横断歩道はない。パラレルワールドはある。そして恋人の思いは無かったことに。

ムーゴット

第一話 天国のお父さんへ

見通しの良い、片側一車線の幹線道路。

渋滞するほどではないが、多くの車が流れていく。

しばらく信号交差点がない区間で、

制限速度よりもちょっと速い速度で流れている。

天気は快晴。

遠くの山々もクッキリと見える。

田んぼの稲も青々と伸びている。

夏、真っ盛りだ。


「気持ちいい。出掛けてきてよかった。」


ロングのストレートヘアが似合う女子大生、

朋皐ともおか 由希ゆきが運転する車は、

流れに乗って快走していく。


「父さん、ついに免許取ったよ。」

「父さんのタイプR、ちょっと心配だったけど、

今朝はなんとかエンジンかかったよ。」

「ブースターケーブル繋いで、母さんに手伝ってもらったけどね。」


昨年、由希の父親はロードバイクで走行中に、

無謀運転の車に突っ込まれて亡くなっていたのだった。


この車と一緒なら、亡き父と話ができる気がしていた。

「もっと気難しい車かと思っていたけど、

こんなに優しい車だったんだね、父さん。」


少し先の信号が黄色に変わる。

スムーズなブレーキを心がけながら、

徐々に減速。

信号は赤に。

クラッチを切って、

ギヤをニュートラルに。

交差点の停止線手前、先頭で停車。

カコカコッとシフトレバーの遊びを確認しつつ、ローギヤへ。

青信号を確認して、ゆっくりスタート。

加速につれてシフトアップ。


「やっぱりマニュアルだよね。父さん。」

「車を運転しているって感じ。」

「大学、これで通えたらいいのにな。」

「母さんは心配性なんだよね。安全運転するのにね。」


由希ゆきのタイプRが先頭で、一塊の車列が進んでいく。

スピードメーターに目を落とすと、

おおまかに55km/hと読める。

制限速度よりも5キロオーバーで、そのままのペースを維持していく。


「この先にオービスがあるんだよ。」

「あの道は混むから、ちょっと遠回りでもこっちがいいんだよ。」

「普段のブレーキは、赤ちゃんを乗せているつもりで、優しくスムーズにね。」

「道を譲ってもらったら、ハザードランプを2回点滅、ありがとうの合図だよ。」


父親の言葉を思い出すと、涙が溢れてきた。

視界を妨げない様に、手の甲で拭う。





遠くまで見通せる、直線道路。

前方に信号のない交差点があり、

左から右へ道路を渡りたそうな親子の自転車に気がついた。

横断歩道はないし、道幅からしてこちらが優先だ。

だが、対向車線は、ちょうど車の流れが途切れている。


「もう少し先に行けば、押しボタン信号があるのだよ。

でも私は優しいから。」


スマートに親子の手前で停車。

親子に腕を伸ばして、合図を送る。

「どーぉぞーー。」

小学2年生かな、3年生かな、

小さな男の子がちょこんと頭を下げて、横断開始。

父親も小さく手をあげて、感謝のサインで後に続く。






男は、少しイライラしながらハンドルを握っていた。

仕事でミスをして、その対応で急いで現場に向かうところだった。

車列は流れていたが、満足できる速度ではなかった。

「制限速度プラス15キロだよ。この道の常識は。」


前を行く車が、黄色信号に余裕を持って減速、赤信号で停車した。


「オイオイ、今のは行けたぞ、判断が悪いな。

そんな止まり方したら、後ろから突っ込まれても文句言えないぞ。」

「あっ、なんだよ若葉マークかよ。新人さんかよ。」


青信号で再スタート。

「若葉ちゃん、慎重すぎ。怖いなら先に行かせろ。」

「こいつ邪魔!どっかで曲がってくれないかな。」

「俺でよかったよ、あおったりはしないからな。」


「あれ、ここで止まるの!?」

初心者マークの前車はゆっくりと停車。


「オイ、止まるならもっと左に寄せろ。ヘタクソ!」

直感的に右急ハンドルで反対車線へ出る。


「ここで追い越すね、さよなら若葉ちゃん。」

男はアクセルを深く踏み込み、急加速する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る