2.宣戦布告

 夕空に映えた雲が黄丹に色揚げられていた。

 手にした大学ノートから目を離す。

 私は半壊した二階建てのアパートを見上げた。

 端部屋201号室が屋根ごと消え失せている。まるで巨大な何かにぽっかり食われたみたいだ。

 同じ予備校に通う友人、雛川すがわ夷清いすみの書いた日記。

 あの部屋は彼女の自宅。

 雛川は一昨日事故で亡くなって、今朝方、このノートが私の家のポストに投函された。

 刑事でもないし、探偵でもない。

 私自らが彼女の死の真相を暴く義理はない。

 所詮、予備校に通っている間だけの仲。

 日記には続きがあった。

 内容は雛川が亡くなってからの毎日一週間。

 それは彼女のことではなく、私のことを記してあった。

 どうやら5日後、私は予備校で死ぬらしい。

 ノートをゴミ箱に捨てたり、燃やしたり、切り刻んだり、川に流したりしたけど、絶対に無傷で戻ってきた。

 私のした一連の行動が日記には書かれていたのだ。

 実際にノートが戻ってくるのか試したくてやってみたら本当だった。

 今日の日記では、私はある人に電話をして、アパートで待ち合わせすることになっている。TEL番も記載してあったのだから驚きだ。

 すでに連絡は取ってある。

 待ち合わせの時間まであと少し。

 残り2ヶ月で私も18歳になる。

 大人になる前にこんなことに遭遇するなんて、私はとても運が良かった。

 やっとお鉢が回ってきたのだ。

 どうなっているのだろうか、5日後の私は。

 

「毎度。貴津きづ暦女こよめさんやね?」


 背後から声をかけられて咄嗟に振り返る。

 眼鏡をかけたスーツ姿の男が一人立っていた。


「探偵事務所ハイビスカスでーす」


 私はおちゃらけて気怠そうな物言いをする男を容赦なく訝しむ。


「…電話の人」

「よろしゅう。早速やけどこれ燃やすわ」


 男は大学ノートを掲げていた。

 いつの間にか私の手からなくなっていたノートが、止める暇もなく勝手に燃えだす。

 彼はそれをそのまま地面に投げ捨てて、鍋が沸騰するのを待つように様子を観察した。

 あっという間に消し炭になったノート。

 彼は私の右手を指差した。


「ほんまに戻っとるわ」


 視線を下に向けると、確かに私の手元にノートが戻ってきていた。

 もう驚くことはない。昨日何度この光景を見たことか。


「堪忍な、試したかってん」


 男はそう言うと、私に向き直る。

 彼に電話したとき、私はある依頼をした。

 内容は、友人が何故死んだのかを暴いてほしい、たったそれだけ。


「ほな、依頼受けるわ」


 ただし、タイムリミットは5日後。

 この謎を残して私は死んでも死にきれない。

 彼女の友人だから、なんてたいそうな決意はない。

 売られた喧嘩は買わないとない。

 秘研部の誇りにかけて。

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