第18話  リゼの願い


 制片の画面の中で、リゼが語り出す。

「お久しぶりです。リゼです。

この動画を見ているタイミングとしては、いつ頃かしら。

……どのみち、私はもういないでしょうね」


 その口ぶりは、娘に向けたものではない。

 戦友に語る感じのニュアンスが感じられる。


「リゼはんや……。

話しとる。信じられへん」

 映像に感激し、ダットの中をさまざまな感情が駆け巡った。


 久しぶりに再会した、自分のリーダー。

 気持ちが高ぶり、落ち着かなくても仕方がなかった。


 そんな彼の様子を知る事もなく、リゼは話を続ける。

「たぶん、セラがあなたたち艦橋要員を頼って来てると思います。

人員が足りなかったのかな?

そうなると、1番歳の若いダット君あたりをスカウトしてそうね。

航空分析官は、ちょっとやそっとじゃ見つからないもの。

どうか、娘のセラをお願いします。

助けてあげてほしいわ」


 冒頭の挨拶から分かってはいたが、彼女のメッセージは艦橋要員に宛てたものだった。

 それを察して、セラはちょっとだけ疎外感を感じる。



 動画を再生してそうそう、リゼは沈黙した。


 彼女は少し思案してから、再び口を開く。

「こんな気弱な事、今は口が裂けても言えないけど……。

私がいない未来の時点でなら、話してもいいわよね」


 それから、決心したような強めの口調で言う。

「この映像が再生されてるという事は、クロノスはまだ落とせていないはず。

それどころか、敗北して、私は行方不明か死亡している。

けれど、艦橋要員は生き残っている状態よね」


 リゼの読みは、ほぼ当たっている。

 ……もちろん、自分自身の事も含めてだ。


「ここまでは、『想定内』よ。

だって、クロノスに勝てるわけないもの。

デカすぎるんだよ。無理でしょ。

それでも、出撃しなきゃいけない。

……私は、蒼空の天師だからね。

国民に期待されすぎちゃってて、逃げられないわ」


 彼女の言葉、とくにある一言にダットは著しく動揺した。


「――負けるのが『想定内』か。

ワイら艦橋要員にも、知らされてへんかったわ。

正直、ショックやけど。今考えれば理解できる気がするな」

 彼は顔をしかめる。


 リゼの中でのみ、想定されていた敗北の構図。

 艦橋要員に打ち明ける方法もあっただろうが、あえて士気を下げる必要はないと判断したのだろう。

 艦母1人が背負い、覚悟した末の出撃だ。

 


 ただ、リゼには別に腹案もあった。

「だから、セラに賭けたの。

私には時間がなかったからね。

どうやら、クロノスへの『対抗手段』が間に合わなかったみたい。

でも、あなたたちなら、ソレで戦えます」



 『対抗手段』という言葉が、耳に残る。

 クロノスにやられっぱなしではない。

 彼女は何かを用意していた。

 そして、それを後世に託したのである。




 ――突然、リゼは下を向いた。


 下を見つめているのではない。

 静かにすすり泣いている。


「カタキ、とってよ……。

そうしないと、悔しいからね。

――お願い。

艦橋要員のみんな。

娘に力を貸してあげて。

――それから、セラ。ごめんね。

私の代で決着つけられなくて、本当にごめんなさい。

……以上です」

 彼女は少し顔を上げて締めくくった。


 視線だけこちらに向け、手のひらを口に当てていた。


 表情から無念さが伝わってくる。

 自分で終止符を打つ事ができない悔しさを感じた。



 セラとダットは、その様子に絶句した。

 まさか、リゼが泣くとは思わなかったからだ。


 彼女は部下にも、娘にも弱さを見せなかった。

 それが艦母であり、母親でもある、彼女へのイメージ。


 しかし、天師だからと言って、悲しいものは悲しいし、悔しいものは悔しい。

 我慢した上に、感情が漏れ出すのは仕方のない事だ。



 意外な光景を目にした2人は、やっと我に返る。

「なんか、お願いされてもうたわ」

「私は、とても謝られました」

 それから、同時に感想を述べた。


「どうします?」

 セラはダットの意思を確かめる。


「引き受けるしかないな。

カタキをとってあげなあかん。

それになんか、リゼはんを見ていたら、自分の悩みなんか小さく見えてきたわ」

 待ちに待った答えが返ってくる。


 彼の心情が大きく変化した証だ。


 聞いたセラの顔は、パッと明るくなる。

「航空分析官、引き受けてくれるんですね?

……嬉しいです。

私も母さんに負けない、立派な艦母になりますね」


 返事の代わりに、ダットは頷く。




 その後、彼は過去を振り返った。

「……リゼはんは、キミの話をいっさいしなかった。

娘を巻き込みたくなかったんやろな。

たぶん、ずっと悩んでたはずや」


 だが、リゼの心境は真逆のものへと反転した。


「でも、このメッセージを残す頃には、気持ちに変化が現れたんですね。

私に、後を託してくれるようになったようです。

……そのほうが嬉しいんですけど」

 初めて露出した母の気持ちに、少し喜ぶセラ。

 頼るばかりの自分ではいけない。

 子は親の期待に応えたいものだ。



 ただ映像では、リゼの弱い一面も浮き彫りになった。


「母さんは弱気でしたね。

もう、戦意喪失していたのでしょうか」

 セラは素直な印象を語る。


 ところが、それはすぐに否定された。

「それは、ちゃうんやない?

セラちゃんは、リゼはんの最後の戦績を知らんねんな」


 セラはダットの問いに、首を横に振る。

「……知りません。

私はまだ学生なので、触れられる情報に制限があるんです」


 確認した後、彼は真実を伝えるために、知りうる限りの情報を与えた。

「結果的には、なんだかんだでクロノスの飛翔核をいくつか破壊しとる。

そのおかげで数年の間、事実上の停戦状態が続いたわけや。

敵も修理せな、進軍できへんしな。

我が軍にとって、リゼはんが稼いだ時間は尊いもんやった」

 これらは軍の内部でも曖昧に報じられ、事実を知っている者は少ない。

 当事者の艦橋要員だからこそ、把握できたと言える。


 さらにダットは、自分の見解も述べる。

「クロノスを中破させ、ワイらも生き残っとる。

それが、さっきの『想定内』という言葉の示すところやないかな。

自身でのクロノス撃破は諦めたかもしれへんけど、その布石は打てたはずや。

どうやら、『対抗手段』もあるらしいしな」


 

「じゃあ、絶対に私がクロノスを沈めます!

母さんが繋いでくれたチャンス、無駄にするわけにはいきません」

 セラも十分に理解できたらしく、決意を語った。

 両手をグーにして、ヤル気を示している。


 それを微笑ましくダットは眺め。

「ワイも……手伝うわ。

あいつにリベンジできるなら。リゼはんに顔向けできるなら――。

もう一度、立ち上がってもええ」

 同調するように、首を振った。


「まあ、こんな体やから、本当に立つのはムリなんやけどな!」

 おまけに、自虐的なオチまでつけてきた。


 セラは反応に困り、空笑いをする。




 話が一段落したのを知ってか知らずか、ドアからレイリーが入室してくる。


 彼女は持っていたトレーをテーブルに置き、聞いた。

「お茶をお持ち致しました。

こちらに用意させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 『これからの事』を話すには、丁度良いタイミング。

 3人で茶会をしながら、語り合うことにした。


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