011 要求します
破壊された車内で待つこと二時間。
やっと協会職員が到着した。
要救助者がいたら間違いなく死んでいる。
だから言ってやる。
「遅かったですね」
正直な文句を。
嫌味なんかではない。
素直な感想だ。
「場所がよく分からなかったもので……」
「あっ。私には言い訳は必要ありませんよ」
「言い訳ではないのですが……。では、誰に言えば良いのですか?」
「向こうに要救助者がいらっしゃいますので」
日々多くの覚醒者を相手に対応しているのに、意外にも沸点が低い未熟な職員に言い訳を言う相手が違うと教えてあげる。
「ど、どちらにっ!?」
「ここから真っすぐ進んだところに」
生贄として捧げられた者たちの居場所を掌で指し示し、職員たちを向かわせる。
生存者がいた場合、かなり拙いことになることは自覚しているらしい。
何故なら、資源発掘用の機器を運搬してきたからだ。
資源発掘は救助活動を終えた後、交渉を終えて初めて準備を開始するもので、事後処理には一切関係ない。
そんな準備をせず、ヘリでも飛ばしていれば間に合ったかもしれないと、遺族に突っ込まれないといいね。
今のうちに証拠撮っておこう。
スマホは壊れたが、インスタントカメラはダッシュボードの中に入っていた。
購入した記憶はないが、真が入れていた可能性もある。彼は写真が好きだからね。
「──ヴォォォォオオッッ」
何人かが盛大に胃液をぶち撒けているようだが、一向に生存確認をする様子がない。
「生存確認しないとぉぉぉっ」
と、大声で教えてあげる。
決して車外には出ない。
一瞬睨まれた気がしないでもないが、彼らは二人一組になって死体を並べていく。
すると、一番下にいた女性に息があることが分かり、急いで救命処置が行われることになった。が、結局亡くなってしまった。
遅刻してきたことに加え、生存者の確認を怠るという怠慢さ。
全て写真撮影しておいた。
「あ〜あ」
完全に他人事だからこその発言。
責任は全て協会側で、俺は被害者。
「助けられなかったことは残念でしたが、我々は最善を尽くしましたっ」
「本当に?」
「もちろんです」
「同じ言葉を遺族の前でも言えます?」
「当然です」
「ふーん。アレを運んできたのに?」
資源発掘用の機器を指差しながら、協会職員をさらに詰める。
「──あっ、アレは救助用機器ですっ」
「違いますよ。発掘用でしょ」
何故、俺が真の会社に資源の取引を持ちかけたと思う?
真の会社で同じ機器を見たことがあって、資源発掘の事業を行っているという説明を受けていたからだ。
「仮にアレを救助用として運用しているなら、相当頭が悪い使い方ですよ? 裁判で恥を晒しても良いなら構いませんが、その主張続けます?」
「……発掘用を救助用として運用してはいけない決まりはありませんからね」
「その割にはヘリが飛んでいませんが?」
「山間部ですので」
「はっ? 山岳救助でヘリを導入していることはご存じない? ヘリがあったら助かっただろうにね」
「それは結果論でっ」
「分かった、分かった。分かりました。同じ言葉を遺族の前で、あなたが言えるなら良いんじゃないですか?」
なおも言い募ってきそうな職員を無視して、ボイスレコーダーからSDカードを抜き、元のSDカードを挿して元の場所に戻す。
というのも、厄介な人物が到着したからだ。
「誰がリークしたのですかね?」
「そのような言い方はっ」
「あっ! 協会の方でしたかっ。そりゃあ発掘用機器を持ってくるわけですね。発掘権はいくらで買ったんです?」
「ですから、救助用ですっ」
「おや。リークしたことは否定されないのですね」
「……」
でも、これで役者が揃った。
真の作戦決行だ。
「おいっ。早速始めるぞっ」
到着早々、発掘開始を指示するマヌケが噂のコンドルかよ。
確かにお前の土地だよ。
だけど、お前に指示する権限もなければ、発掘する権利もない。
「何をです?」
「あっ? 誰だ、コイツ?」
「今回の通報者です」
「違います。被害者です。通報内容は録音してあるはずですが、もしかしてご存じない? 協会職員を騙ってるだけ?」
「知ってますっ」
「でしたら、正確に伝達しましょうよ。仕事でしょ?」
「あーー。分かった、分かった。お疲れさん。タクシー代渡すから、帰って良いよ」
「だそうですよ、職員さん。帰って良いそうです」
「お前なっ?! お前が帰るのっ!」
「あぁっ! お前っ!? 自分のタク代出すって意味不明だけど?」
「このっ! クソガキっ!」
煽っているのも作戦だ。
真たちの到着まで居座り続けるための遅滞戦術で、そのためにおちょくり続けている。
「いいか? ここは俺の土地。浅層ダンジョンは個人所有の許可がある。で、そこの資源は所有者のもの。つまり、俺。それを発掘する仕事があるから、子供は帰ろうなっ?」
「良いんですか? 帰って」
「良いって言ってんだろっ!」
「お前に聞いてない。職員さんに聞いているから、少し黙ってて。大人の会話に混ざりたい気持ちは分かるけど、癇癪起こすのは良くないよ?」
と言いつつ、助手席の足元に置いてあった生首を持ち上げて眼球を職員に見せつける。
「な、なんてものをっ」
「まあまあ。私の素材をどうしようと勝手でしょう?」
顔を背ける職員に向かって金色の瞳を見せつけるように、生首を近づける。
「──なっ」
「帰りまぁぁぁすっ」
「さっさと帰れっ」
「はぁぁぁいっ! 記者会見開きまぁぁす」
「お待ち下さいっ」
「おやっ。どうしました?」
「ま、まだ話し合いは終わっていませんっ」
「あーー。そう言えば、残ってましたね」
「何がっ!?」
マヌケだから知らないのか、都合が良いところだけ抜粋しているのか、それとも騙せると思って協会とグルになっているのか不明だが、この場所がコンドルの所有というのは間違いだ。
もし仮にコンドルの所有地だとすると、彼は確実に破産することになる。
「何故協会職員が教えてあげないのか不思議だけど、この場所をお前の土地とするには前提条件が必要なのは知ってる?」
「はっ?」
「浅層ダンジョンを個人所有にした場合、管理責任が生じる。ブレイクが発生した場合、私財を使って鎮圧する必要がある。出た被害は全て自費で補償しなければいけない」
「今回はブレイク後だから関係ないな」
「もう一つ別の条件がある。土地の所有者は定期的に所有地の確認を行い、ダンジョン発生の兆候があるかを定期的に報告しなければならない。浅層ダンジョンでも発生からブレイクまでに一ヶ月の時間を要するから、定期的な確認と報告をしていればブレイクを防げる」
「まぁ今回は短ったんじゃないか?」
「で、監督不行届の状態でブレイクが起こった場合は、土地の所有者に賠償を命じる。金額の判例は百億ドル以上」
「──はっ?」
「ただし、土地の所有権を放棄し、ブレイク被害者のうち生存者で分配するならば、監督不行届のみの処罰とする。以上」
「ふざけんなよっ!」
「つまり、ここにあるものは全て私のもの。嫌なら最低でも百億ドルを払ってから文句を言えっ」
ちなみに、日本では適応された例はない。
ドルってところからも分かるが、海外で制定された法律だ。
生存者に絞ったのも、死者も含めるとハイエナが湧くから。旨味がないブレイク鎮圧に命を懸ける馬鹿はほとんどいない。
一応一件だけ判例があるおかげで、裁判はすぐに終わる。
モンスターの脅威に晒されている中、何年もかけて裁判なんかしない。
そもそも監督不行届という失態を犯さなければ払う必要がなく、責任は全て協会に丸投げできるのだ。
「おいっ! 聞いてないぞっ!」
「それで、彼は報告していたんですか?」
「してたよなっ?!」
「それは……」
「知らないか。通報内容も知らなかった人ですもんね。開示請求を行うので、裁判所でお会いしましょう。まぁその前に記者会見ですけどね」
「してませんっ」
「テメェッ」
「一度もしてませんっ」
「百億ドルっ、百億ドルっ」
「うるせぇなっ」
俺も鬼ではない。
彼に返済方法を教えてあげよう。
「その資源を発掘して協会に売ったとして、百億ドルは払えないよ? 現代には奴隷制度はないけど、よく漁船に乗れっていうアレがあるでしょ? 今のトレンドは、ダンジョンのカナリア。頑張ってみたら? 君には向いていると思うよ」
だって、コンドルだろ?
「ふざけんなよっ! ゼッテー認めないっ!」
「認めるとか認めないとか、そういう次元の話じゃないんだよ。法律で決められているから、気に入らなかったら国から出ていけば? その場合は、土地の所有権は私に移るけどね」
「何でお前がっ!?」
「生存者は私だけだからね。本当はもう一人いたんだけど、協会がさっき殺しちゃったんだよね」
「殺してませんっ」
「だって、コイツと資源の取引をしてて遅刻しちゃったんでしょ? その結果、救命処置が間に合わなかったと。私も証言してあげますから、一緒に遺族の元へ行きましょう」
「いちいち訪問しませんっ。文書で連絡します」
「そう? 私も文書で連絡しておきますね」
「許可してません」
「被害者の会のグループセラピーも許可が必要なの?」
「それは……」
被害者同士の連絡が禁止なら、直接会って会話するセラピーはどうなる。
適当な言葉を並べれば切り抜けれられると思っているのかしらないが、マヌケにもほどがある。
「とにかく結論が出ていない以上、発掘作業は禁止ですよ。人員は下げるべきでは?」
「仰るとおりですね」
「もう取引相手も決まっているんだよっ! 今更引き下がられるかよっ!」
「ごめんねして来い」
「いい加減黙れってのッ」
一発くらい殴られても良いかと思って胸ぐらを掴むコンドルを放置していたが、殴られることはなかった。
「──イテテテテッ」
腕を捻り上げられて制圧されたコンドル。
そして、それを成したのは──。
「きゃあっ。素敵っ」
「ふぅ。間に合った」
ピンチを救いに来てくれた我がヒーローだ。
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