万年ニートの寄生探索
暇人太一
第1章 モフモフダンジョン
001 開幕します
覚醒者用品店の販売員としてのバイトは、俺の生活の主軸である。副業の派遣清掃員も、同じ【萬屋グループ】のメイン事業だ。
夜間勤務が多い清掃員だけでは生活が厳しかったので、日中勤務の掛け持ち先を探していたところ、覚醒者関係の新事業部ができるからと清掃事業部の社員さんに斡旋してもらった。
今では臨時以外では清掃員の仕事をしておらず、それでも慎ましやかだが生計を立てることができている。
「あっ。今日は、独房の日だ……」
出勤準備の際、連絡用掲示板を見てポツリと呟く。
給料も良く、勤務内容も難しいものではない。
特に覚醒者でなくても問題ない。
それなのに、別事業から人材を回さないと求人できない理由は、ひとえに上司がクズだから。
仕事を紹介してくれた社員さんには本当に感謝しているが、只より高いものはないと改めて学ぶことができた。
「おはようございます」
「おはようございます」
この春から大学生になった後輩の雪平澪は、高校三年生の夏頃からバイトをしていた。
本人は学生探索者として活躍しつつ、インフルエンサー活動もしていきたいそうだ。
その目標のために給料が良いうちで働きお金を貯め、同時に社割でコツコツと装備を揃えているらしい。
見た目も良く、気さくで人当たりが良い性格のお陰でバイト先でも人気者だ。
さらに、目標に向かって計画的に行動できる真面目さ。
嫌いな人などいるはずない。
「先輩、今日のターゲットは誰ですかね?」
「ん〜……。俺とお前」
「ですよねぇ……」
雪平を嫌いな人はいないってことは、求人を困難にしているクズ上司も嫌っていないということだ。
正確に言えば、セクハラするくらい大好き。
そして雪平と並べてターゲットになる俺だが、パワハラされるほど嫌われている。
というのも、四年前に突然地球にダンジョンが現れた。
一番有名なダンジョンは世界各所に出現した【九龍塔】だろう。名前の通り九つの塔が世界各地にできた。一ヶ月に一本ずつ出現するせいで、四年前は世界各地で大混乱となった。
幸いなことに日本は最後だったため、他国の状況を見てある程度の準備ができていたらしい。
この塔は通常の建造物とは違い、途中から雲に隠れて先端が見えないほど巨大。
色は世界各地で異なり、外壁は龍鱗のような模様で、随所に龍に関係する彫刻などの装飾があるそうだ。
最初の塔が出現したときから、九つの塔が出現することが予想できる文言が記された箇所もあったらしい。
なお、同じ場所に何よりも重要なことが記されていた。
それは【九龍塔】含むダンジョンの脅威に抗える覚醒者を誕生させることができる場所は、【九龍塔】のみ。
希望者はガチャを回せと記されていたらしい。
後日公表されたことだが、塔の出現以前にダンジョンによる被害が複数あったそうだ。
ゆえに、最初の出現国であるカナダは、覚醒者の誕生方法の公開と塔の使用権等に関する各国への対応に苦労したという。
日本では奈良県の平城京跡に出現し、現在は観光名所となっている。
俺も高校の修学旅行で【九龍塔】まで行き、すでに覚醒している覚醒者だ。
話をパワハラに戻すと、現在は覚醒者の能力によって階級が決められる社会で、学歴社会よりも覚歴社会と言われるほど覚醒者の能力が重視される。
クズ上司は典型的な選民思想の持ち主で、貧乏で外見もイケメンではない、さらに覚歴も学歴もない俺が人間に見えてないらしい。
職場にはクズ上司よりマシだが、ナイナイ尽くしの俺が真逆の雪平と一緒に話していることを気に食わないと思う者も少なくない。
その筆頭が店長というから質が悪い。
俺は生活の方が大切だから、シフトを変えてもらって今日以外は雪平と同じシフトに入らないようにしてもらっている。
細かい調整は、苦労性の副店長が上手くやってくれて感謝しかない。
理由は何にせよ、ハラスメントを受けている方は地獄であることに変わりない。
だから、毒坊とあだ名を付けられた人物と二人っきりで過ごす地獄の時間を、被害者の俺と雪平は『独房』と揶揄している。
「おっ。でも今日はマシかも?」
「どうしてです?」
「人事部の査察があるらしいよ。しかも毒坊がいる時間と被ってる」
「おぉーっ! さすがに人事の人がいるときは大人しくしているはずっ!」
「やったね」
「はい」
それから出勤時間まで他愛のないことを話した。
多くは雪平の大学の話だ。
今人気の覚醒者用大学に通っているらしく、春頃はサークルの勧誘があったり、ギルドへの勧誘があったり賑やかだそうだ。
ダンジョンは基本的に協会が管理しており、探索者の多くはギルドという場所に所属して集団で仕事したり、サポートを受けている。
中には企業が母体になっているところもあり、【萬屋グループ】にも【萬屋ギルド】というギルドがあり、社員の中から希望者を募ったりスカウトしたりと、営業部隊が走り回っているところをよく見る。
ギルドが覚醒者用の大学に来るのは嬉しいし楽しいそうだが、仲の悪いギルドが鉢合わせすると険悪な雰囲気が怖いそうだ。
新入生のほとんどはダンジョン探索をしていても低階層までしか経験がないというのに、近くで中層以上の探索者の喧嘩を見せられたら怖いだろうよ。
「そこのギルドはブラックリストに入れときました」
「入りたいところは決まったの?」
「うーん……。迷ってます。自由度が高いところが良いんでよね。動画配信するならギルドのアプリ使えとか、何割か払えってところが多いですね」
「五大ギルドは?」
「ムリムリムリッ。無理ですっ。そもそも来てませんよ」
「そうなんだ」
「そうですよ。ああいうところは直接スカウトが来るそうですから」
「へー」
もう少し聞きたいことがあったが、店長の声が聞こえて来たから話を打ち切って早めに出勤した。
早めに出勤しても、店長が勝手に修正するから帳尻合わせは完璧だ。
◆
「おっはよーございまーすっ」
「おはようございます」
出た。
雪平同様この春から大学生になった問題児。
一人暮らしを期に三月から入社したチビデブインフルエンサー、
こいつは入社初日から我儘放題で、こいつが休憩室を使った後は冬かってくらいに極寒になっている。
三月で冷房をつけるくらいの暑がりで、何より迷惑なのは連絡用の掲示板をまっさらにして撮影するという傍若無人っぷり。
彼女の言い分としては、「写メ撮ってあるから聞いてくれれば答えるから大丈夫」とのこと。
その手間を省くための掲示板だということに、大学生にもなって何故気づかないのか。
指摘すると「Fランは黙っていてくださいっ」と、差別発言で聞く耳を持たない。
どこで聞いたのか知らないが、新人のこいつが俺の個人情報を知っている時点で【萬屋グループ】の管理体制が心配になる。
入社に際して、スカウトの可能性もあるから自分の【職業】を申告しなければならず、階級含めて記録に残されていた。
本人に確認してスカウトを希望しないなら、人事部でのみ記録して緊急時以外は重要な個人情報として取り扱い、もし流出した場合は賠償金を払うという契約を結んでいる。
俺はスカウトされないと思っているし、【萬屋ギルド】に加入するつもりはないから秘匿を希望していた。
が、実際にこのような差別発言をする人物が三人いる。
後輩の岩さんに、俺を嫌う店長、そして毒坊ことダンジョン事業部長の萬屋百会。
名字からも分かるだろうが、毒坊は創業者の孫で七光のコネ役職である。でなければ、新規事業の立ち上げをハラスメント大好きなクズに任せないだろう。
ちなみに、情報漏洩をした犯人は毒坊だ。
雪平に聞いた話では、雪平の連絡先と住所を知っていたらしく、恐怖に震えているところ興奮した毒坊がペラペラと自白したそうだ。
毒坊との地獄時間ではボイスレコーダーを使用しようと対策を立てていたおかげで、自白の言葉も録音できたという。
雪平には本当に感謝している。
あの証拠があれば賠償金をもらえるはずだから。
そして問題児だが、一度しっかり聞いたことがある。
何故早く来て極寒にするのかと。
すると、岩さんは家が暑く、電気代の節約もしたいと我儘を言った。
「いや、三月に暑いって。布団着込みすぎだろ」
と、つい暴言を言ってしまう。
だが、話が通じないことを良い方に働き、本人には暴言としては通じなかったらしい。
「──痛ッ」
右肩を爪が食い込むほど強く掴む雪平は、何故か俺を睨みながら震えていた。
ドアを開けて冷気を逃がしているのに、まだ寒いのだろうか。休憩室の奥でコットを設置して寝ている副店長の体も震えているし。
「暑いのに布団なんか使うわけないっしょ。むしろ──」
「筵?」
痛みが増した気がする。
震えも増した気がするが気のせいだろう。
「タオルを使ってますよー」
「白い?」
「まぁ白もありますよ」
「頭に三角のつける?」
「三角? あぁナイトキャップですか? もちろん、つけますよ」
痛いですよ。
ゴリラみたいな握力ですね。
「寒いの?」
「…………」
という問答が、数日前に行われた。
なお、ゴリラの手形は未だ消えず。
岩さんの行動は改善されなかったが、今日はその行動に感謝を述べさせていただく。
ありがとう、岩さん。
掲示板を消してくれたおかげで、毒坊は人事部の査察を知らずにいるらしい。
毒坊のハラスメント行為を人事部に知らしめられる絶好の機会に、独特の使命感と興奮が湧く。楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます