第20話 幻影

   ◇自己嫌悪◇

 恐怖の食卓から30分、俺は風呂に入る準備をしていた。

 流石に家主より先に風呂に入る勇気は俺にないからな。


「残り湯飲むつもりじゃないよね〜?」

 

 風呂の中から、土田のアホみたいな声が聞こえてくる。


「するわけ無いだろ!」


 何故か強めに否定してしまった。

 やっぱり土田相手だと、余裕を持って話せないな。

 まだ警戒しているというか、何を言っても俺が困る方向の返答を返してきたきそうで。

 どうしても気軽に話せる気分になれない。

 そう考えていると、懐かしい記憶が頭にフラッシュバックしてくる。

 どんな言葉にも優しく返してくれた、俺がからかうと頰を赤らめながら照れてくれた、俺の元妻が。


「怜奈…」


 無意識に呟いていた。

 帰省の時に全て吹っ切れた筈だったのに。

 まだ俺は、怜奈の幻影を見てしまっている。

 あの優しい顔も、柔らかい声も、もう見ることも聞くことも叶わない。

 どうしてなんだろうな。

 確かに土田と一緒にいる未来も悪くないと思った筈なのに。

 土田花乃と牧野怜奈の2人の女性を、俺は無意識に比べてしまっているんだ。

 土田と何かをするたびに、


『怜奈とだったらな』


と思ってしまう。


 …クズだな、俺は。


 心底俺の人間性を軽蔑する。

 好意を持ってくれている女性を、幻影と比べるだなんて。

 あってはいけないのに。


 そんな自己嫌悪をしていると、バスタオルを巻いた状態の土田が脱衣所から出てきた。


「あがったよ〜。…って!なんで君泣いてるの!?」


 出てきた土田からそう言われてしまった。

 どうやら俺は泣いてしまっていたらしい。

 女性の前で泣いてしまうなんて、恥ずかしいな。

 そんな恥じらいの思いも感じないくらい、俺は土田を見て、泣き崩れた。

 言葉も発せないくらいに、ただ泣き続けた。

 そんな俺を見て土田は、俺を優しく抱きとめて、


「君の考えることはある程度分かるよ。たくさん失って、たくさん追い詰められて。怜奈さんの事も忘れられないかもしれない。でも、未来を進むしか君の選択肢はないんだ。失った数だけ君は、何かを得ないといけないんだ!」


 そう力強く言った。

 俺を励ましかつ、俺に未来を見させる言葉の数々。

 それは感情論で、土田にしては珍しく理論が関与しない主張だ。

 ここまで的確に俺の心情を読む土田。

 やはり怖いし、不気味に思う。

 だが、あの力強い言葉には、確かに俺を思う優しさがあった。

 その優しさに触れたら俺は、


"立ち上がるしかないじゃないか"


 そう思った。

 いや、そう思わずにはいられなかった。


「土田、何回目か分からないけど、ありがとな。俺は土田に助けられてばかりだ」


「はいはい良かったね。君はメンタルが弱いから、構ってあげないと大変だね〜」


 煽るような口調でそんな事を言ってきやがった。

 さっきの感謝の気持から打って変わって、めちゃくちゃ腹立つ。


「ふざけんな。誰が構わないと死んじゃうウサギさんだ!」


「別にウサギさんとは言ってないよ」


 互いに反論をしたら、目と目があって、思わず2人で笑ってしまった。

 こんな笑い合える仲で、これからもいれたらなと思った。


 ちなみにこの後、土田のバスタオルが落ちかけて、めちゃくちゃ焦ったが、土田は逆に、焦る俺を見てめちゃくちゃ笑っていた。


 こんな風に、からかわれて笑われる仲にはなりたくないと、心底思った。

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