第3話 食堂店




「おい。香葉かよ。何を店の扉の前で突っ立ってんでい。お客さんの邪魔になるじゃねえか。って。おめえは。香葉の同級生、か?」


 砂原さはらの笑みを受けて氷漬けになり、物言えぬ存在と成り果ててしまった香葉に声をかけた父親の牧田電蔵まきたでんぞうは、厨房から出て来ては短ランを着ている砂原、の、頭に乗っている真っ赤な竜の子どもに釘付けになった。


「これ。ハンカチ。持って来た」


 香葉も電蔵も無言で突っ立ったままなので、砂原は再度ここに来た理由を告げては、香葉にハンカチを差し出した。


「お。おう。わざわざありがとうな」


 電蔵はぎこちない動きで香葉の代わりにハンカチを砂原から受け取っては、礼に好きなのを一個奢ってやるぜと、目を爛々に輝かせながら声を弾ませながら言った。


 その日に手に入れた食材とその日の気分によって、メニューがころころと変わる食堂店。

 本日の三つのメニューが書かれた習字紙が、店内の壁に張られていた。

 鮭、キャベツ、タマネギ、ニンジン、ピーマン、ミカンのホイル焼き定食。

 鶏肉と鶏卵の親子丼定食。

 鮭、キャベツ、ニンニク、ニラ、ちりめんじゃこの餃子定食。


「餃子定食」

「そ、そそそそその竜の子どもは何でも食べるのか?」

「ああ。何でも食う」

「そ。そうか。よおし。なら、俺がたあんと用意してやっから待ってろよ。おい。香葉。いつまで無言で突っ立ってんだ。本物の竜に感激して微動だにできないのは、よおっく分かるがな。お客さんを待たせんじゃねえ。ほら。案内しろい」


 電蔵に背中を思いっきり叩かれては、砂原に突進するが如く身体をぶつけてしまった香葉。背中が痛い、両の二の腕が強く掴まれている感触がする、頭上に生温かくも強い風が吹きかけられている、と、ぼんやりと思いながら、徐々に覚醒。した瞬間。


 吐息がかかるほどに砂原と接近している現状に。

 砂原に両腕を掴まれている現状に。

 真っ赤な竜の子どもが食いつかんばかりに口を頭上に近づけている現状に。


 再び凍りつきそうになるも電蔵に叩かれた背中の痛みを頼りに無表情になりながら、香葉は砂原を席に案内したのであった。


(………うちも、砂原にたかられるんだ)


 学校で砂原があらゆる人に食べ物をたかる数々の場面が怒涛の如く頭を過り、香葉は半泣きになりそうになってしまった。











(2024.11.30)



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