朝、願わくば

琥珀 艶(こはく えん)

朝、願わくば

ふと薄暗がりのなかで目を覚ました


枕元の携帯で時計を確認すると

アラームの鳴る時間より1時間も早く

目が覚めてしまったみたいだった


いつも同じ時刻に鳴るはずのそれを

今日だけは止めて

ほんの少しだけ重い腰に眉をひそめながら

ベッドに潜りなおすと

滑らかなシーツが直に素肌をなでた


大きく息を吸い込めば

慣れた自分の部屋のにおいに

自分以外の人の匂いが混じる


隣で寝ている彼の香水の匂いが

ほんのり鼻をくすぐった



窓にしとしと打ち付ける雨の音

朝なのに暗いままの空

そしてそんな空より暗いままの部屋


曇天の中、カーテンの隙間から漏れてくる

僅かな寒色の光と常夜灯の暖色だけが

私達のベッドを照らしていた


隣では彫刻のように無駄なく整った横顔が

すやすやと無垢な寝息をたてている


男の人にしては薄い胸板が

その度にわずかに上下した


長いまつげに通った鼻筋

そして、人より薄くて赤みの強い唇が

陶器のように白い肌のなかで

美しく際立つ


全体的に線の細い彼は

こうしてみると

女の私が気後れしてしまうほど

妖しくて儚くて、艶やかだった


とはいえ先程まで私に跨がり貫いては

獣のように腰を打ち付けていた彼は

紛れもなく余裕のない雄の顔をしていたので

その差がたまらなく愛しかったりする


いまだに生々しく残る異物感と

彼の形に押し広げられた

心地の良い痛みを思い出して中が疼き

少しだけ切なくなった



なんの気は無しに彼の指に自分の指を絡ませ

ふにふにと弄んでみる


思ったよりも

軽く持ち上がった手のひらごと握り

腕を絡ませながら

自分の方へ引き寄せて胸に抱えると

彼の高い体温が

手のひら越しに感じられた


ひんやり冷たいシーツの中で

よしよし温かいぞ、と

一人で勝手に満足していると

彼が眠たそうに口を開いた


「…どうしました?」


少し掠れて吐息の混じった優しい声から

僅かな心配がのぞいている


起こしてしまったみたいだ


「ううん、どうもしないよ」


気恥ずかしさから

私は少しだけほほえみながら

小さく首を横に振る


すると突然、頼りないと思っていた体躯に

肩ごと抱き寄せられた


男の人にしては線の細く見えたはずの肩は自分よりも明らかに広くて


骨ばって薄く見えるのに

倒れかかっても微動だにしない


細い片腕に抱きしめられただけで

身じろぎ一つできなくなる


私は諦めてそのまま彼に身体を預けた


汗やらムスクの香水やらが混じった

粉っぽいような甘酸っぱいような匂いは

彼の胸元に顔を埋めるとより一層濃くなる


彼の熱に包まれながら

この甘い匂いを嗅いでいると

なんだかよく眠れそうだった


心地よく沈んでいく意識の中で


願わくば、

この時間がずっと続けばいいのに

そう思った。

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