第21話 恵みの雨

「おお、おいたわしや。坊ちゃま! 身体だけ小型飛行機を突き破って、墜落してしもうたか! 待っていてくだされ、坊ちゃま。必ず坊ちゃまの亡骸を爺めが!」

 

 燕尾服を着たトカゲ獣人が、飛行機の残骸を見て嘆き悲しんでいる。


 これは、早く降りてあげたほうがいいね。


「捕まってください。シュッとしたに降りますからね」


「頼む」


 ボクは、ティンバーさんを抱きかかえた。ツタをロープ代わりにして、崖の下にストンと一瞬で降りる。


「おおお、坊ちゃまはどこにおいでか? このアル爺めの鼻を持ってしても、坊ちゃまの腕一本すら見つけられぬとは!」


「勝手に殺すでない、アル爺」


 ティンバーさんが、トカゲ獣人族のおじいさんに呼びかけた。

 

「泣くでない。アル爺! 吾輩はここにいる!」


「あああ、ぼっちゃま無事でしたか!」

 

「おう。こちらはコーキ。こんな身なりだが、冒険者だ。この荒れ地を守っている」


「ふおおお! アプレンテスの関係者に助けていただけたのですな!?」


「そうだな」


「旅の方、ありがとうございます」


 トカゲ執事さんが、ボクにかしこまる。


「ティンバー坊ちゃまは、コラシェルの至宝! 出来損ないのガラクタばかりを作りなさるが、旦那さまにとっては大切な方なのでございまする」


「大げさだ。父上は跡をつごうとしない吾輩なんぞに、愛情を向けておらんさ」


 ティンバーさんのお家って、ちょっと事情が込み入っているみたいだね。


「して、旅の方。たしかコーキ殿でしたな。この荒れ地を再生なさったのは?」


「パロン・サントです。あなた方が魔女とおっしゃっている存在ですよ」


「なんと。あの【翡翠の魔女ソーマタージ・オブ・ジェダイト】様が! とんでもないお力をお持ちでしたか。ですが、パロン・サント様なら、ありえぬ話ではありませんな!」


 嘘は言っていない。


 この土地を再生させたのは、ボクの力ではある。


 だが、ボクを生み出したのは、魔女パロンだ。


 つまり、間接的には魔女の偉業となる。


 決して、その事実は間違っていない。


「コーキ、世話になった。爺やが迎えに来たので、吾輩は去るとしよう。これを持っててくれ」


 割符のようなアイテムを、ティンバーさんから受け取った。

 

「ネトルシップ家の、割符だ。これを持っていれば、キミはネトルシップの関係者ってことになる。トラブルが起きそうなときは、見せるといい。たいていの相手は黙る」


 そんなすごいものを、気軽に渡していいの?


「いただけませんよ、こんな立派なもの」


「吾輩とコーキの、友情の証だ。パロンも持っているから、問題はないさ」


 だったら、受け取っておくか。


「ありがとうございます。お気をつけて、ティンバーさん」


「うむ。あと。ひょっとするとアプレンテスに、コラシェルから調査隊が来るかもしれん。というか、近々調査に伺いたい。よろしいか?」



「いいんじゃないですかね?」


 ボクはこの土地を、再生させただけだ。

 アプレンテスはボクどころか、誰かの土地じゃない。魔物が跋扈しても、この際は仕方ないと思っている。

 

「領土を広げたければ、それでいいかもしれません」


「助かる。アプレンテスが有効利用できるなら、コラシェルにも大きな利益が生まれるだろう」


「お待ちしています」


「おう。キミもぜひ、我が港町コラシェルに遊びに来てくれ」


「こちらも、できれば伺いたいと思っていました」


 家具も、コラシェルで手配しようと思っていたし。


「それはいい。パロン・サントの顔も見たいと言っておいてくれたまえ」


「話しておきますね」


「頼む。それと、キミが欲しいと言っていた物資を、メモしておいた。キミが街に来るまでに、手配しておく」


「お願いします。重ね重ね、ありがとうございます」


 ティンバーさんはうなずいて、「では」と馬車を走らせた。


「さて」と、ボクはツタを引いて、てっぺんまで一瞬で戻る。


 チルのやり直しだ。


「すっかり、天井がなくなっちゃったよ」


 でも、吹き抜けの天井だって悪くない。窓もなくなっちゃったけど。


 こうなったら、夜空を天井にして夕食だ。

 なんか、キャンプみたいだな。


 夕飯は、ウルフの肉をステーキにして焼く。

 ソースは、ワインで作ってみた。

 デザートは、ブドウなどのフルーツ盛り合わせで。


「うん。月を見上げながらのゴハンなんて、ぜいたくだね」


 自分の手で、オレンジジュースを絞る。


 ジュースを飲みながら、星を見ようとした。


 しかし、空は曇っている。月も、全然見えない。


「でも、曇っているってことは……」


 ポツポツと、ボクの顔に雨粒が落ちはじめる。その量は、だんだんと増えてきた。

 雨なんて絶対に降りそうになかったアプレンテスに、大雨が。


 恵みの雨だ! 


「でも濡れちゃう!」


 ボクは急いで、天然吹き抜けだった天井を閉じた。

 残りの木材で、天井を修理する。


「ふーっ。炎魔法で乾かして、っと」

 

 雨風をしのいで、一夜を明かす。


 

 昨日は窓を作る余裕もなかったので、玄関から外へ出る。


「うっわ! 池が、湖になってる!」


 人工物だった池に、魚が泳いでいた。

 崖の上から見ても、澄んだ湖になっているではないか。


 朝食は、お魚にしよう。


 魚をツタで釣り上げて、焚き火で焼く。


「うわ、おいしそう!」


 久々に、パロンの声を聞いた。

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