ロマンティックの欠片もない

水野 七緒

プロローグ

プロローグ

 なんの変哲もないビジネスホテルだ。

 部屋そのものはかなり狭いし、「喫煙可」なので煙草臭い。

 壁の色も、年季が入っていてどこかくすんでいる。ユニットバスに設置されていたのは、当然リンス・イン・シャンプーだ。

 それでも贅沢は言えない。大雪のなか、こうして泊まれるだけまだマシなのだ。

 ただ、ロマンティックの欠片もないだけで。


「あのさ、本当にいいんだよな?」


 がたからの最終確認に、菜穂なほは小さくうなずいた。

 こういうとき、愛らしい笑顔を見せられれば良いのだろうが、どうにも顔が強ばって仕方がない。

 だって、初めてなのだ。27歳にもなって、誰かにこの身体を委ねることが。

 ここからどうすればいいのかわからなくて、菜穂は向かいあって座っている緒形の膝小僧に目を向ける。

 バスローブからのぞく、少しかさついたような皮膚。高校生のころの彼も、こんな膝をしていたのだろうか。

 と、その膝がバスローブに隠れた。緒形が立ちあがったせいだ。


「じゃあ、ええと」


 彼は、菜穂の隣に移動するといつもよりもかたい声で宣言した。


「今から抱くから。なべのこと」


 そうだ、なべ菜穂なほは今、自分の「はじめて」を捧げようとしているのだ。

 初恋の彼──形雪がたゆきに。

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