#20
選手たちの控えエリアでは、まだ顧問である体育教師による話が続いていた。
「よし、じゃあ休憩!」
顧問の号令で男子たちが解散していく。風に乗って男子たちから放たれるむわっとした臭いに、思わず顔をしかめたくなるが、夏澄は表情を変えず内海を見つめていた。
「大貴、お疲れ様。すっごくかっこよかったよ」
「来てくれてサンキューな、夏澄。ピッチからも見えてたぜ。清瀬もな」
「お疲れ内海、まぁ、すごかったんじゃない?」
ちらっとこっちを見た内海に、社交辞令みたいな言葉を交わす。
「ほんとすごかったよ、大貴! 一点目のシュート、すっごくかっこよかった!」
「だろ? あんなの相手のDFがスカスカだから簡単だって。まぁ、決めた俺が一番すごいけどな」
内海は笑いながら、仲間がいるベンチの方へ視線を向ける。そこではまだ何人かの部員たちがタオルで汗を拭いながら、彼の話題で盛り上がっているようだった。内海はその様子に軽く顎をしゃくる。
「お前ら、見てたか? 俺の活躍、ハットトリックだぜ? しかも開始2分でゴールとか、まぁ、俺くらいになると当然だけどな」
「すごいね! やっぱり大貴は特別だよ」
夏澄が嬉しそうに手を叩く。その無邪気な笑顔を見て、私はまた心の中がざわつく。どうして、こんな言葉で笑えるのだろう。
「まぁな。お前らも来てくれたし、いいとこ見せられて良かったわ」
内海がふっと私を見る。視線が一瞬絡むが、すぐに興味を失ったように逸らされる。相変わらず、私なんて最初から視界に入っていないのだろう。
「ねぇ、大貴。これ……試合、お疲れさまって思って……」
夏澄が両手でお弁当の包みを差し出す。その手は少し震えていて、彼女がどれだけこの瞬間に思いを込めているかが痛いほど伝わる。
けれど、内海はその包みを見た途端、一瞬表情を曇らせた。
「ああ……それ、夏澄が作ったやつ?」
「うん! 早起きして頑張ったんだよ。今日、絶対渡そうって決めてたから……」
夏澄は笑顔を向ける。けれど、その笑顔がどこか空回りしているように見えた。
夏澄は嬉しそうに包みを差し出す。その手は小さく震えていて、まるで精一杯の勇気を込めた贈り物みたいに見えた。
だが、内海はその包みを見た瞬間、顔をしかめて鼻を鳴らす。
「いや、手作り弁当ってなあ……」
「えっ……」
「こんな時期に手作りとか、傷むだろ。俺が腹下して試合出られなくなったらどうすんだよ? 今日の相手にだって負けるぞ?」
一瞬、時間が止まる。私も、夏澄も、声を失った。
「だ、大丈夫だよ! ちゃんと傷まないように工夫して――」
「無理だって。こんな暑いのに朝から持ち歩いてんだろ? 自己満足で作るのはいいけどさ、俺に迷惑かけんなよ。俺は適当にコンビニ行ってなんか買ってくるわ」
「迷惑って……そんなつもりじゃ……」
夏澄の声が、だんだんと小さくなっていく。あれほど晴れやかだった顔が、急速に曇っていくのが分かった。それでも夏澄は笑おうとしている。平気なふりをしようとしている。でも、無理だ。私だって、平静じゃいられない。振り向いた内海の肩を引っ張り、再びこちらを向かせる。
「アンタねぇ! 夏澄がどれだけ頑張ったか分かってる? 見てよ、この指!」
私は夏澄の手を取り、内海に向かって差し出した。いくつもの絆創膏が巻かれている。彼女がどれだけ不器用で、どれだけ一生懸命作ったのか、その証だった。
「そんなの、作るんだったら先に言ってくれれば良かっただけの話だろ」
内海の無遠慮な返答が、私の中の怒りにさらに油を注ぐ。
「先に言えば良かった? アンタがそんなことを言っていいと思ってるの? 夏澄がどんな気持ちで――」
「彩奈、もういいよ」
夏澄の静かな声が、私の言葉を遮った。
「でも……!」
「いいの……私が勝手に作ったわけだし、大貴の言い分も分かるよ。大貴はチームに欠かせないエースだから……」
「夏澄は悪くない!」
大きな声を出す私に、他のサッカー部たちも視線をこちらに向けてくる。
「大丈夫だから。本当に、大丈夫」
夏澄は私の腕をそっと引いた。その手の震えに、私はそれ以上言葉を続けられなかった。
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