令嬢に令状を取るまでの3日間

星咲 紗和(ほしざき さわ)

第1話 疑惑の貴婦人

都心からほど近い高級住宅街で、その事件は起きた。爆発音と共に閑静な街並みを揺るがしたのは、閣僚の邸宅を狙った爆弾テロ。犠牲者は幸い出なかったものの、政府関係者への明確な敵意を示すメッセージが残され、警察は緊急捜査本部を設置した。


「犯人像が掴めん。手がかりがなさすぎる。」


捜査本部で頭を抱える刑事たちの中、小早川慎一は独自の資料を広げていた。これまでに同様の事件を引き起こしている過激派グループの情報を掘り下げていくと、ある名前に行き着いた。


「一ノ瀬綾香…。この名前、気になりませんか?」


小早川が口にしたその名に、周囲の刑事たちがざわめいた。一ノ瀬綾香――日本有数の財閥を束ねる一ノ瀬家の令嬢。何不自由なく育った華やかな社交界の花が、なぜテロに関与する可能性があるのか。


「彼女、過激派のリーダーと何度か接触しているらしい。しかも事件の直前、現場近くで目撃されている。」


同僚の刑事は渋い顔をした。


「それが事実だとしても、財閥の令嬢を疑うなんて簡単じゃない。証拠なしで踏み込めば、こっちが潰される。」


「だからこそ、証拠を探すんです。彼女を泳がせていては次の犠牲が出る可能性だってある。」


小早川の提案で、令嬢・一ノ瀬綾香に直接話を聞くことが決まった。緊張感が漂う中、小早川は彼女の邸宅を訪れることになる。


一ノ瀬家の邸宅は、その壮大さに誰もが一瞬息を呑む。高い門をくぐり抜けた先に広がる庭園、そして重厚な造りの館。応接室に通された小早川は、そこで彼女を待った。


現れた綾香は、噂通りの美貌だった。肩まで届く黒髪、上品な仕草、そしてどこか冷ややかな瞳。彼女は優雅に腰掛け、小早川をじっと見つめた。


「何のご用でしょうか、刑事さん。」


穏やかな声だが、隙を与えない威圧感が漂う。小早川は意を決して切り出した。


「先日の爆発事件について、いくつかお尋ねしたいのですが。」


「私が事件に関係しているとでも?」


綾香は微笑みを浮かべたまま問い返す。その表情には一切の動揺が見られない。


「目撃情報があります。事件のあった現場近くであなたの姿が確認されていますが、何をしていたのか教えていただけますか?」


「その時間、私は家にいましたわ。目撃情報?それは誰かの勘違いではなくて?」


小早川は冷静に彼女の動きを観察した。嘘をついている様子はないが、その目の奥にはどこか挑戦的な光が宿っている。


「もう一つ。あなたが過激派グループのリーダーと接触しているという情報があります。その理由を教えていただけますか?」


「刑事さん、噂話を真に受けるのはいけませんわ。私は社交界の人間です。さまざまな人と接するのは当然のこと。どの方がどのような思想をお持ちなのか、いちいち確認などしません。」


全てをかわすような受け答えに、小早川は苛立ちを覚えた。だが、明確な証拠がなければ彼女を追い詰めることはできない。


捜査本部に戻った小早川は、急ピッチで調査を進めることを決意した。彼女の行動を洗い出し、事件との繋がりを明らかにしなければならない。


「令状を取れる証拠を掴むまで、あと3日だ…。必ずやってみせる。」


高笑いを浮かべる令嬢の姿が脳裏にちらつく中、小早川の闘志が燃え上がる。果たして、彼女を追い詰めることができるのか――。


続く。

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