一人暮らし

第1話

 俺、20代半ば、実家を離れて一人暮らしを始めた。と言っても実家との距離は車で約20分程度。

 田舎だから賃貸でも町内会があるし、ゴミ処理場も小さいからゴミの分別もかなり細かくて面倒だ。

 実家では当たり前に全ての家事を母親がこなしていたので何不自由なく呑気に暮らしてきたが、一人暮らしだと自分でなんでもやらなくちゃいけないのが大変だと気付き始めた。


 俺には二つ離れた兄がいる。昔から兄よりも俺の方が可愛いと親戚や近所の人達からちやほやされ甘やかされてきた。

 親曰く、男の子にしては顔が凄く可愛かったらしく、人見知りで母親っ子でいつもくっ付いている、そんな子供だったらしい。

 歳をしてからの子供で尚更可愛がっていたのだろうと思うが、俺の母親はちょっと過保護過ぎるところがある。時々うんざりする程だ。


 休日に実家へ顔を出しに行った時、会社や給料の事、一人暮らしで困っていることはないのか、家を出る時にガスのチェックをしてきたのか、戸締りは大丈夫かと散々根掘り葉掘り聞かれてうんざりしたので、居間で睡眠を取ると言って会話を中断した。

 台所に居た母親を横目に部屋を移動して居間で大の字に寝転がった。

 「かあちゃん、俺が出て行ってから心配性が加速してんな」

 あれやこれやと頭を働かせる事はボケ防止にもなってまぁいいかと楽観的に考える事にした。そして俺は眠りに落ちた…


 ガチャガチャ、ガサガサと音が聞こえ目が覚めた。

 気付いたら4時間くらい眠っていた様で、時計を見るとすっかり夕方になっていた。

 「寝過ぎたな‥」頭を掻きながら、トイレへ立った。

 用を足し、手を洗って台所へ向かうと、母親が買い物から帰ってきたところだった。

 「あんたが寝てる間に買い物行ってきちゃった。今晩は盛大にすき焼きでもやろうと思って」

 テーブルに広げられた食材に目を通すと春菊、白滝、車麩、焼き豆腐、ネギ、きのこ類、そして霜降りの牛肉。どうやら奮発した様だ。

 「わざわざいいのに、もったいねぇ」

 「一人で頑張ってるんだから、ご褒美だと思えばいいじゃない。それに自炊してるって言ったってろくなもん食べてないでしょ」

 俺はギクリとした。さすが母親。全てお見通しだ。


 そんなこんなで晩ご飯のすき焼きを帰宅した父、兄と家族みんなで食べ、風呂も入って自分の家へ帰宅した。

 実家を出る前に「家に着いたらちゃんと連絡してね!近いとは言え心配だから!」と母親に言われ、どんだけ心配性なんだと白目になりそうになった。


 「ただいま。ふぅ。やっぱり一人だと静かだなぁ」

家に着き、帰宅を知らせても返事の返ってこない部屋へポツリと呟いた。

 「あぁ‥そうだった。」俺はケータイを取り出して母親へ連絡する。

 『帰宅』それだけを手短に送ると素早く寝巻きに着替え、布団に入った。すると、間も無く返事が来た。



 『了解。戸締り、ガス、ちゃんと確認してね。寝坊しない様に目覚ましもしっかりかけて。おやすみ。』

 ‥またかよ。うんざりしながらケータイを伏せ、そして眠りについた。






 アラームの音で目が覚めた。着替えて身なりを整え、歯と顔を洗って会社へ行く。

 最近会社に行くのが楽しい。と言うのも彼女が出来たからだ。

 彼女は俺と同期で仕事が出来てテキパキしているけど、話してみるとどこかちょっと抜けている。そんな一面を知って可愛いと思ったのをきっかけにどんどん惹かれて行った。

 仕事でも彼女が困っていそうなら直ぐに手を差し伸べ、常に関わるチャンスを伺った。そんな甲斐あって彼女の方も俺に好意を寄せ始め、数週間前に俺から告白して付き合い始めた。

 一人暮らしを始めたのも彼女がきっかけだ。

 いつまでも実家暮らしなんて自立していないと思われ格好がつかないし、家に呼んであれやこれやもゆっくり出来ない。…下心ばかりではないが。後々は同棲だってしたい。結婚への第一歩だ。

 最近では同級生の結婚や出産の報告をSNSで良く見かける様になった。そりゃ多少は焦る。周りに置いていかれると。

 母親からもいい人は居ないのかとなんとなく様子を伺ってくる事が増えたが、彼女が居ることはまだ秘密にしている。また根掘り葉掘り聞かれてうんざりするから。教えるのは家族に紹介する時でいいかと考えている。


 仕事が終わり、彼女と会社を出る。

 「お腹すいちゃったね!何食べたい?なんでも作るよ!」

 彼女は張り切っている。これから俺の家で彼女が手料理を振る舞ってくれるそうだ。

 「うーん‥カレーが食べたいかなぁ」

 「そんな簡単な料理でいいの?じゃあサラダも作ったほうが彩りあって映えるね!」

 「映えるってなんだよ。インスタグラマーかよ」

ケラケラ笑いながら買い物をして家路についた。


 鍵を開けて家に入った瞬間、俺は違和感を覚えた。

 「ん?なんか朝とは違う様な…気のせいか」

 なんとなくいつもと違う雰囲気を感じつつ、彼女を家へ入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る