EB

エアブレ

序章<三種の神器>

1.尻切れ日記

 日付:2024年 6月 15日(土) 02:46:37

 場所:自宅/気候:晴れ/気温:20.7℃

 体調:良


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 あの予備校には龍がいる。

 説明のつかない戯言に耳を貸す愚者はいない。

 なよやかに北叟笑ほくそえむ。

 立派な語り手になれたのだから。

 深い海に落ちた真夜中。

 部屋の吊り下げ灯が僅かに揺れている。

 古臭いアパートだけど、何気に心地良かった。

 出窓から外を覗くと、大きな空き地が広がっている。

 その先には長く伸びた一本道。

 いつもあの通学路を歩いて目的地へと向かう日々。

 揺れの正体は、夜の閑散を引き裂いて現れた。

 窓を開けると、ぬるま湯の風が部屋になだれ込む。

 立夏の時分に雪が降っていた。

 道の向こうから、恐ろしく長い多脚の馬陸やすでが迫り来る。

 建ち並ぶ住宅を優に越える白い体躯。

 前進するたびに微かに辺りが震動している。

 頭部にある豆粒大の眼球と目が合った。

 諦観が心の縄を締め直す。

 あの子の名を呼んだ。

 無邪気に身体を揺らして一心不乱に駆け寄ってくる。

 大人になったら何にでもなれる。

 変態する昆虫となって、別の形へと成り代わる。

 まだ液状で、未知の可能性に惹かれている。

 存分に両手を広げて受け止めてあげたい。

 私は何になりたかったの。

 どんな夢を胸に抱いて生きてきた。

 叶えたい願いが何もなかったわけじゃない。

 この子を置いて大人にはなれない。

 また一から丁寧にやり直す。

 灰汁は混ざり合って駆け巡る。

 糧になりたかった。


                 イスミ


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