#3
「ただいまぁ」
家のドアを開け、意識的に明るく声を張る。夏澄の悩みを聞き終わった後の心のざわめきが、静かになった家の中に響いているような気がした。家族はまだ帰っていないようで、ほっとする一方で、孤独感が胸に迫った。
リビングに入る前に洗面所で手洗いうがいを済ませ、昨夜のうちに洗っておいたお風呂の栓がしてあるか確認して給湯のボタンを押す。
「夏澄、内海と別れる気はないのかな……」
冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注ぐ。
その思いが頭から離れない。夏澄が不安に思うくらいなら、付き合うなんてやめちゃえばいいんだ。……夏澄と内海は去年、同じクラスだった。相沢と内海で席が近かった二人は学習班が一緒で、そこから少しずつ話すようになったらしい。
どうして去年は別々のクラスだったんだろうか。私が内海のことを知ったのは、告白されたから付き合うことにしたと夏澄から報告を受けたときだった。もっと前から知っていれば、二人が親密になるのを事前に妨げることだってできたのに……。
去年の文化祭、夏澄は内海と一緒に私のクラスの模擬店に来た。高校生になって初めての文化祭、私が誰よりも先に夏澄と回りたかったのに。あの笑顔は私に向けられるべきだったのに。あの時の無力感は、忘れたくても忘れられない。
麦茶をぐっと飲み干す。
あっちから告白してきたくせに、私から夏澄を奪ったくせに、夏澄を放っておくくらいなら、付き合う必要なんてないじゃないか。別れた方が夏澄のためになるんじゃないか、夏澄にとっても幸せなんじゃないかと考えてしまった。
いや、幸せなのは彼女だけじゃない。もしも彼女がフリーになれば、自分にも可能性があるかもしれない……そんな気持ちが、どんどん膨らんでいくのを感じていた。もし、別れてすぐは悲しむとしても、その悲しみは私が押し去ってしまえばいい。
私はスマートフォンを手に取った。夏澄の笑顔が浮かぶプロフィール画像を見つめ……やっぱり画面を閉じた。
「無理だ……無理だよ……」
気持ちの整理がつかないのはいつものことだったが、今日のもやもやは特にひどい。
「内海さえいなければ……」
口に出した瞬間、自分がひどく冷たいことを考えているようで、嫌悪感がこみ上げてくる。幼馴染として、親友として、夏澄を支えるべきなのに、どうしてもこの思いが捨てきれない。
握っていたグラスはとっくに空だった。
窓の外は夕焼けで、お風呂もじきに沸く。私はスクールバッグを拾って自分の部屋に向かった。
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