陰キャオタクが最強の魔剣士になる〜満身創痍な少女を助けたら溺愛された〜

黒鐵桜雅

1話 血まみれな少女と異形なるもの


 西に傾いた輝く太陽が黄金色に照らされる時間帯。


 街の一角から爆発音が何発も聞こえてくる。しかし、砂埃が少し発生するだけで、街からは大きな損傷は確認できない。大きな破裂音や地響きが発生しているにも関わらず、街の人々は何事も無かったかのように日常をすごしている。

 それは少女が張った結界が外に音や視界を遮断する効果があるからだ。傍から見れば綺麗なコンクリートにレンガ造りの建物がそびえ立つただの裏路地だ。


 結界を張った少女は3匹(?)の異形なるものに対して剣を構えて戦っている。3匹とも丸美を帯びた白い身体に、猫のような耳とまん丸の黒い目、そして大きく開いたギザギザの口がある。口の中は異空間にでも繋がっているのか、黒と濃い紫色が渦巻いているのがわかる。

 対する少女は水色の髪をボブに留め、白と青で縫われたコートとブーツに太ももが半分くらいの長さで外側は白で内側が薄水色のプリーツスカートを身にまとっている。


 少女は左手を検に添えて集中する。


「魔力展開、────光剣」


 少女は正面から一気に異形なるものへと駆け出すと共に、手に持つ剣を白く輝かせて3匹の異形なるものに切りかかる。しかし、少女の攻撃を察知して3匹は各々別方向にジャンプして交わす。ある1匹は少女の頭上にジャンプし、大きな口をさらにこじ開けて頭上から少女を丸呑みしようとした。少女は咄嗟にバックステップをして攻撃を交わす。しかし、後ろに控えていたもう1匹に体当たりされ、少女のバランスが崩れて尻もちをつく。


 このチャンスを逃すまいと、最後の1匹が続けて少女に向かって大きな口を開けながら突進する。しかし、突進を察知した少女は全身の周りに光の壁を作り出して突進を免れる。光の壁に激突した異形なるものは顔に火傷のような跡がついていた。どうやら異形なるものは強い光に弱いようだ。


 体制を整えてから光の壁を解除して、すぐさま異形なるものに追撃を行う。


「魔力てんかっ!」


 少女が魔法の詠唱を始めたと同時に、地面から新たな異形なるものが現れ、少女の左腕を丸呑みしてしまった。


「あああああああああああっっっっっっっっっ!」


 刹那、少女は悲痛な叫びをあげる。綺麗に切断された左腕は存在せず、肩から大量に出血している。そんな少女の悲鳴を気にせず、残りの異形なるものが続けて少女に体当たりをし、少女は建物の壁に叩きつけられる。その場に砂煙が舞うと共に左腕を失った部位からは大量の血が地面に垂れる。少女は膝を曲げ、左肩と壁に叩きつけられた背中の痛みに耐えている。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!


 異形なるものは少女の隙を逃すことはなく、4匹一斉に少女を捕食するため飛びかかる。少女は異形なるものの姿を見て確信する。


 駄目だ、これ以上は戦えない。わたし────死ぬんだ。誰にも助けられず、得体の知れない化け物に食われて、この世を去る。


 死が目の前にやってくると全身に冷や汗が滲みだし、増援が来る気配もなく、もう助からないという現実から絶望感が押し寄せてくる。


 皆が思い描く"いい人生"とは程遠いが、悪くない人生だった。わたしは────世界の役に────立てただろうか。

 その瞬間、少女は目を閉じて捕食の対象とし受け入れた。




 4月の春風が心地よく感じる今日は、永星高等学校の始業式がある。高らかに鳴り響く目覚まし時計を止めるため、重い体を起こして止める。窓のカーテンを開くと部屋に差し込む朝日は心温かくて気持ちが良い。


 今日もいい天気だ、制服に着替えないと。


 部屋のクローゼットから永星高校の制服とシャツを取り出して着替える。永星高校の制服はスーツのように黒が基調でブレザーの左胸には四神獣も朱雀が描かれている。永星高校は偏差値60とやや高いが授業内容は普通の学校と同じだ。


 今日は始業式だけで授業がないため、午前中に帰ることが出来る。そうだ、帰りに本屋に行って今月の新刊ラノベを買いに行こう。1人でライトノベルを買って、物語の世界に入り込むのが唯一の楽しみだ。


 何を隠そうこの俺、近藤達生こんどうたつきはライトノベルマニアなのだ!平成時代の《涼影ハルミの憂鬱》から《ソードナイト・インライン》まで履修済みだ。もちろん、令和になった今もライトノベルを読破している。


 制服に着替えて外に出るとまだ寒さが残っている冷たい空気が頬を撫でる。寒い────。憂鬱な月曜日とは裏腹に、新刊の楽しみがあるため、学校に行きたくない抵抗感からやってくる重い足も軽い足取りになる。


 自宅から15分かけて長い商店街をぬけ、さらに10分ほど大通りを歩くと永星高校がある。決して近いからという理由で志望した訳では無い。永星高校には特殊な制度があり、特定の資格を取得すると専門職に視点を当てた特進コースが用意される。


 例えば、ベーシック情報試験とジャパ言語の資格を取得すれば、エンジニアの授業が開講される。特に夢がない人にとっては数多な選択肢が用意されている。特進コースを受講すれば将来の就職も容易に突破できてしまいうため、イージー人生製造機と呼ばれている。一方、俺みたいにのほほんと何も考えず趣味に没頭する奴もいる。こんな人間にみんなはなるなよ、後悔するぞ。


 授業のカリキュラムに不満がある訳では無いが、少し刺激が足りない。いきなりこの世のものとは思えない龍や悪魔、裏社会の組織が学校に攻めてきて俺が死戦をくぐりぬけながらみんなを守るというシチュエーションを夢見ている。だが、現実は平常運転で、龍も悪魔も、裏社会の組織もこの世に存在しない。実に平和そのものである。


「達生、おはよう!」


 街の商店街を歩いていると、後ろから元気で活気のある女の子の声に呼び止められる。後ろを振り返ると、同じ永星高校のブレザーに、黒の布に赤線のチェック柄が入ったスカートを身にまとった女の子が2人立っていた。


 彼女たちは幼馴染で、俺と同じ永星高校に通う同級生だ。俺に挨拶してきた鈴木柚香すずきゆずかは髪を胸のラインまで伸ばし、前髪にはオレンジ色のピンがつけられている。そんな柚香の後ろに隠れるように立っている鬼城きじょうさくらは肩にかからないほどのセミロングで、目が隠れてしまうほどに前髪を伸ばしている。さくらは人見知りで人前に立って話すのが苦手だ。


「おはよう、柚香とさくら」


 俺は2人に挨拶すると、さくらも続けて震えた声で挨拶する。

 

「お、おはよう、ございます。達生くん」

「うん、おはよう」


 俺は怖がらせないように優しく微笑みながら暖かい声で挨拶する。すると、ため息混じりで柚香がちょっかいをかけてくる。


「あんた顔怖いよ、変に笑うのやめな」

「おいおい、渾身の無害アンド優しさアピールの笑顔百点満点だったじゃないか!」

「いや、不審者バリに顔引き攣ってて怖いよ」


 馬鹿な、俺が編み出した自分無害だから悪いスラ〇ムじゃないよ笑顔が怖いだと?こんなにキュートな笑顔なのに。くそ、一般人にはわかるまい。


 そんなやり取りを見たさくらはクスクスと上品に笑っている。いやだこの子可愛い。

 さくらは大手IT企業の社長令嬢でありながら、名門では無い永星高校に通っている。やはり、極度の人見知りが影響しているのか、幼馴染が通う高校を志望したとのことだ。それでいてさくらの成績は学年トップ以上に、全国模試一位を維持している。秀才とはこの子のことを言うんだな。


 ふとそんな事を思っていると、柚香からまたちょっかいが入る。


「変な目でさくらのこと見すぎ」

「ちっげーし、可愛いから見てただけだし!」

「小学生男子かよ。しかも本音漏れてるし、やっぱり邪な目で見ているんじゃん」


 やっべ、つい口が滑ったし、柚香の当たりが強い。それに、どこかさくらも顔を俯いている。傷つけてしまったか。


「すまん。傷つけようとは思っていなかったんだ、悪かった」

「達生くん!だ、大丈夫、だよ。謝らないで」

「さくらは達生に甘いのよ、もっとガツンと厳しく言っていいのよ」

「そういうんじゃ……」


 さくらは否定しようと柚香に攻め入るが、柚香は俺にフォーカスが当たっているため聞いていない。柚香よ、友人の声は聞いてやれよ。


 そんなやり取りをしていると、気づいたら永星高校にたどり着いた。白とベージュで彩られた学校は毎日の清掃で清潔を保っていた。校門は二箇所あり、東側と西側に位置する。俺らは東側からの登校だ。

 億劫なのが、東校門から構内までに並木道がある事だ。これも歩くと5分とかかるので、実質登校時間は30分になる。


「相変わらず長いよね、ここの並木道」

「帰ってアニメ見たい」


 柚香は、またアニメの話か。と呆れた顔をしているが、気にしない。


 俺はライトノベルだけでなく、アニメもいける口だ。近年、声優の演技はまるで視聴者をアニメの世界に没入するかのような魅力がある、大変素晴らしい作品が量産されている。


「達生くんが、前にオススメしてくれた、アニメ、見た」

「お!ついにさくらも《ストーリー》シリーズを履修したか」

「うん。ミステリアスかつ迫力のある描写が素晴らしかった。それに表現方法も多種多様で────」


 さくらが饒舌に話す。彼女は趣味や自分の好きなことは積極的に会話をする子だ。それを普段の会話にも出来たらな。


「ご、ごめんなさい。私だけ、喋ってて」

「いやいや、もっと喋りなさい。どんどん喋って欲しいお願いします」


 んー、寧ろ普段あまり喋らないから今くらい自分をさらけだして欲しいと思う。


「お前ら、いつも仲良いよな」


いつの間にか学校の昇降口に着いていた。声をかけたのは1年のときに同じクラスだった加藤樹かとういつきがいた。


「おはよう樹。なんだそれ」

「ラブレターだよ、靴箱に入っていた」


 樹は手に持っている封筒1枚をペラペラとして見せた。樹はサッカー部のエースで大変女子に人気だ。このラブレターという今のインターネット社会からは少し時代遅れな気もするが、やはり女子のロマンなのだろう。


「おはよう樹くん。ところで中身は見たの?」

「見たよ、放課後に体育館裏に来て欲しいだってさ」

「なにそれ!とてもロマンチック」


 柚香が興奮してさらに続ける。

 

「それで、答えは決まっているの?お互いに面識はある?寧ろ一緒に行っていい、フヘヘヘ」

「達生、この子怖い!」


 わかる、怖いよな。恋愛脳の女子はオタクの天敵だ。ちなみに樹もサッカー部エースという陽キャを演じているが、立派なアニメオタクだ。俺がアニメを見るようになったのは樹の影響でもある。


 俺たちは不審者(柚香)を放って教室へ行く。いつも樹のラブレターの話になると、柚香は自分の世界に入ってあることないことを妄想しているので、放っていて良いのだ。さくらも承認済みだ、女子の友情は薄いな。


 俺達は新しい教室である2年4組に移動し自分の席に座った。樹と柚香、さくらも同じクラスだった。偶然このクラスにはカ行の人が俺と樹とさくらだけのようだ。その影響もあって、3人並んで座っている。さくらの前が樹というのがかなり不安だ。さくら、後ろに俺がいるからなにかされたら助けを求めるんだぞ。


 予鈴が鳴りクラスに先生が入ってくる。さすが大人と言うべきか、凛々しい佇まいでスーツを着こなした女教師が立っている。


 「みんなおはよう、今日から1年間2年4組の担当となった竜胆明里りんどうあかりだ。どうぞよろしく。」


 先生は挨拶が終わると、始業式の誘導へと移る。始業式はいつも通り校長先生の話が長く退屈な時間だった。みんなも朝一番に聞かされる校長の長話は右耳から左耳へと聞き流していて、あくびをしている生徒もいる。当然、真剣に校長の言葉を一語一句真剣に聞く人は先生を除いていないよな。


 長く感じる始業式も終えて、クラスに戻って竜胆先生が事務連絡をする。進路がどうとかイベントがどうとか話しているが、俺はライトノベルとアニメさえあれば問題ない。


 ホームルームが終わって、俺は早速西校門側にある本屋へ行こうとする。しかし、柚香に呼び止められる。


「ちょっと達生どこ行くの?さくらとあたしの買い物に付き合ってよ」

「悪い、今日は新刊が入る日だからお先に」


 踵を返してそそくさと本屋へと向かう。柚香め、今日が新刊日だということを事前にチェックしていたな。俺が新刊日をどれほど楽しみにしているか、幼馴染なのにまだ分からないようだ。


 本屋で目当ての新刊を一冊ずつ購入して外へ出る。長時間新刊を物色していたからか、いつの間にか夕方の時刻になっていた。


 まじか、時間が経つの早過ぎないか。どおりでお腹が空いたわけだ。


 ここから自宅まではかなりの距離がある。一刻も早く新刊を読みたいが、ベッドで横になりながら読むライトノベルは至福だ。


 より帰宅時間が短縮される道を選んだ俺は、普段は利用しない人気のない裏路地へと足を踏み入れる。しばらく奥へ進んでいくと、何やら血なまぐさい匂いが鼻をつつく。


 ────臭い、いつもはこんな匂いしないのに。野良猫でも死んでいるのか?


 あまり気にもとめていなかった俺は、裏路地の奥へと突き進んでいく。だが、どこか寒気がする。世界がまるで静止したかのような、物音一つしない。車の走る音が聞こえてきてもおかしくないと思うが。


 ふとそんなことを考えていると、十字路に着いた。俺はすぐさま右に曲がって裏路地を抜けようとしたその時、見慣れない少女が白猫に襲われているのを目撃した。よく見ると、少女の左腕は存在せず、肩から血液がドバドバと流出している。


 血なまぐさいのは彼女か。それにあの白猫はなんだ?足や胴体もないし、口がギザギザで歪だ。到底猫とは呼べない。


 冷静な分析をしていると、白猫のようなものは少女に向かって大きな口を開けて突進する。


 まずい、この子動かない!化け物に食われる!


 俺は流石に殺気を感じて偶然床に転がっていたバットを拾い上げて、化け物に目掛けて殴り掛かる。あたる感触はあり、正面を見ると一匹が吹き飛ばされていた。


 こいつ弱いな……。いやそんなことより。


「おい、大丈夫か。酷い怪我だぞ!」

「あなた……は……どうして……ここに」

「いやいや、あの得たのしれないやつを説明してくれ。それより、動けないんだよな、ちょっとその剣借りるぞ」


 俺はキョトン顔になっている少女から剣を借り取り、再び化け物と対峙する。相手は4匹、もしかしたらまだ数匹隠れている可能性もあるよな。慎重に事を進めよう。


「待って……ください。ただの人が……勝てるような……奴らでは」

「満身創痍な君が勝てないなら一生こいつらに勝てる人間は出てこないな」


 荒く呼吸をしながらこちらを見つめる彼女は、全身が血まみれで痛々しい様子だ。彼女の容姿からおそらく、彼女の方が戦闘経験はあるだろう。そんな彼女が敗れれば、俺も戦えば彼女のように負傷するだろう。でも、目の前で殺されそうになっている人がいたら、助けないと。


 俺は全速力で化け物たちに剣を振るう。すると、衝撃波のような振動が化け物に襲いかかる。2匹はこちらを伺っていたため、ジャンプで避けられた。しかし、その後ろで先ほどバットで突き飛ばされた化け物の様子を見ていた1匹に直撃して消失した。


「消えた!そんなのありかよ、どこ行ったんだ?」

「倒し……た」


 後ろで座り込んでいた彼女の小声が聞こえてくる。


 あ、倒したんだ。こんなにあっさり倒れられると実感がわかない。それでも、続けて戦わないと。


 俺はそのままぶっ倒れている化け物に剣を突き刺してとどめを刺す。残りは2匹。俺と少女に挟まれている形となっている。

 化け物は仲間がやられたからか、酷く威嚇している。痺れを切らしたのか、1匹がこちらに向かって大きく口を開けながら走り出した。俺は空かさず戦闘態勢に切り替え、向かってくる化け物の頭にめがけて光る剣を振り下ろす。ぐにゃっとした感触はあったが、後ろを振り返ると、煙のように化け物は消失していた。


 残りの1匹を倒しに行こうとした瞬間、光の空間に包まれた。しばらくすると視界が開けて、先程と変わりない裏路地が見えた。目の前には先程まで座り込んでいた彼女が立っている。


 しかし、達生は違和感を感じた。先程まで全身血まみれで左腕を失っていた彼女は、綺麗清潔そのもので、左腕も元通りになっていた。

 達生からの視線に気づいたのか、少女はこちらを見て首を傾げる。


「どうかしましたか?」


 彼女の疑問は、達生を更に混乱へと誘う。いかにも腕は何本でも生えてくると言わんばかりに当たり前のような顔をしている少女にどう接すれば良いかのか分からない。


「おい嘘だろ、平然と腕が直っているし、どういうこと?」

「治癒魔法です。命を落とさない限り、どんな傷も治せます」


 そうなんだ、それ使っていれば俺が戦う必要はなかったのでは?


 ふとそんな事を考えていると、少女からある要望を言われる。


「この後、時間を作ってください。あなたには少々事情聴取をさせていただきます」


 事情聴取ってなんすか?一体この子に何を聞かれるんだ?もしかして、勝手なことをしたからか……。いやだ、おうちに帰ってライトノベル読みたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰キャオタクが最強の魔剣士になる〜満身創痍な少女を助けたら溺愛された〜 黒鐵桜雅 @koritukun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る