013 購入します

 帰宅後、風呂に入ってすぐに泥のように眠った。

 その日は珍しく朝までぐっすりと眠れた。


『ぱぱ』


「ん……」


『ぱぱ、ごはん』


「大福」


 お腹の上で朝ご飯を要求する可愛い大福。

 彼女を抱き寄せ、フワフワとした柔らかい体を堪能する。


『ごはん』


「何食べる?」


 そういえば、何を食べるのか知らない。

 虎としてのご飯なのか?

 猫としてのご飯なのか?


「図鑑の解読はできてないし」


『おなじ』


「パパと?」


『うん』


 モンスターだからかな?

 でなければ無理だよね。


「って言っても、何も買ってないからなぁ」


 どうするかと思っていると──。


「ピンポォォォンッッ」


 外から呼び鈴に似せた大声が聞こえてきた。

 我が家の呼び鈴は故障していて、デフォルトで鳴らない。

 よく居留守を使っていると誤解されがちだが、鳴らないから気づかないだけ。


 付き合いの長いご近所さんはみんな知っているから、笛を持ってきたり大声で声をかけたりと工夫してくれる。

 そして、このような声掛けをする人物は一人。


「あっ。真が来たのか」


 少しズレていると思う点は、呼び鈴が壊れているくせに、敷地内との境界線にある門扉が自動て開閉可能な点。

 オートロックのように機械式になっているから、屋内からスイッチ一つで開閉もできるし、外出時はリモコンを持っているから、これまた自動で開閉できる。


「いい加減にインターホンくらい直せよ」


「あの呼び方やめればいいのに」


 山に住んでいるおかげで、隣人も少し離れた位置にある。

 ザ・田舎の農家って感じの距離感だ。

 すぐ近くで聞かれる可能性があるとしたら、道の反対側にある大豪邸の住民くらいだろう。

 まぁ人の気配がしないから、誰もいないと思うけど。

 だから、恥ずかしくはない。

 部下に笑われるのを我慢すれば、ストレス発散になるのかもしれないな。


「まぁ大福の誘拐対策に警備施設にお金をかけても良いかも」


「誘拐ね。その前にご飯にしよう」


 秘書の正宗さんが買ってきたサンドイッチをテーブルの上に並べ、全員で朝食を摂った。

 大福は卵サンドが気に入ったご様子。

 具材がパンパンに詰まった卵サンドを二つ食べた大福は、お腹を膨らませて横たわっている。

 大変満足気だ。


「可愛い」


 思わずデジカメで撮影した。

 スマホに慣れていると微妙に使いづらさを感じるが仕方がない。

 今は我慢するとして、早くスマホを入手せねば。


「おい。戻ってこい」


「な、何?」


 若干呆れた様子の真に視線を向け、来訪の要件を尋ねることにした。


「可愛いけど、先に色々聞かないとさ」


「でも一つだけ言わせて」


「何?」


「お宅のワンコが子犬だった時、今と同じような感じだったよ? ねぇ、正宗さん」


「えぇ」


「子犬は一瞬だぞ?」


「子猫も一瞬だよ」


「猫じゃないだろ」


 それを言われたら反論できないじゃないか。

 しかも追加で問題がある。

 それは大福の瞳が金色ってこと。

 協会職員の前ではずっと眠っていたおかげで気づかれずに済んでいるが、ずっと隠し通せるものではないし、RyuTubeに『大福ちゃんねる』を開設したいと思っているから、絶対にバレて誘拐されることだろう。


 もちろん、絶対に守るし誘拐などさせない。


 その対策の一つに警備施設の強化が挙げられ、インターホンを直すに当たって色々な業者を調べている。

 今まではそこまでの必要性を感じられずに保留としてきたが、大金が入る今だからこそ最善のタイミングだろう。


「じゃあうちの系列の人員を呼んでるから、入れて良い?」


「お願いします」


 ピンポーンと叫ばせたい真には悪いが、スイッチを押して門扉を開ける。


「何すんの? 見たかったのに」


 散々笑われたから、自分も笑ってやろうと思ったのだろう。

 ニヤニヤしていなかったら俺も気づかなかったのに。残念。


「私たちもやりたかったなぁ。残念、残念」


 気安い感じで真に話しかけるゴツい男性。

 この人は直属の護衛部隊の人で、昨日も同行してくれていた人だ。


「次はお前に任せるよ」


「はははっ」


 笑って誤魔化しているが、決して目を合わせないところに拒否感を感じる。


「じゃあ揃ったところで、まずはスマホから行くか」


 目の前に最新の機種が並べられ、好きなものを選んで良いと太っ腹なことを言う真。


「良いの?」


「連絡できないのは、マジで不便だよ?」


 たしかに、スマホがあれば電話をかけて開けさせれば笑われずに済んだものな。


 元々五百蔵グループ系列の格安SIMを使っていたから、再発行はすでに済んでおり、好きな機種にぶっ刺すだけで良いとのこと。

 何から何までお世話になります。


「じゃあこれで」


 リンゴマークは外部メモリがないから好きではないし、今回は外部メモリの重要さを改めて感じた。

 それにダンジョン行くことが増えるし、大福を撮影することも増えるだろうから、それらを踏まえた上で五百蔵グループが開発したモデルにした。


「覚醒者用のにしたのか。ゲームには向かないけど良いの?」


 覚醒者用のデバイスは、ゲームに集中するせいで死亡に繋がることを危惧して、ゲーム系のアプリを入れられない設定にしているらしい。

 動画は良いのかと思うが、ダンジョン内には電波が入らないから動画はダウンロードしたものしか見れない。


 なら好き放題できると思うじゃん?


 そのとおり。

 動画に関してはダンジョン関係のものを見ていると言われれば反論のしようがないから、完全に規制できていない。

 ただ、ゲームは完全に娯楽目的。

 明確だからこそ規制できただけ。


「うん。それ以上の機能に魅力を感じたからね」


 今回みたいに簡単に壊れてほしくないのよ。

 以前もキャンプによく行くからと、防水防塵にはこだわったし、頑丈さを売りにしているものを選んだ。

 しかし壊れてしまった。

 もう繰り返さない。


「じゃあ次は車かな。パンフレットを持ってきたから、そこから選んで。希望をパソコンに入力してすぐに発注するから」


「車種問わず?」


 確認した理由は、魔石動力型のエンジンを搭載している車種が限られていると思ったからだ。


「うん。買い物行けないでしょ?」


「一応原付があるよ」


「いやいや。山じゃん。ここまで来るのに原付に会わなかったよ」


 確かに。山の麓で見るくらいかな。


「トラック系が良いんだよなぁ」


「トラック?」


「頑丈じゃん。今回包囲されかけたんだけど、ロードキルで包囲を突破したんだよね。軽ワゴンだと前がなくて怖いし、矢が簡単に貫通してくるのよ」


「頻繁に体験することではないと思うけどね」


 いや。絶対にまた体験することになるはず。

 鬼神が〈悪運〉というスキルをつけたのだ。

 危険と遭遇しないはずがない。


「トロイトンに米国のパトカー風のプッシュバンパーをつけてほしいな」


「ルーフキャリアもつけとく?」


「お願いします」


 キャンプのギアも一新するから、収納力が向上するのは嬉しい。


「じゃあ最後に警備システムかな」


「【鳳あんしんサービス】ってところに頼みたいんだけど?」


「えっ? うち?」


「あれ? 系列なの?」


「そうそう。うちの邸含めて全て一括で利用しているから自信を持って勧められるけど、本当に良いの?」


「うん。というか、まだ狐の素材だけしか渡してないけど、お金足りそう?」


 元々各種設備の点検やリフォームを検討していて、その代金に毒坊からの賠償金を充てようとしていた。

 スマホはサービスにしても、魔石動力型の最新車種などは自費だから足りるか心配で、鑑定前だけど狐の毛皮を渡しておいたのだ。


「全然足りる。何故か協会や政府からも購入希望の連絡があったんだよね」


「あーー。できることなら、社内での消費が一番損しないかも」


 金色ダンジョンのモンスターの素材だから、そんじょそこらのモンスターと同格には考えない方が良い。


 手元に残しているのは、九尾狐の毛皮と将軍の毛皮のみ。

 この二種類は図鑑に載っていそうだと思ったから、用途がはっきりした後に売却するかを決めようと思ったのだ。


「ふーん。じゃあそうしようかな。連絡しておいて」


「はい」


 キャンプギアは大好きなウサギさんマークのものから、一部覚醒者用のものに切り替えようと思う。

 小物類は買い直せば良いとして、調理器具等はあらゆる環境下で使えるものが良い。自動車同様に魔石で動くものもあるから、そちらを購入しようと考えている。


 一部五百蔵グループの商品もあるから、カタログをもらっておいた。


「先程の設計図を鳳に送っておいたから、詳細説明をよろしく。もちろん他のこともね」


 自分は残る気満々だが、同時に人払いを行っていると感じ取った護衛部隊は、各担当者を次々に車に乗せていった。

 その後は、玄関近くと勝手口の外で警備につくそうだ。


 盗聴対策に専用の道具も配置してくれるらしく、至れり尽くせりである。


 ところで秘書の正宗さんは、当然のごとく部屋に残ったまま。

 彼の忠誠心は異常なほど強い。

 理由は、真がお姉さんを助けたかららしい。

 唯一無二の家族であるお姉さんを守り、お姉さんがやりたかった仕事に就けているのは、全て真のおかげだから。

 以前にそう言っていた。


 お姉さんは超絶美人で、権力者の子息がストーカー行為をしていたせいで心身ともにボロボロになったそうだ。

 内定が決まっていた正宗さんを気遣って大事にしたくなかったお姉さんは誰にも相談できず、ついには子息の彼女になってストーカーから解放されるか、自殺するかの二択にまで追い詰められてしまったそうだ。


 しかし、どちらも選ぶことはなかった。

 そのマンションは真の持ち物で、たまたま隣を勉強部屋兼仕事部屋にしていた真が脅迫行為に遭遇して、取り巻き含めてまとめて制圧してしまったのだ。


 真にも美人のお姉さんがいるから、女性に対するストーカー行為は許せるはずもなく、徹底的に詰めたらしい。

 その後、病院を手配したり住居を用意したりと治療に専念させ、五百蔵家の女性陣の協力もあって真の会社のアパレル事業部で働くようになったそうだ。

 同時に正宗さんを秘書として雇入れ、今に至ると。


 まぁ最初の数カ月は、真の両親の元で寝る間もないくらい研修を行い、必要な資格なども同時進行で取得したというデスマーチを体験したという。

 それでも姉が送ったであろう地獄に比べればマシということで、一言も弱音を吐かずに熟し、真のお爺さんから合格をもらったんだとか。


 それを知っているからこそ、俺も真も残っていることに対して何も言わない。


「さて、本題に入りますか」


 何から話したものか。




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