタイムで働く戦士ウォリアー

 ふわっと巻いた髪、明るい表情に小柄な三栖は一見柔らかい雰囲気を想起させるが、騙されてはいけない。


「ここ、表現変えた方がいいわよ」


 数えるのも面倒になるほど大量に引かれた蛍光マーカー。

 光を反射してチカチカと点滅する文字列は、俺の視力を日々悪化させている。


「へいへいさんきゅー手加減なしだな」


 適当に返事をしながらデスクに供えられたエナドリに手をつける。


 締めるところはしっかり締める。自分自身に対して誰よりも厳しい、「ストイック」という言葉が辞書から飛び出して人間の形をとったのが三栖なぎさという女である。


「仕事で手加減してもお互い時間取るだけじゃない」


 ツーンと取り付く島もない三栖。


「お前そういうところだぞ、友達いない理由は」


「うるさいわね……」


 俺と三栖が気さくな間柄だから、そして同じ課に所属しているからこれだけ散々言えるが、彼女のことを知る社内の他の人間は、面と向かって歯向かうことはしない。


 それもそのはず、契約案件の進行を握っているのは往々にして彼女なのである。仕事に支障が出ないとしても、機嫌を損ねるのは得策ではない。


 そんな仮面の女王よろしく恐れられている彼女も、実はかわいいところもあるのだ。

 今日は水曜日、多分そろそろだな。


「ね、ねぇ」


 三栖様チェックの入った仕様書を修正していると、おずおずと横から付箋が差し出される。

 この光景も見慣れたもので、今年の春あたりから始まっただろうか。


「んあ?いいぞ、今日にするか」


 普段の言動からは想像もつかないほどかわいい字で書かれた「今日、ご飯行く?」


 そう、彼女は週に1回、なぜだか晩ご飯に誘ってくるのだ。しかも他の人にはわからないようこっそりと。

 理由を聞くのもはばかられるため、この奇妙な関係、もとい毒にも薬にもならないご飯会は毎週恙無く開催されている。


 定時丁度、俺はジャケットを手にして立ち上がる。隣の彼女も同時に立ち上がったからか、周りから少し注目を浴びる。

 うちの課のメンツも気がついているんだろう、週に1度、不自然に彼女が定時に帰ることに。いや、普通はみんな定時に帰るんだが。


「それじゃ、駅で」


 小声で言い残して彼女はお手洗いに消えていく。

 そこまで他の人に見られないよう徹底するなら店集合にすればいいのに。


 今日も彼女のストレス発散に付き合いますか、なんてどこかの漫画の主人公みたいな能天気な思考回路を走らせながら、俺はエレベーターのボタンを押した。








◎◎◎

こんにちは、七転です。

初めましての方は初めまして、そうでない方はいつもありがとうございます。

通りすがりの絶対ハピエン純愛推しのラブコメ屋さんです。

気合いで更新するので、良かったら見てってください。

久しぶりにちゃんとご飯書きます。


一体何作品を同時に連載するつもりだ、私。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今年のツンデレ同僚はひと味違う 七転 @nana_ten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画