第2話 ウラガール その②

 じつは、うちの学校は屋上に出られる。

 が、ドアをあけた瞬間、彼女は「さむぅ」と言ってすぐにバタンとしめた。


「こっちこっち!」


 ドア横のわずかなスペースに移動。ちょうどよく、イスが二つあった。


「じゃー」手にノートみたいなのを持ってるフリをして、もう片方の手はシャーペンをカチカチやる仕草。「あなたのお名前は?」

「あ……白沢しらさわひろしですけど」

「はいはいシラサワね、っと」


 まさか昨日の今日でぼくの名前を忘れているはずもないだろうけど、

 わざと冗談っぽくすることでド忘れしたことをゴマカしてるようにも思えた――っていうのは考えすぎか。


「告白の前に、いろいろあなたの情報を知っておく必要があります」


 高速でカチカチカチカチ。

 そんなにやったらペンこわれるだろ。


「敵を知り己を知れば……ってヤツだよね。ヒロチーの長所は何?」

(昨日とあだ名がちがう気が……まあいいか)


 まあいいか、じゃなかった。

 これは重大なポイントだ。


 ぼくには――――長所がない!


「どうしたの? 晩ごはんのおかずが煮物だったときみたいな顔して」

「いや……ぼく、けっこう煮物好きだよ」

「まじ? へえ、高校生でそんな子もいるんだね」


 さっ、と長い髪を耳にかきあげる。

 その髪の色は、やや赤っぽい。おじいさんかおばあさんがヨーロッパの人で、彼女はクォーターだというウワサだ。

 そう思ってみると、瞳の色も光の反射によってはグレーにみえるときがある。


 浦賀うらがアルノ。


 きれいさで目立ってはいるけど、クラスのイケてるグループって感じじゃなくて、

 2、3人の友だちと静かにおしゃべりしてるってタイプの女の子だ。


 笑うときは口元に手をあて、けっして大笑いしない。



「なーーーいんかい!!!」



 あっはは、と彼女は大きな口をあけた。


「免許がないとかお金がないとかはあるけど、長所がないってせつなっ!」

「そんなに笑うなよ」

「ごめんごめん」

「あ、あのさ、ぼくやっぱり……」

「やめる?」


 すっ、急にマジメな顔つきになった。


「ほんとにそれでいい? ぜったい後悔しない?」

「それは――」

「ダメでもともと勝ったらもうけじゃん。それに私は、自分に自信がなさそーな子より、自信もってチャレンジしてる人のほうが好き」


 幼なじみも似たようなことを言ってた。

 あいつ自身、そういう人間だからな。

 興味がわいたことは何でもやってみて、部活のバスケも、生徒会も、文化祭のバンド演奏も、すべてソツなくこなしてしまう。

 そしてそのあとに、ゼツダイな人気がついてくる。


 そう。

 中学から高校にかけて、幼なじみにはスポットライトがあたりっぱなしなんだ。

 ぼくとはちがって―――



「なるほどね」



 浦賀さんは足を組んで、腕も組んだ。


「まずキミにはフット・イン・ザ・ドアが必要かな」

「え? なにそれ?」

「こう、私がセールスマンだとするでしょ? でもドアがしまったままじゃ、モノを売り込めないじゃん。だから相手にあけさせて、そこに」


 しゃーっ、と彼女はすわっているぼくの足と足の間に、ローファーの先をすべりこませた。

 長い足。白い肌。つり上がりぎみのスカート。思わず反射的にみつめてしまいそうになる。


「足をつっこんで、ドアをしめさせなくするわけ。つまりそーいうこと、わかる?」

「いや具体的にどういうことなのか……」



 にぃ、とくちびるの片端かたはしがななめに上がった。



 その日の昼休み。

 クラスで唯一仲のいい友だちが話しかけてきた。


「どうだったんだ、作戦会議は」


 黒ぶちメガネのカドがきらっと光る。

 相変わらずおそろしいヤツだ、こいつは。


「なんでわかったんだよ……しかも、作戦会議ってトコまでドンピシャじゃないか」

「昨日、浦賀うらがに告白しただろ?」


 メガネの横に、おまわりさんの敬礼のように手をあてる。


「なのに、一時間目におまえたちは保健室もいかずにサボった。ということは、なんらかの〈契約〉および〈約束〉が昨日の時点で発生しているのではないかと推察した」

「まてよ。サボったって……」

「先生に伝える数秒前、浦賀は友だちと目でサインを交わしていた。ここからたやすく仮病だとわかる。仮病なら、保健室にいく必要もない」

「じゃ、じゃあ作戦会議は」

「おおかた、おまえの幼なじみに対する想いが彼女に悟られてしまったんだろう。それで『協力する』という流れになって、その目的は幼なじみへの告白。恋愛は戦い。すなわち作戦をたてるべし、というわけだ」


 机の横で立っている友だちは、どうだ、とばかりに腕を組んだ。


「異論はあるか?」

「いや……おみごとだよ」ぼくは小さくバンザイした。「さすがは深森ふかもりだな」


 だが、とぼくは思う。

 いかにキレるこいつでも、次の行動までは読めまい。



 ――「ゆーあー、じゃないよ、ユアだよ」



 手をまっすぐ伸ばして、人差し指でさすポーズ。

 これを見るたび、ぼくは結愛ゆあのむかしを思い出す。

 少しおくれて、口をひらいた。


「わ。どうしたの?」


 特進クラスは、はなれたところにある。

 一階の職員室がある廊下に、一年二年三年がそれぞれ二クラスずつならんで、そこから渡り廊下で向かいの校舎に移動しないと、ぼくたちのクラスには行けない。


 つまり、ぼくはほとんど幼なじみと顔をあわせることがないんだ。

 ほぼあわせなかった―――この三年間。


「ヒロちゃ…………ひろしくんが私のクラスくるの、はじめてだね」

「そ、そ、そそそうだっけ、っけ」

「?」


 やばい。

 心臓がバクバクいう。

 舌もまわらない。


(! おいおい……)


 何事かと、興味本位な感じで一人また一人と廊下にでてきてる。

 窓のワクに組んだ腕をのせて、ニヤニヤしてみてる男子もいる。


 にぎった手は汗でびっちょり。


「あ」


 きーんこーん、と予鈴よれいがなった。

 昼休みは、あと残り五分だ。


「なにか用事でしょ? はやくしてよ」


 ぷく、とややほっぺがふくらんだ。

 こいつのよくやるクセだ。 

 いらついた感じで、セーラー服の赤いスカーフの先を指先でねじっている。


「ぼ、ぼくは、さ、ぼくは」

「え?」

「あの……やっぱり、いいよ。ごめん」

「ヘンなの」


 うしろを向いた。

 うしろを向いてくれると、ショートカットの髪型とかシルエットはむかしとあまり変わってないので、ちょっと安心できる。

 でも前はダメだ。

 きれいになりすぎててじっと見れない。

 ぼくみたいなものが、と気おくれしてしまう。


(なんの長所もないし、そうだよな。ふさわしくないよな)



 ――――「ほんとにそれでいい?」



 顔をあげた。

 立ち止まって、回れ右して、幼なじみに駆け寄って、手をうしろからつかんだ。


「えっ!?」

「ぼくたちは……お、幼なじみ、だよ」


 おどろいた顔のユアに、

 もっとおどろかせることをいう。


「これは、きっと運命なんだ」

「な、なにが? ぜんぜん、わかんないんだけど……」

「それだけ言いたかったんだ」

 

 ボーゼン、って表情だった。

 ヒットした手ごたえはない。


 そして放課後。


「できた?」


 また屋上につづくドア横のスペースで、浦賀さんと会った。


「一応」

「おー、なんかすごい童貞卒業したみたいな顔してる」

「そういう男子、見たことあるの?」

「その手にはのらないゾ」


 ぴん、とおでこをおされた。

 その手もなにも、とくに狙いはなかったんだけど。


 さあ、と浦賀さんはハグを求めるように両手を横にのばした。


「クサビはうてたね。ここからが本番だ」

「本番……」

「いまエッチな想像した?」


 してないよ、というぼくの声がまわりの壁に反響してひびいた。

 浦賀さんはシーと指をたて、そしてこう言った。



「正しい恋愛してると卒業にまにあわない。だからキミは邪道じゃどうでいこう!」


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