第3話 森の賢人 クコ

「どうしてまた、森のど真ん中で酔っ払ってんの?」


「それじゃよ、パロン。この間、お前さんから梅をもらったろ? それで作った酒を、味見していたんじゃ」


 自分で作った梅酒がおいしすぎて、賢人は二日酔いをしたらしい。


 この世界って、梅酒があるんだね。


「ええ……また?」


 辛そうにしている賢人の言葉に、パロンは呆れる。


「またってことは、けっこう二日酔いになるの?」


「もうしょっちゅうだよ」


 パロンに聞くと、賢人クコは会う度に二日酔いになっているんだとか。


「お酒、やめたらいいのに。飲み過ぎは、脳にも悪影響が及ぶんだから。魔力だって、枯渇しても知らないよ?」


「黒糖をきかせた、上級な梅酒ぞ。あれを飲まぬワケにはゆかぬ」


 煩悩の塊みたいな人だな。賢人と言っても、完璧なわけじゃないようだ。


「もう病気だね」と、パロンが呆れる。


 ボクはお酒を飲めないからわからないけど、お酒飲みってこんな感じなのかな?


「それより、いつもの薬草茶をくれい。頭が痛くてたまらぬ」


 賢人は、挙動までオッサン化していた。


「お茶ならもう切らしているよ。薬草を直接かじらないと」


「いやじゃいやじゃ。お主の薬草茶がええんじゃ。リンゴと合わせた甘いブレンド茶が」


 オッサン声で、賢人クコが子どものようにジタバタし始める。


「ないよ。そのリンゴが……クコ、ちょっと待ってね」


 ボクの身体から生えたツタから、パロンがリンゴをもぎ取った。


「コーキ。悪いんだけど、一旦小屋に戻るよ」


 パロンはクコに、薬草茶を作ってあげるそうだ。


「構わないよ、パロン。クコを治してあげて」


「ありがとう。すぐ済むからね」


 一旦、ボクらはクコを連れて小屋に戻った。


 続いて、薬草が一枚入った透明なビンを、棚から出す。なんの変哲もなさそうだが。


 パロンがナイフを取り出し、ボクからなえたリンゴを四分の一に切り分けた。残りは賢人の朝食となる。


「これと、薬草を合わせてビンに詰めて、フタを閉じる」


 バーテンダーのように、パロンはビンを振り始めた。


 リンゴがだんだんと砕けていき、薬草と一緒に溶け出す。


「できたよ。薬草茶完成!」


 とろみのある緑色のお茶が、ビンの中でできあがった。


「ありがたい。ではひとくち……ん、いつもよりうまいぞよ!」


 薬草の効果を、倍増してくれる作用があるらしい。


「そんな効果があるなんて。そういえば、こころなしか血の巡りがいいような気がするね」


 パロンが、腕をぐるぐる回す。リンゴの効果を、実感しているみたいだ。


「いやあ、お主は何者ぞ?」


「ボクはコーキ。パロンに作ってもらったウッドゴーレムです」


「なんとも。言葉を話すゴーレムは珍しくないが、それが人間並の意思を持って動くとは」


 式神や自動人形オートマタなども、この世界には存在する。しかし、命は仮初らしい。

 機械的に命令を聞くことはあっても、返答は指定した言語しか話せないとか。


 ボクのように、相手と受け答えなんてできないという。


「珍しい技術じゃのう」


「遺跡にあった【燃える魔法石】を、ゴーレムに埋め込んでみたんだ。それが、世界樹とシンクロしたみたいでさ」


「ほほう。ようやく念願かなったという感じかのう?」


 賢人クコの言葉を受けて、パロンが「まあね」と腰に手を当てる。


「【燃える魔法石】だって?」


 ボクの身体には、そんなのが埋め込まれているのか。


「見てみるかい?」


「ぜひぜひ」


 自分の身体が、どうなっているのか、知りたい。

 ウッドゴーレムっていう人外中の人外なのに、普通の人間として振る舞えるなんて。


 パロンが、ボクの胸部分のパーツを開く。まるで、冷蔵庫を開けるみたいに。


 ボクの中で、赤い石がドクンドクンと明滅していた。その石は、まさしく心臓を思わせる。


「これが、【燃える魔法石】だよ」


 この石が、ボクを生かしてくれているのか。


「というわけで、ウッドゴーレムは完成したってわけ」


 再度パロンが、胸パーツを閉じた。


「以前からパロンは、『友だちのようなゴーレムがほしい』と言っておっからのう。ゴーレムとコミュニケーションを取るのが、彼女の夢だったのじゃ」


「じゃあ、目的は達成されたって思っていいのですか?」


「もちろんじゃ。そこでお願いがあるのじゃが、このワシとも、よき友となってくれぬか?」


 なんでも、薬草茶が気に入って、知り合いになりたいという。


「ボクはいいけど、パロン?」


「当然。でも、森を留守にしていいの?」


「平気じゃ。こんな森、だれも立ち入らぬ。お前さんも、この地にワシ以外でお客なんぞこんかったろ? 買い物や商売なんぞも、街へ降りてやっておったろうに」


「それもそうだね。じゃあ、出発しようか。と、その前に。すっかり忘れていたよ」


 パロンが、ボクにフードを被せる。抹茶色のフードは、ボクを頭から足先まですっぽり覆う。


「仮面も、作っておこうかな」


 部屋の中から、パロンが手頃な木の板を取り出す。


「これでいいかな」


 薬草茶に続いて、もう一度パロンは錬金術師としての顔を覗かせた。


 板が曲がって、顔が収まるくらいの大きさに削れていく。段々と、カブトらしくなってきた。


「目のところはくり抜いて、口は開閉型にしよう」


 色々と、パロンが仮面にアレンジを加えていく。しかし、パロンは仮面に指一本触れていない。すべて、空中で作成している。


 木製の仮面が、できあがった。


 できた木の仮面を、パロンはボクに被せる。 


「今日からキミは、仮面の冒険者コーキだ」

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