026 開戦します

 モンスターの大群が《剣樹防壁ペイン・ブルウォーク》内に侵入した。

 先頭を走るモンスターは小型なものが多く脅威度も少ない、所謂雑魚モンスターが大半を占めている。

 弱ければ弱いほど〈挑発〉の効果から逃れることができないため、真っ先に反応したものたちが先頭に集まり、集団を構成しているわけだ。


 まぁ雑魚と言ってもモフモフダンジョンの中ボスも存在している一〇階層のモンスターだから、D級未満の覚醒者にとっては決して雑魚ではない。

 その先頭集団が俺を追い掛け、並木道の中間に到達しようとしていた。


 そう、回復タンクがある場所だ。


「おや。まだ生きていらした」


「ここから出せっ」


「燃やせばよろしい」


「死ぬわっ」


「大丈夫です。あの者たちが出してくれるでしょう」


 そう言って先頭集団に向かって指を差す。

 仮に踏み潰されようとも、《茨縛牢ソーン・ジェイル》の中から出してくれるのは間違いない。


「感謝して運命を受け入れなさい」


「ふざけんなっ」


「後悔しているのでは? 大人しく社会奉仕活動をしていれば良かったと」


「──大人しく戻るからっ」


「もう遅い。それに出口はない」


 そろそろ追いついてきそうだから、回復タンクから離れようとしたところ、例の御香男性から声がかかる。


「待てっ。僕を出せっ!」


「一人だけってこと? それは無理でしょう」


「僕のパパが誰か知らないのか?」


「知らない。逆に聞くけど、俺の親は誰か知っている?」


「知るわけないだろっ」


「そう、それが真理。理解してくれたかな?」


「お前と僕は関係ないだろっ」


「「「…………」」」


 やっべぇ……。

 話が通じなさすぎて、とても同じ日本語を話しているとは思えない。

 コンドルと毒坊も同様に感じたらしく、この瞬間だけは以心伝心できたと思われる。きっと俺も彼らと同じ顔をしていただろう。


「そう。じゃあパパとママに助けてもらいな。アデュー」


「おいっ。待てっ! 話を聞けっ!」


 過去一無駄な時間だった。

 あれでよく大学に行けたよな。

 雪平もあれと会話出来たと思うと、同じ部類なのかもしれない。

 あとで聞いてみよう。


 ──〈挑発〉


 速度を緩ませないために、前進に迷いを感じさせないために〈挑発〉を繰り返す。


「さらば」


 宙に舞う《茨縛牢》の残骸を見ながら、彼らの旅立ちに祈りを捧げた。

 わずかに悲鳴が聞こえた気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。俺の耳にはモンスターの雄叫びしか聞こえて来ないのだから。


「やっと着いたっ」


 ──〈挑発〉


 ゴミ箱内に飛び込んだ後、最後の〈挑発〉を発動した。

 俺は下に行くと見せかけて上に飛んで、あらかじめ作っておいた木製の梯子に飛び乗った。


 ゴミ箱は各階層間のショートカットにも使われるため、ゴミ箱内に踊り場のような着地点がある。

 今回は九階層の踊り場に梯子の上部を引っ掛け、一〇階層に向けて斜めになるように設置した。そこに腰掛けてモンスターが減るのを待つ作戦だ。


「おぉー。自ら下層に向かって飛び降りていくとは……」


 紐なしバンジーに挑戦するモンスターたちは、すでに〈挑発〉の影響下にない。

 効果範囲から外れているからだ。

 煙の効果で興奮していたはずだが、繰り返された〈挑発〉により煙の効果も薄まっているだろう。

 実際に落下直前に優れた五感によって俺を発見し、狙いを定めていたモンスターが多く見られた。


 しかし、もう遅い。


 大きな流れを作ってしまっては、途中で止まることは叶わないのだ。

 その流れに飲み込まれるか、氾濫して無理矢理流れを壊すかの二択しかない。だが、後者は《剣樹防壁》によって不可能。

 果たして、飲み込まれるしかなくなったモンスターたちは後続に押し込まれるようにしてゴミ箱の壁にぶつかった後、ゴミ箱の底に向かって落下していくのだった。


「良き良き」


 なお、時折イレギュラーなモンスターも現れていた。

 壁を駆け上がったり、モンスターを踏み台にしたりして襲いかかってくるモンスターだ。それらは戈で叩き落としている。

 【金蚊鉄蠍】を使うより、討伐を優先しているからだ。


「一〇階層分の深さがあれば足りると思うけど……」


 ゴミ箱の容量問題が心配になるほどの大量のモンスターに、違う意味で慄いている。

 スキル〈魔力探知〉によると、今は後続集団のモンスターらしい。密集した魔力の集団が大体三つに分けられており、一つ目が先頭集団だった。


 現在は真ん中の集団がゴミ箱に到達していた。

 最後尾の集団も到着していたが、移動が少々遅く感じる。

 ここでもう一度〈挑発〉してもいいかと思ったが、まとまって襲われるのは困るので成り行きに任せることにした。


 ただ、危惧していることがある。


 後続集団は先頭集団と格が違うらしく、ゴミ箱の踊り場に立ち、俺がいる上を窺うのだ。

 もちろん、後続に押されて落下していくだが、先頭集団のように立ち止まることなく落下していくということはほとんどなかった。

 一度は絶対に踏ん張るのだ。

 そして狙いを定めている最中に落ちていく。


「怖っ」


 一〇階層のモンスターは全て鳥系のみ。

 一一階層からは豚になるけど、現在は鳥系のみという脅威度の低さが伺い知れるレベルだ。

 それなのに、後続集団の時点でとても雑魚とは思えないほどのプレッシャーを放っていた。


「もしかして〈挑発〉のせい?」


 煽りすぎちゃった?

 怒りによる潜在能力解放的な?


「というか、ダンジョンの主は何をしてるんだ?」


 餌を送ってやってるんだから、さっさと処理しろよ。

 かさが増えたことによりモンスターの姿が視界に映るようになってくると、少しだけ焦りが湧いてくる。

 あれを足場にされると脚力がある鳥だと、俺のいる位置は安全圏と言えなくなるだろう。

 それは困る。

 高みの見物で漁夫の利を得るのが最良だ。


『だからいつまで経っても非力なのだ』


 また空耳が聞こえてきたぞ。

 奥さんに追い出されてモフモフダンジョンに引っ越さない限り、あの神様の声は聞こえないはず。

 気の所為だ。


「──うおっ」


 座っていた位置から飛び退き梯子に上部に移動すると、直後ゴミ箱の底から槍のようなものが飛来して梯子の下部を破壊した。


「あっぶねぇ」


 当然射線上にいたモンスターは血塗れになっていたが、落下中だというのに避けていたモンスターもいた。

 つまり、あのモンスターは飛べるということ。


「やっば」


 偽装がバレたと判断した鳥モンスターが、方向転換して俺に襲いかかる。

 動きの早いモンスターに、狭所での戈は取り回しが悪く有利を取れない。ゆえに、腰からナイフを抜いて対応することに。


 ──〈体術:6〉

 ──〈短剣術:7〉

 ──〈身体制御:1〉


 襲撃者たちのおかげで最初からレベルが高い二つの武術系スキルを主体にし、化物級ステータスをスキル〈身体制御〉で無駄なく発揮できるようにする。

 これで高速移動をする鳥に対応できるはず。


「ペンギンみたいな見た目のくせにっ」


「ピィィィッ」


 大福が入ったバッグを背中に回し、ナイフを逆手に持って迎撃態勢を整える。


「んっ? 大きさが?」


 一瞬目の錯覚かと思ったけど、上昇してくるペンギンは徐々に巨大化していた。


 ──〈貫通:5〉


 梯子から飛び降り、巨大化したペンギンの脳天に向かってナイフを突き刺し〈貫通〉を発動する。

 せっかくの俊敏性を捨てて巨大化を優先するとは、愚の骨頂だ。


 ──と、思ったのもつかの間。


「素晴らしき自己犠牲だなっ」


 下方から再度槍が飛んできた。

 スキル〈直感〉のおかげでなんとか避けることはできたが、梯子から落下してしまった。さらに、元々梯子を狙っていたのか梯子を破壊された。


 まぁ戦闘中であるということで称号【暴虐非道】の効果が発動し、化物級ステータスに磨きがかかっているという点は少し心に余裕を持たせていた。


「ペンギンよ、君の自己犠牲は無駄にはしない」


 化物級ステータスの膂力を活かして、頭の位置を無理矢理動かしてペンギンを横にする。

 それを落下中に施したら、壁を蹴って速度をつけたらペンギンに飛び蹴りをぶちかます。そしてそのままペンギンをゴミ箱の底に向かって押し込むように踏みつけた。


 気分は押し寿司。

 このまま圧死してくれ。


「そろそろ真打ちの登場か?」


 最後尾の集団がゴミ箱の中に落ちてきたのだが、よくよく目を見てみると完全に素面だった。

 先頭集団のように我を忘れたような瞳ではなく、後続集団のように血走った目をしているわけではない。


「素面のくせに何故来た?」


 家で大人しくしてろよ。

 アトラクションじゃないぞ?


「ピヨッ」


 最初に飛び降りてきたのは、ぬいぐるみのような見た目のひよこ。

 ただし、大きさは俺より少し低い程度。大体一六五cmほどだろうか。

 ぬいぐるみを売り出したらそこそこ売れそうな見た目だが、目の前の【カンフーコッコ】は油断できる相手ではない。

 一〇階層の裏ボスとも言われ、遭遇率が非常に低い超レアモンスターだ。ハイリスク・ハイリターンのモンスターで、リスクの部分で言えば三〇階層のダンジョンの深層に出現する実力がある。


「ピヨッ」


 ペンギンの武舞台でカンフーコッコと対峙する。

 可能ならば〈窃取〉と〈吸血〉を行いたい。

 できるかな?


「まずは小手調べ」


 ──〈威圧:1〉


「ピヨッ」


 平気そうなカンフーコッコは一歩で俺の懐に飛び込み、右羽をコンパクトに振る。

 一歩下がり最小限の動きで躱し、同時に左手で右羽の意識が下がった部分を狙って速度重視の一撃を打つ。

 だがしかし、肘などなさそうな見た目なのに、肘によるアッパーを噛ましてくるカンフーコッコのせいで、打ち込みは叶わず。


「護身術に毛が生えた程度じゃ駄目だな」


 せっかくのステータスも当てられなければ意味がない。


「ピヨッ」


 触れることも出来ないから〈窃取〉もできなければ、速すぎて〈吸血〉する暇もない。

 しかも、救援要請を受けた援軍がゴミ箱の投下口から出撃してきた。


「ズルいとは言わないけど、一言だけ言わせてもらう。タイマンから逃げるとか、玉ついてんのか?」


「──ピヨッ」


 激しい殺気が俺を襲う。

 以前鬼神にマヌケと言った時と同程度の殺気に、もしかして同格のモンスターかと思ったが、どうやらガチギレしているご様子。


『相変わらず阿呆よな。其奴はメスだ』


 そっかぁ。

 最初からついてないのか。


「玉はないけど、タマゴを産んだのかな?」


「ピヨォッ」


 何故か増す殺気。


「怖いよぉ〜。エッグ、エッグ。なんちゃって」


『ぱぱ、さむいよ〜』


 どうか風邪であって欲しい。

 切実にそう思うのだった。




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