025 挑発します

 うわぁ……。

 ボーナスタイムに強制的に突入しそうだけど、あの数のモンスターを相手にどうやってチューチューすれば良いんだ?

 いっそのことブレイクにしてしまうというのはどうだろう?


「でもなぁ……」


 ブレイクしてしまうと管理者が変わる可能性もあるし、その結果F級の俺が入場できなくなりそうだ。


「そういえば、あのスキルがあった」


 前回の襲撃犯たちから獲得したスキルに〈挑発〉スキルがあった。

 今の状況においては使えそうだなとは思うけど、ここで一つ問題がある。


 それは〈窃取〉で獲得したスキルは初期化されるらしく、全てレベル一になっているということ。

 例えばスキル〈体術〉のように複数人から〈窃取〉した場合は、人数分のレベルになるらしい。ただし、完全に無駄ということではない。

 これも検証で知ったことだが、通常〈吸血〉で吸収した能力値や各種Pは一〇%のみ獲得できるらしいが、〈窃取〉も行っている場合に限りSPは全て獲得できるらしい。


 つまり、うさたんもダメ元で〈窃取〉していれば何かしらスキルを獲得できたかもしれないのだ。

 それが使えるかどうかは別として。

 まぁうさたんがいたおかげで、計算もできたし比較できたとも言えるから、今回は完全に無駄ではなかったと思う。


 さて、話を戻そう。

 スキル〈挑発〉のレベルを五まで上げ、あのモンスターの大群を引きつけようと思う。

 誘導先はゴミ箱だ。

 深層に向かって落とすのだが、深層に落ちても生存できるモンスターこそチューチューする価値があるはず。

 大群全てを相手取り、全てをチューチューすることは叶わないだろう。

 ならばと思って出した案がコレだ。

 うまくいくか分からないけど、とりあえずその方針で進めて行こう。


 まずは雪平をここから連れ出すか。


「おーいっ! 雪平ぁぁぁぁっ!」


「あっ! せんぱーいっ。来てくれたんですね」


 荷物を持ってダッシュしてくる雪平。

 ほっとした表情をする雪平だったが、すぐにキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「どした?」


「あれ? 大福ちゃんは?」


「バッグの中。臭いんだって」


「それは大変ですね。早くここを離れましょう」


「うん」


 ──と言いたいが、周囲に潜む人間がそれを許しはしないだろう。


「すぐには無理」


「えっ?」


「雪平だけ上層に送るから真を呼んでくれない?」


「連絡先は知らないので……」


「だと思ったから、真の名刺を渡しておく。ここにかけてくれればいいからさ。頼むっ!」


 断りそうな雰囲気を察し、手を合わせて祈るようにゴリ押した。

 彼女は大抵コレで押し通せるのだ。


「うーん。分かりました。でも埋め合わせはしてくださいねっ」


 体が接触するほど近づき、上目遣いをしてくる天然たらし。

 この仕草でその気になってしまった男たちは数知れず。真に不憫なり。


「大福ーー。出番だよ」


『うん?』


 バッグからひょこっと顔だけ覗かせた大福。

 あまりの可愛さに雪平が大福に抱きついた。


『おねえさんだ』


「お姉さんを急いで上に上げるから、穴までの道を作ってくれない?」


『わかった。わたしのでばん』


「大福ちゃんが何かするんですか?」


「うん。練習の成果を発揮するから少し離れていた方が良いよ」


「わかりましたーー」


 離れてって言ったのに、俺の背中側に回って肩越しに様子を窺う雪平。

 探索用の装備を身に着けているのに、何故か柔らかさを感じる不思議な体の持ち主だということを、彼女は少しだけでも良いから自覚して欲しい。


『じゅんびできた』


 大福の顔をゴミ箱の方に向けて、大福にゴーサインを出す。


「発射ーーーっ」


『やりっ』


 人間の魔法で《突風槍撃》という似た魔法がある。《風槍》の上位版なのだが、大福の魔法はさらに高威力で広範囲を攻撃できるものだ。

 槍の周囲に無数の刃状の風を起こしているらしく、槍が進む進行方向はもちろんのこと、周囲にも被害を与える効果を持つ。


 他にもいくつか練習をしたが、この魔法がお気に入りらしい。


「お見事」


「すごーいっ」


『えへへへっ。うれしい』


 バッグから出てきた大福を二人で撫でながら褒め称える。

 今回の作戦では、ゴミ箱に向けた道路敷設が最重要であり、そして最も多くの労力を使うだろうことは予想していた。

 しかし、大福の一撃のおかげでコスト削減も、時間の確保もできた。


「では、失礼して」


「えっ」


 雪平をお姫様抱っこして、ゴミ箱に向かってダッシュする。

 化け物級ステータスをフルに活かしたダッシュだ。潜伏者が気づいて追い掛けて来たとしても追い付かれる心配はないだろう。


 俺はその勢いのまま二階層までゴミ箱を駆け上り、そこから一階層の入口まで送り届けた。

 ダンジョン内に残したことで見張り等に拉致されるという不安があったので、確実に入口まで送り届けることにした。


「じゃあ頼んだ」


 その一言だけを言い、返事を聞かずに一階層奥のゴミ箱罠に向かった。

 再び一〇階層に降り立ったとき、潜伏者は潜伏をやめて右往左往していた。もちろん、変な煙を焚いていた男性も。


「話が違うじゃないかっ」


「話し?」


「惚けるなよっ! 良い雰囲気が作れる御香だと言っていたじゃないかっ!」


「道具に頼るなんて情けない男だ。だから逃げられるんだよ。自分の失敗を人のせいにするなよ」


「なんだとっ」


「なんだよ、やるのか? この人数を相手に?」


「ひ、卑怯だぞっ」


「はいはい。坊やはママ相手にイキってろ」


 雑に頭をぽんぽんした後、地面に引き倒される雪平狙いのお坊ちゃん。

 引き倒した相手をよく見ると、拘束されたはずのコンドルだった。


「なんでここにいるんだ?」


 社会奉仕活動中って聞いていたけど、犯罪者を更生させることが目的の社会奉仕活動で犯罪させるって、本末転倒で意味不明なんだけど。


「遅いですよー。澪ちゃんはどこです? 誰も上の階層に来なかったのですが……もしかして下に行きました?」


「コイツのせいで逃げられた」


「はぁ……。使えない……。たかが香を焚く仕事でしょう?」


 コンドルに背中を踏まれたままのお坊ちゃんは、反論したくても毒坊に頭を踏まれ、身動きすらまともに出来ない様子だ。


 二人とも社会奉仕活動中であることは明白で、ダンジョンに探索しに訪れる暇は絶対にない。

 そもそも許可が下りないだろう。

 それなのに、ここにいるってことは協会職員にも協力者がいることが予想できる。


「百億ドルもらえそうだったりする?」


 取らぬ狸の皮算用をしてても仕方がないので、まもなく到着するモンスターの歓迎会を準備しよう。

 全段階の準備として〈黄魔法〉をLv五まで引き上げる。デブ魔術師が使用していたような防壁が必要だが、使えるようになるにはLv五になる必要があるからだ。


 ──《剣樹防壁ペイン・ブルウォーク


 今回は岩石を採掘している暇はないので、大福がなぎ倒してくれた樹木を使って防壁を造った。

 地獄にあると言われている触れるだけで体を切り裂く葉を持つ樹木から着想を得て、金属並みの硬度を持つ防壁を連想する。

 形状は並木道だが、触れると切り裂かれたり刺さったりと、確実に痛みを与える仕様にした。


「どこかで見た顔だと思ったら、雪平のストーカーじゃん」


「──お前はっ」


 一番沸点が低そうで、確実に煽ることができる言葉を言えたのは毒坊だけだった。

 コンドルからは直接的な被害を受けてないし、御香を焚いていた男性に至ってはほとんど面識がない。

 俺もコンドルと同様に、『情けない奴』という印象しか持ち合わせていないのだ。


「まぁ待て。まさかとは言わないけど、一人で戻ってきたんじゃないだろうな?」


「一人だけど?」


「はっはっはっ。マジかよっ」


 コンドルが毒坊を抑えて質問してきたが、それに答えたら爆笑し始めてしまった。

 何がおかしかったのだろう?

 もしかして、御香男性に言っていた数的優位がないことを笑っているのだろうか?


「もしかして一人だからって理由で笑ってる?」


「それ以外にあるかよ。無能はどいつもこいつも同じだな。数的優位も分からないとはなっ」


「だから僕が言ったでしょう? 無能なのに調子に乗ったクズだって」


「ちげぇねぇ」


「自己紹介、どうもありがとうございます。無能でマヌケだから拘束されちゃったんだもんね。お勤めご苦労さまです」


「──はっ? 以前も思ったけど、どういう思考回路してんだ? お前以外にいないだろっ。一人なのはお前だろ? お前幼卒? 数も数えられんの?」


「はぁ……。最終学歴が保育園、中退の奴に言われたくない。勝手にご都合的な解釈をして、子供じみた考えの浅さに脱帽ですわ。脳みそに毛ほどの皺もないとか価値ないから、寄生虫に皺を掘ってもらえば?」


「コイツっ」


「俺は一人とは言ったけど、援軍がいないなんて一言も言っていない」


「何?」


「そろそろ良いかな」


 ──〈挑発〉


「っ!」


 潜伏者がいないことを〈魔力探知〉で捜索し、分解及び統合された〈死神眼〉の存在感知で確実性を増し、〈位置情報〉で全員の位置を把握。

 全員の位置は〈地図作成〉に反映させて記録し、適宜確認する。

 これで逃げられる心配はないだろう。


「こっち来い」


「クッソ。体がっ」


 強制的に意識を俺に集めるスキルだが、レベルが高くなれば意識以外も強いることができるスキルだ。

 まず意識が俺に向くってことは、逃亡や回避を許さないということ。


 それに加えて戦闘態勢に強制的に持ち込めるため、基本的に前傾姿勢を取らせることができる。

 スキルの効果が切れた瞬間、後方から〈黄魔法〉を使い軽く押すだけで数歩分歩いてくれる。これを繰り返せば目的地に誘導できるわけだ。


「──ここはマズいっ」


「おっ。完全な無能ってわけじゃないのか」


「クソっ」


「さて、本番だ」


 ──《茨縛牢ソーン・ジェイル


「大人しくしとけ」


「殺す気かっ!?」


「違う違う。君たち専用のシェルターだよ。トーチカとしても使えるだろうから、頑張って戦ってくれたまえ」


「ふざけんなっ」


「生きていたらまた会いましょう。再見ツァイチェン


 逃げられないように地獄の並木道の中間辺りに置き去りにし、再び並木道の入口に戻る。


 ──〈挑発〉


 今度は階段方向へ向かおうとしているモンスターに対し、渾身の〈挑発〉を発動する。

 すぐに方向転換したモンスターたちが並木道に殺到し始めた。


 ──〈挑発〉


 少し後退しては〈挑発〉を繰り返し、移動の流れを作ることに全力を注ぐ。

 戦技を始めとする戦闘系のスキルを使うと体力を消耗し、HPが減少することが分かっている。HPは時間経過で回復するため、HPを使用しているとは思われていない。

 仮にHPが回復しても疲労は残り、それが戦闘に影響する。


 つまり、スキルの使いすぎは良くないってことだ。


 今回は仕方ないとしても、化物級ステータスを活かせるような技術を学ぶ必要がある。

 ちなみに今回は、回復タンクを並木道に用意しているし、疲れは大福を愛でて一過性のハイになって忘れてしまおうと思っている。


「ダンジョンの主よ、我を助けよ」


 ゴミ箱に送るから後はよろしく頼む。

 いざっ、出陣じゃ。


『相変わらず非力なことよ』


 何か空耳が聞こえた気もするが、きっと聞き間違いに違いないと思い作戦を進めるのだった。




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