ずっと手がとどかなかった幼なじみに、数人がかりの告白を

嵯峨野広秋

第1話 ウラガール その①

 告白したらおこられた。

 そんなことある?


「ないわー」


 両目をつむって手をパタパタと、くさいものが目の前にあるように動かす。

 で、カッと目をあけると同時に、こっちに詰め寄ってきた。


「どうして私にコクろうと思ったの? ねぇ! まじでさ!」

「あ……あの」

「どのへんでイケるって思った? ん?」

「な……何回か、いっしょに話せたときがあって」


 あちゃあ、とかすれた声を出しつつ、右手でひたいをおさえた。


「女子はできちゃうのよ。気のない男子にも愛想あいそいいトークが」

「なる……ほど」

「でもアタマん中じゃ、キミとの会話なんてぜんぜんうわそらなの。おなかすいたなぁ、とか、次の授業やだなぁ、とか、こいつ昨日の夜チンチンさわったのかなぁ、とか」


 ぴたっ、と言葉も表情もストップした。

 さぐるような視線を、ぼくにじーっと向けてくる。


「チ……チンチンさせたのかなぁ、かってる犬に。と、とか考えてるのっ!!!」

「さすがにそれはムリが―――」

「じゃあチンチンでいいよチンチンで!」


 ひわいなワードのはずだが、ふしぎと何かがふっきれたような清々すがすがしさがあった。

 目元がキラキラ光っているようにもみえた。

 告白直後のあの暗い顔と比べたら、まさに雲泥の差。


「ずっとネコかぶってよーと思ったけど、もーいいや!」


 彼女は同じクラスの浦賀うらがアルノ。

 しゃっ、と少し赤みがかった長い髪を乱暴に耳にかきあげる。


「勝ち目のない戦いにいどんだキミ、名前はなんだったっけ?」


 知らないのかよ、とぼくはかるくショックを受けた。

 かるくないかもしれないが、そういうことにしたい。


白沢しらさわです」

「…………そうじゃなくて、下の名前」


 なんか今の、おかしかったんだよな。

 名前を忘れた人に対するテクニックをつかわれたかん


ひろし

「じゃあヒロリン。だれか好きな子いる?」

「いや……ここにいるけど」ひそかにドキッとしてくれないかな、という狙いがあったがムダなようだ。みじんも動揺はみられない。

「私以外で」

「うーん」

「一人ぐらいいるでしょ」

「ぎゃ……逆に、さ」

「えっ?」

「浦賀さんは、どうなの? いるの? 好きな男子……」

「いるよー。星の数ほどいるよ」


 それっていいことなのか? という疑問が胸をよぎる。


「でもクラスや学校には、いないなぁ。まわりはみんなガキばっかだから」

「……大学生ってこと?」

「はぁ!? 学年とかそういう話じゃないの! レベルよレベル」


 人差し指の先を空に向けて、くるくる回す。


「かっこいい俳優とかモデルとかいるでしょ? そーいう人たちのこと。そーいう人たちが好きなわけ」

「高いんだね、理想」

倒置法とうちほうでバカにした?」

「まさか」

「ならいいけど」


 くるっとターンした。

 髪が、ぼくの鼻先をかすめて横に流れる。


「12、1、2、3」

「?」

「高校卒業までまだ時間あるね。うん」


 いい? と半分だけ体を向けて横顔でいう。


「私はクラスではおしとやかな女の子でいたいの。でも今日、キミは〈みちゃった〉でしょ?」

「そうだけど、まあ、べつに……」

「私はクラスではお・し・と・や・か、なキャラでいたいって言ってんの! その印象のままで卒業したいのっ!」

「はあ……」

「おしとやかさんは下ネタも言わないの!」

「そうです、よね……」

「よってキミを口止めしたい。オーケー、ヒロリン? 見返りは――――」



 ウソのような昨日の放課後を、今朝になってもまだひきずっている。

 なんであんなことに……ふつうにフッてくれよと思わざるをえない。


「おー。おはよー。早いじゃん」

「あ、ああ……」

「ひとつ早い電車にしたの?」

「そうだよ」

「ん? 私の顔になんかついてる?」


 ばっ、とぼくはこいつから顔をそむけた。

 まぶしすぎて直視できん。

 髪の長さはむかしから変わらずショートのままなのに、高校入学後あたりからメキメキ女らしくなって、こう……サナギから蝶に羽化したみたいに、一気にきれいになった。どこかにアラはないものかと思ったが、なかった。


 ぼくの幼なじみ。


「ヘンなの」


 ひらっ、と手をふって、歩いていく。

 駅から学校までの道。並木道で、奥の校舎まで一直線。当然、同じ学校の生徒しかいない。


 後ろ姿をみているうちに、右から、左から、たえまなく声をかけられている。


 あいつは無敵なんだ。


 勉強ができてスポーツ万能。バスケ部では優秀な成績をのこして、秋までは生徒会長もやっていた。


 告白された回数は、両手の指の数じゃ足りないという。


 その中にぼくのはカウントされてない。してないから。


 してないっていうよりも、できなかったってのが本当。


 コクってダメでも家が近所だという事実はゆるがない。


 つまりフラれてもこの先も顔をあわせつづけるわけで。


 そんな未来になるのがキツくて、

 ぼくはあきらめた。



 ――「いっしょにあそぼーよ、ヒロちゃん!」


 「いっしょに映画? あー……ごめん、私その日は用があるから……」――



 そういう予定だった。


 だれかに告白できれば、結果はどうあれ、このブスブスくすぶってる片思いにトドメをさせる…………


 そういう、予定だった。



「おはよう」



 親しくない他人にするような朝のあいさつ。

 ぼくにだけきこえるボリュームで。

 そんで、スタスタと行ってしまう。


(!)


 肩ごしに一瞬、ふりかえった。

 パチッとウインク。

 記憶によみがえる昨日の言葉。



「―――告白の成功。ねっ! 私が、うまくいくようにサポートしてあげる!」



 とおい存在になった幼なじみでも、ダメもとでがんばってみれば……って?

 おいおい自分。あんなの彼女の気まぐれだろ。見返りとか、に受けてんなよ。

 でもな……。

 もし彼女がぼくを本気で手助けしてくれる―――としたら?


 ◆


「先生!」


 教室がざわついた。一時間目の授業中。


浦賀うらがさんが具合がわるいそうです」


 指先までそろえてきれいに手をあげているのは、彼女のとなりの席の彼女の友だちだ。

 メガネをかけていておとなしい性格で、そんな子がいきなり「先生」って大声をあげたからザワッとしたんだろう。


 胸さわぎがする。


 ぼくは、おもむろに席を立った。保健委員だからだ。

 近づくと、こめかみをおさえる横顔がほんとにつらそうだった。

 それで、廊下に出るや、



「チンチンさわった? 昨日。ねぇねぇ!」



 ゲッスゲスのエロトーク。

 こんなことある?


「さ、さわってないよ」

「またまた」

「逆に、そっちはどうなの?」

「えっ!?」


 予想外のカウンターだったのか、あっはは、と彼女は笑ってごまかした。

 はあ……。

 ほんとに、ぼくは幼なじみに告白できるんだろうか……。


「さあ、はじめようよ」


 一階の保健室へおりる階段ではなく、あがる階段に片足をかけてふりむく。

 風に流れる、赤っぽい長い髪。スカートもふわりと上がったり下がったり。


「作・戦・会・議♡」

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ずっと手がとどかなかった幼なじみに、数人がかりの告白を 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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