フィルムの中の幻想世界

 さて、先程も話した通り、ともきは神というモノを信じている訳ではない。しかし所謂無神論者とかそう言ったモノでもない。いるならきっといい被写体になるだろうなぁなんて思考をしながら、宗教勧誘のおばちゃんの話をぽけーっと聞き流していたくらいだ。

 確かに自分が思っていた通り、神と言うのはいい被写体だった。

 ともきは、ソファーに腰かけ肘をつく白神を画に収める。パシャリという音に気が付いた白神は、視線をともきに向けてくる。

「それ、楽しいの?」

「おう、楽しいぞ。ほら、良い感じ」

 隣に座り、撮りたてほやほやの写真を見せてやる。

 構図も何もかも独学ではあるが、これでもそこそこ売れている写真家だ。悪くはないだろう。それに、いいカメラといい被写体、この二つが揃えば大体それっぽくなると彼は考えている。

「ふーん」

 白神は興味もなさそうな返答で、テレビのリモコンに手を掛ける。もう少し興味を持って欲しいモノだが、まぁ良いだろう。

 ともきは白神が映したテレビに目を移す。

 有名なお昼の情報番組、ヒルナンダヨのコーナーの一介で、ともきでも知っているイケメン男優がちょろっと神社にお参りしている所だった。ナレーションでその神社の説明が少しだけ入り、祀られる神とその神についての簡単な説明が挟まれる。

 それを聞いて、ともきはふと思った。この白神も神の一種だ。となると、今テレビで紹介されている奴と知り合いかもしれないと。

「そういや、お前も神様なんだろ? 知り合い?」

 興味本位で尋ねると、白神は迷う事無く首を振る。

「いいや。僕はこの村だけで言い伝えられる存在、君で分かりやすくいうなら、地方テレビ局のアナウンサーだからさ」

「なんか、分かりやすそうで地味に分かりにくい例えだなそれ……。まぁつまり、知り合いではないのか」

 実際、東京に住んでいる自分は地方局のアナウンサーをよく知らない。強いて言うのであれば、この前に同じ番組で地方女子アナお料理対決をやっていたのを見たくらいだ。

 それはともかく、もし白神がともきでも聞いた事あるような神と知り合いなら、一枚だけでも写真を撮らせてくれるように交渉してもほしかったのだが。まぁ仕方ない。

 だが、白神自体が良い感じの被写体だ。しばらくはこれを撮っていよう。何せ、他にやる事がないのだ。

「なぁ白神。ここ他の奴とかいないの? 流石に何もないと暇を持て余すぞ」

「いない。ここにいるのは僕と君だけさ」

 白神はテレビに目を向けながら答えた。何もないからこそ、退屈しのぎに自分を呼んだ訳だ。

「じゃあ何をしろって言うんだよ」

「君、何もしないって事は出来ないのかい? 全く。僕の知らない間に、人は随分とせっかちになったモノだよ」

 白神はどこか呆れたような目をともきに向ける。彼にとって、暇を持て余しながら過ごす事は慣れっこなのかもしれないが、ともきは違うのだ。だからそんな目をしなくてもいいじゃないか。

 不服そうなともきを、白神は小さく笑い飛ばす。馬鹿にしているのか何なのか、それを問う前に彼は徐にソファーから立ち上がった。そうして、部屋のどこからか一個の小さな箱を持って来る。

「だけど、折角退屈しのぎに呼んだのに何もないってのはなんだ。これ、あげるよ」

 渡されたその箱を受け取ると、直ぐに中を確認する。

 箱の中には、カメラのフィルムがしまわれている。これで写真でも撮ってろと言う事だろうか、しかし、残念ながらともきのカメラは電子カメラだ。

「フィルム? 気持ちはありがたいけど、俺のカメラフィルム式じゃないからな……」

 そう言うと、白神は小さく首を振る。

「これはね、普通のフィルムじゃない」

「?」

 不思議そうなともきを他所に、白神は遠慮なしにフィルムを広げだす。その瞬間放たれた光に目を覆うと、微かに鳥の声が聞こえた。

 何やら山のような場所だった。澄んだ空気と木々のさざめきが漂う、これまた絵にかいたような美しい自然だ。

「え、どこここ……! すっご、いい景色ぃ!」

 ともきは近くに見えた湖に駆け寄る。湖の女神でも出てきそうな雰囲気だ、オノを落したら出てくるのではないかと思ってしまう。が、カメラは絶対投げ入れないでおこう。大事なデータがいっぱい入っているのだから。

「白神、写真とっていい?」

「いいよ、好きに撮りな」

 どこか興奮気味に訊いてきたともきに、白神は目を細めながら答える。

「おっしゃサンキュー! じゃあそこの木の下に立って」

「あぁ、僕を撮るんだ……」

「そりゃお前みたいな美人をモデルにしない訳にはいかないだろ?」

「はいはい、わかったよ」

 呆れたような反応を見せた白神だったが、素直に指示した場所に立ってくれた。案外きれいだと言われたのが嬉しかったのだろうか。何はともあれ、いい画が出来そうだ。

 この清らかな空気感はカメラ越しでも伝わりそうだ。試しに一枚撮ってみると、ともきの予想通りのいい画となった。

「白神、もう少し斜め上に視線向けて! それで、気持ち体右向きに……そうそれ! そのまま動くなよー」

 指示通りにポーズを取ると、シャッターを切る音が三回連続で聞こえる。その後、ともきは興奮気味に白神に尋ねた。

「白神! 濡れるのありー?」

「なしー」

「そっか、残念だ……」

 即座に断ってしまったが、目に見えてしょんぼりされると少し罪悪感が湧き出た。しかし次に顔を上げた時、ともきは飛んでいる鳥を撮影していた。

「罪悪感抱いた僕が馬鹿だったよ……」

「ん? 白神、なんか言ったかー?」

「なにもー」

 とりあえず、写真馬鹿の事は無視しよう。気にするだけ無駄だ。

 呆れる白神の肩に、一羽の小鳥がやってくる。そんな鳥を指で撫でていると、向こうからパシャリと音が聞こえる。視線を向けてみれば、ともきがこちらにカメラを向けていた。

 明らかな白神の目にようやっと気が付いたようだ。ともきは誤魔化すようにへらっと笑う。

「あっ、悪い。つい。けどいい画撮れたぞ、ほら」

 見せられた写真は、鳥を相手に優しい表情を浮かべている自分だ。被写体が自分という事でなんだか複雑に思えたが、確かにいい写真だと思った。

「まぁ、いいんじゃない」

 控えめな答えに対し、ともきはかなり大袈裟に顔を明るくする。

「だろ?! けどやっぱり、惜しいんだよなぁ」

語りだすと思えば、正気に戻って惜しいと言い出した。その様子を白神は不思議に思い、首をかしげる。

「何が?」

「いや、マスクがさ。表情半分隠しちゃってて勿体ないなって」

 そう言って、ともきは白神の口を覆うそれに手を伸ばした。

 次の瞬間、白神はそれを払いのける。手を叩かれたともきは、彼の見せたその反応で「やってはいけない事」をやろうとした事に気が付く。

「す、すまん。取っちゃダメなやつだったんだな……」

「察しが良くて助かるよ。もうやらないで」

 そこまで怒っている様子でもなかったが、白神の忠告に二度頷いたともきは、かなりドギマギしていた。

 危険を本能的から知らされるような感覚、「そこ」に触れてはいけないと騒ぎ立てる脳内は、ともきの動きを不自然な位置で静止させた。

「……ともき。大丈夫、怒ってないよ」

 白神が掛けた声は穏やかで、本当に怒ってはなさそうだ。ともきは安堵して息を吐く。

 神だなんて怒らせていいモノじゃない。勿論人だってそうだが、猶更何されるか分かったもんじゃないだろう。

 触らぬ神に祟りなしだ。この場合は、物理的な話だが。そんなくだらない事を思い浮かべると、ごく自然に手を引かれる。

「帰るよ」

 ぶっきらぼうに引いてくる白神は、構わず道を進む。

 帰るのは全く構わないのだが、どうしても気になるのはこの手だ。

「あ、おう。あの、別に手繋がなくてもよくね……?」

 訊いてみると、白神は横目でともきを捉えてこう答える。

「迷子防止」

「俺、そんな歳じゃないんだけど」

 そりゃ年齢だけで言えば白神より大分下だろうが、いくらなんでも前に歩く人の後を付いて行けない程子どもではないのだ。まぁ、そこに美しい鳥が飛んでいたら思わず撮りに行ってしまうかもしれないが。

 それは否定できないが、彼にも大人のプライドというものがあるのだ。そんな彼に、白神は軽くあしらうように対応する。

「はいはい。三十路だもんね」

「まだ二十代! 二十九だから俺!」

 飛んできたのは思った通りの訂正だった。白神から言わせれば三十歳も二十九歳も同じだが、当人からしたら大きな違いなようだ。どうせあと数ヶ月すれば変わると言うのに。

 浮かべられた笑みは一枚の布に隠され、森の中にいるどの者の目に入る事もなかった。

 手を繋いで歩いて少しして、どこまでも続いているように思えた森の道が切り替わり、いつのまにか家についた。

「わっ、え、いつの間に……」

 靴も脱げている、そもそも、思い返してみればいつの間にか履いていたのだ。本当にどういうシステムなのだか分からない。

 疑問に思いつつも、先程座っていたソファーに座り直す。

「白神、どういう事なんだ? 色々と」

「ま、神様のよくある不思議な力だよ」

 ともきの疑問を簡単な答えで終わらせ、白神も同じ場所に腰を掛けた。

「説明適当過ぎんだろ。いやなんか、もっとあるじゃん。このフィルムに何かあるんだろ?」

「端的に言えば、僕の思念だよ。僕が想像した景色が、ここに映し出されて、自由にその場に潜り込む事が出来る。つまり……」

「写真、撮り放題」

 もう一本のフィルムを手に取り、あたかもあり得ないほどに凄いセールスポイントかのように告げたが、よくよく考えれば大したモンではない。しかしこの写真馬鹿、直ぐに食いついた。

「最高じゃん……! え、他のは他のは? どんな場所入ってんだ?!」

 目を輝かせるともきの様子は予想通りが過ぎて、白神からすればなんとも扱いやすい子どもだった。

 退屈しのぎに思念した産物がこんな形で役に立つとは、暇潰し道具も侮れない。白神の細められた目には、おもちゃを探るようにフィルムに映った景色を確認するともきが映し出されていた。

 フィルムの中に見える現像されていない世界で、ともきは気になるモノを見つけたようだ。

「お、海の上に城が建ってる……! しかもこれ、浮いてるように見えるんだけど白神!」

「あぁ、それね。行きたい?」

「行きたい!」

 さながら小学生の返事に、白神はふっと笑みを漏らす。

「じゃあ、行こうか」

 彼が持っていたフィルムに触れると、途端にフィルムが光を放ち、目の前に濁りのない美しい海とその上に浮く城の光景が広がった。

 海の上に建造された城の光景なら海外のどこかにあったが、この城は本当に浮いているのだ。海と浮島の間には静かに滝が流れていて、その幻想さを際立てている。まるでファンタジー世界にありそうな素晴らしい光景に、ともきは興奮を隠せなかった。

「うおぉ! すっげぇすっげぇ! 白神、凄いぞあれ!」

 例えるなら、初めて新幹線を見た電車好きの子どもか、もしくは目新しいおもちゃを前にはしゃぐ子どもか。どう転んでも子どもの例えにしかならないが、これは誰が見たってそうなるのだろう。三十路の……いや、二十九の男のテンションではない。

「はいはい、良かったね」

 その返答に呆れを含まれている事に気付いていながら、ともきは夢中でシャッターを切っていた。一頻りそこらで撮れる景色を収めると、ふうと一息ついて確認する。

 その時には、落ち着いて平常に戻ったようだ。ともきは浮かぶ城を見上げた後、白神に尋ねる。

「なぁ白神、あそこの城の近くって行けないの?」

 見た所、行くための道が見当たらないのだ。ともきがその事を言ってくるのは予測済みだったようで、答えは直ぐに出て来た。

「うん。行こうと思えば。ほら、手」

「あぁ、繋ぐのね、ほい」

 白神はともきの手を握り、ギュッと力を込める。その瞬間に身体にふわっと浮くような感覚が起こり、実際に浮いていたかのように城門の前に着地する。

 ここから見れば、城壁に刻まれた彫刻もハッキリと確認できた。

 これは鷹だろうか、何かしらの勇ましい鳥が太陽に向かって飛んでいるような、そんな感じの彫刻だ。見れば見る程に細かい造形で、よく掘られている事が伝わる。

 とりあえず良さげな構図で撮影してみた。もう一度シャッターに触れると、ともきの中でスイッチが入る。次はここからその次はこのアングルからと撮りまくり、なんともまぁ楽しそうな事だ。

 十枚ほど撮った後、その中の一つを表示し白神に見せつける。

「見ろよ白神、これ最高傑作!」

 こんなにも嬉々として、やはりともきは写真絡みになると途端に精神が一気に子どもに衰退するようだ。

「ふーん、いいんじゃない? 好きだよ、こういうの」

「だろー!」

 ふふんと笑い、閉ざされた城門に目を移す。

 これ程分かりやすい事があるだろうか。ともきは先程と同じ様子で、白神を呼び掛ける。

「……白神」

「中にも入れるよ」

 全てを訊かないまま答えを出すと、白神はまた手を繋いで歩き出す。そうして訪れた城内は外観と違わず広く、まさに豪華絢爛と言った所だ。

 大きな扉を開けた先に待っていたのは、赤いカーペットが敷かれた大きな階段と、これでもかという程に大きいシャンデリア、壁にはどこの景色か分からない美しい風景画やら肖像画であろう誰かの絵が飾られている。高そうな花瓶に生けられた花といい、典型的な城だ。

「なんか、王様とかいそー」

「そう言うイメージだからね」

 そっけない返事をしながら、ともきを追い越して階段を登り始める。数段進むと、そこで立ち止まって振り返った。

「おいで、ともきが好きそうなの見せてあげる」

「俺の好きそうな物?」

 首を傾げると、どこか自信ありげな白神の後を追う。

 写真映えする所だろうか。自分でこう言うのもなんだが、それしか考えられなかった。この感じ、王の間とかだろうか。このいかにもな階段を登るのだ、それしかない。

 ともきの予想は正にその通りで、階段を登り切った先にある威厳の溢れる必要以上に大きい扉の奥には、長く続く赤いカーペットが数段の短い段差に続いた先、王が腰かけるような椅子がある。

「おお、すっげぇ……!」

 そんな小学生並の感想と同時にパシャという音が響いた。

 景色だけでもとてもいい写真になったが、ともきは物足りなさそうで。んーと声を漏らして、カメラの画面を見詰める。

 大方何を考えているかは分かる、人物が欲しいのだろう。少しの間考え込んだ後、こくりと頷き顔を上げる。

「お前でいいや。なぁ白神、あそこの椅子に座って……って、白神?」

 目線を向けた先に白神はいなかった。どこに行ったんだと辺りを見渡して、ついでに写真も撮っていると、予期せぬタイミングで背後から声が掛かる。

「ともき」

「うおっ! なんだ、急にいなくなるからなんかと思った、ぞ」

 ともきは途中で言葉を詰まらせた。それもそのはずだ、振り返った彼が目にしたのは、まるで優雅な王子様のような衣装に身を包んだ白神だったのだ。

「どうせなら、世界観合わせたほうがいいでしょ」

「最高だよ白神! わざわざすまんな。じゃあとりあえずあそこ座って」

「はいはい」

 付き合ってやっているといった空気で返答をするが、衣装を合わせてくれた辺り、やはり結構乗り気でいるのだろう。

 いつもは黄色の布を纏うような服装だが、このような洋装でも様になる。

 白神は椅子の上に腰を下ろすと、そのまま足を組み、膝掛に頬杖を突く。ともきが指示を出した訳では無かったが、ともきは大層喜んだ。

「お、いいねいいね! なまじっか産まれがいいから甘やかされている小生意気な王子様って感じだ!」

「それ褒めてる? ねぇ、本当に褒めてる?」

「めっちゃ褒めてるって! 要するに顔がいいって事だからな」

 あまりいい意味にとらえられなかったが、一応褒め言葉として言っていたようだ。なんだか納得がいかないが、受け入れてやる事にして小さく息を吐く。

「まぁ、何でもいいけどさ。早く撮りなよ」

「あぁそうだな。よし、撮るぞー」

「どーぞ」

 白神は様々な角度から鳴るシャッター音を聞き流し、適度に出される指示に応えたポーズを取る。今回のこのシチュエーションは、ともきの欲を掻き立てたのだろう。時が進むのがやけに早く、気が付けば城に差し込む光が赤く色付いていた。

 夕方の光だ。短い時間しか見る事の出来ない赤く美しい自然光で写真を撮り、満足したともきはカメラから陽の方に目を移す。

「あぁ、もうこんな時間か……てか、この世界普通に時間流れんだな」

「そうだよ。現実と同じ二十四時間の朝昼晩さ」

 撮影会を終え、立ち上がった白神。窓の方に顔を向けると、すかさずシャッター音が響く。

「ともき」

「あ、すまん。いい画だったからつい」

 そう言いながらも、ともきの手は止まらない。夕日を映す窓をバックにした美少年、映えない訳がないのだから。

「まぁいいよ。帰ろっか」

「おう分かった」

 最後の一枚を取り終えると、差し伸べられた手を素直にとった。

 同級生の中にはこのくらいの子どもがいる奴もいるのだろうか。いや、まだギリギリいないだろう。白神の外見年齢は十歳程、同い年の奴等に十歳の子供がいた場合、そいつは十九の時に子どもを生んだ事になる。これは法律的には問題ないはずだが、世論的には宜しくない気がする。

 そんな事を考えながら、白神のまだ小さな手を握っていた。

 改めて見ると、白くてすべすべしていて、おまけにムダ毛一本すら見当たらない。なんだか、全国の女子が羨みそうな肌だ。

 なんだか白神が訝し気な顔でこちらを振り返ったが、そのまま何も言わずに先に進んで行った。城門を抜けると、またもや気付かぬ間に家に戻る。

 二度目にもなればもう驚かないが、相変わらず原理は不明だ。

 ともきがそこにある流しで手を洗うと、その後ろから白神が尋ねてくる。

「お風呂にする、ご飯にする?」

 白神からすれば何ともないただのどちらを先に済ませるかの質問だったのだろう。しかしともきの脳内には、どうしてもアレが浮かんだ。

「おいおい、そこは『それとも、ワ・タ・シ』も言うところだろぉ?」

 そんな冗談で笑ってみせるが、白神は新婚夫婦のお決まりなんて知らないようだ。

「はい?」

 その一切のふざけも交じっていない二文字は、本気で理解できていない「お前は何を言っているんだ」といったモノだった。

「あ、今の忘れて。ご飯食べたい、ちょっと腹減って来たぞ」

 ともきは一瞬焦りを見せる。別にその台詞に大層な憧れがある訳ではないが、これはお決まりではないか。ぶっちゃけ、ともきも元ネタが何かも分かっていないが。しかし、そのネタは神様には通用しないようだ。

「分かった。で、食べたいのは?」

「んー。そもそも、材料は何あるんだ? それにもよるだろ」

 なんでもいいは困るだろうというともきの配慮だったが、白神は首を横に振る。

「見てな」

 どこか自信ありげにそう言うと、彼は机に手を向け念じ始める。その間約一秒ほどだっただろう、机の上にあったのは定食屋で「焼き魚定食」として売られていそうなご飯のセットだ。白米や味噌汁からはホカホカの証拠の白い煙が出ている。

「うおっ、すっげ! え、これ食べられるやつ? どうやったん!?」

「『神様パワー』さ」

「神様スゲー!」

 小学生のような感想を漏らしながら、キラキラとした目で白神を見る。男子は何歳になっても変わらないと言うが、それはこういう所にあるのだろう。

 彼の見せる素直な反応には、白神も満更でもなさそうだった。

 ともきが食事を始めると、白神はその隣に座ってテレビを付ける。丁度映っていたのは料理番組で、若い男が三人で今話題と冠された料理を作っていた。テレビからは、聞き取りやすい女のナレーションで「ツイッターで投稿されたのをきっかけに大注目!」と紹介されている。

「前から思ってたんだけど、ついったーってなにさ?」

 その問いかけに、ともきは意外そうな表情を浮かべて口にあったご飯を飲みこむ。

「え、こんな現代的な家に住んどいてTwitter知らんの? なんか、色々な人が好きな事投稿するんだよ。俺は撮った写真あげてる」

「そうなんだ。悪かったね、この内装は君の記憶から取ってつけたんだ、だから世情は知らないんだよ」

 ともきの言い草が癪だったようだ。その声には若干の棘を含んでいたが、ともきがそれに気付く雰囲気はなかった。

「ほーん……ってちょっと待て、俺の記憶から取ってつけたつったか?」

「言った。君が一歳の時まで住んでいた家の内装と、今の君が知る家具を組み合わせて具現化したんだ」

 そう言われて部屋を見渡してみる。当時の事は覚えていないが、アルバムにこの家で撮られた写真は何枚もあったからなんとなく知っている。言われてみれば、同じような雰囲気の

内装だ。

 こうして見ると気付きが多く、確かに自分の記憶を参考にされていると解る。特にこのそこそこ新しいフォルムのテレビは、つい最近家電量販店で買うかどうか三十分くらい悩んだ型のやつなのだ。

「ほんと、すっげぇなお前」

 白神の能力には素直に感心する、これさえあれば何でもできるじゃないか。

「こういう能力は、神は全員が持ってるモンなのか?」

「さぁね。少なくとも、僕がこれを出来るようになったのは……」

 白神は途中で言葉を詰まらせた。どうしたのかと首を傾げると、彼は視線を外して続きを口にする。

「僕が、封印された時から」

 発せられたその声は、トーンが一つ下がっていたような気がした。

 普通に接しているから忘れていたが、彼は村人から忌神だと罵られていた神様なのだ。きっと、忌神だと言われるようになった時に封印されたのだろう。

 ともきは神と言うモノをよく知らないが、きっと辛い思い出なのだろうと思えた。何せ彼は最初から嫌われていた訳ではなく、昔は愛されていたのだ。それは、この村に来て最初に出会ったおばあちゃんが証拠だ。

「……なんか、すまん」

「いいよ。もう過ぎた事さ」

 白神は何とも思って無いように返し、開いた己の手を見る。

「この空間には何もなかった。鳥のさえずりはおろか、風の音すらも届かない。そんな寂しい場所で、体を動かす事すら奪われた僕に出来た事は、想像する事だけだった。そうしている内に、僕はこんな事が出来るようになったんだ」

 彼が語ったのは過去の話だが、その声には寂しさが詰まっていた。

 無の空間で独り、それがどれ程辛い事か。彼の気持ちを想像すると悲しくなる。

「白神……」

「大丈夫。君が、来てくれたから」

 そう言って微笑む彼の顔は、今までで一番綺麗で。今この手にカメラが無いのが悔やまれた。

 愛想のない子どものようだと思っていたが、少し仲良くなれて心を開いてくれたのだと思うと悪い気はしない。

「俺でよければ、友達って事でさ。仲良くしようぜ」

「ともだち……そっか、友達か。嬉しいな」

 ほんの少しだけ、照れくさそうに目を逸らす。

 何度でも言うが、ともきは神というモノをよく知らない。だが今まで聞いた情報から考えるに、彼には友達と呼べる者はいなかったのだろう。強いて言うなら、信者がいたのだろうが。今の状況を考えると、それももう居ないはずだ。

 神様の友達と言うと大層な響きだが、実際この白神と言う神はそこらの子どものようなモノだ。

「そうだ、白神。これ食べて風呂あがったら、ゲームでもしようぜ」

「ゲーム?」

 疑問符を付けて繰り返す白神に、ともきは父親になったような気分にもなりながら答える。

「自己紹介ゲームってやつだな。共通点探しってやつなら二人でも出来るんだ。ま、楽しみにしてろ」

「うん。楽しみ」

 こくりと頷く白神を見て、ともきは魚の最後の切れ端を口に入れる。

 最初はどうなるかと思ったが、案外なんとでもなりそうだ。ご飯も食べられるし写真も撮れる、しかも撮影においては美形少年のモデル付きだ。

(しばらくここに居てもいいかもな……ま、一ヶ月くらいなら問題ないっしょ)

 短絡的な思考でそう判断し、ごちそうさまと手を合わせる。

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