第33話 国府田くんはラーメンを食べに行く

 国府田は石井に詰め寄った。

「石井さんを守れなかったことがバレたら佐々木さんも危ないですよね。協力するしかないと思いますが」

「いや、そんな、無理やろ、どう考えても!」

 佐々木の意識はやっと現実に追いついたようだった。横たわる石井の父の傍に屈んで死亡を確認し、頭を抱えた。

「無理ではないと思います」

 国府田は部屋を見渡し、この後行うべき作業について計画を練り始めた。

「石井さんは今日、私を殺すつもりでした。当然、ここに来ることは誰にも話していないですよね?」

「……そん通りたい」

 佐々木は渋面で答えた。

「調書にサインさせるとが目的ちなっとったばってん、殺す気満々やったやろな。何があっても石井さんが疑われんようにせろち言われたけん、監視カメラば避けて連れてきとる。車も誰のか分からんやつや……俺たちがここにおることを、誰も知らん」

 佐々木は頭を抱え、長い溜め息をつく。

「ばってん、疑われるとば避けられん。石井さんが君に執着しとったのは有名な話やし、俺はこの件の担当として石井さんにこき使われとった。絶対に事情ば聞かるる。そん時、俺たちのアリバイはゼロや。隠しきれんぞ」

「私が証言します。この時間は佐々木さんと一緒にいて、話を聞いていただいていたと」

「それじゃ弱か。誰か第三者の証言が無かと、アリバイにはならんとよ」

 国府田は腕を組んだ。佐々木の言うことももっともだった。

「今何時ですか?」

 佐々木は怪訝な顔をしたが、すぐに腕時計を確認した。

「11時になったところや」

 まだ早い時間だった。国府田と同じように、石井の父もはやる気持ちを抑えられず、朝早くからの行動となっていたのだろう。

 国府田は思わず笑みを浮かべた。『作戦』が降りてきたのだ。

「今すぐ駅に行きましょう」

「駅でどうするとや」

「ジャンボラーメンを食べます」

「……なんて?」

 佐々木は目を見開いた。

「人が多い場所で、目立つことをするんです。多くの人が、私たちが繁華街にいたことを目撃するはずです」

「死体はどうするんや」

「一旦放置します。人が来ないのなら、少しの間だったら放置しても問題ないでしょう。ラーメンを食べ終わったら戻ってきて処理します。処理が終わったらまた繁華街に戻って、一日中いたように見せかけます」

「いや、待て待て、待ってくれ。それやったら結局、俺たちのアリバイには空白ができてしまうやんね。細かく調べられたら、犯行は可能やったちバレるばい」

「それは石井さんが殺されている前提で考えた時の話です」

 国府田自身が驚くほど、すらすらと言葉が出てきた。

「このアリバイは保険に過ぎません。確かに細かく調べられたら、私たちの行動には空白ができてしまいます。しかしそもそも、私たちは容疑者になるのでしょうか? 私が石井さんを殺す映像がネットに流出したりしない限り、普通に考えて、私を殺しに来た石井さんが逆に殺されてしまった可能性なんて考えないと思いますよ。ましてや、ラーメンを食べた後に死体処理に戻ったと勘付いたら変態でしょう。私たちは一応の説明ができれば十分なはずです」

 佐々木は眉間に指を当て、唸りながら考え込んでいる。国府田は言葉を重ねた。

「事情を知らない人たちは、石井さんがK市にいるとすら考えないはずです。家があるF市内から探すのが普通なのではないですか? しかも誰にも行方を告げず、突然いなくなっているんですから、事件ではない可能性だって十分にある。息子の件がニュースになった今なら尚更、一人で心を痛めた末に消えた可能性だって考慮されるはずです。そんな色々な可能性の中、K市の警察は、市内で殺されている可能性をわざわざ積極的に調べたがるでしょうか? そんなことが発覚したら大損なのに」

 佐々木はなお背中を丸めて思案していたが、やがて渋面のまま顔を上げた。

「がんなしか怖かばってん、他に俺が生き延びる選択肢は無かごたんな。石井さんを殺されてしもうた時点で、俺は詰んどる」

 佐々木は長い長い溜め息をついた。

「しょんなかけん、その博打に乗ることにするばい」

「ありがとうございます」

 国府田は頭を下げた。内心、安堵していた。佐々木刑事には散々酷い目にあわされたが、不思議と、彼を殺すのは避けたいと思っていた。自分の保身と利益に忠実すぎるところに、一周回った爽やかさを感じているのかもしれない。

「では早速行きましょう。運転をお願いしていいですか?」

「それはよかばってん、このまま行くとね?」

「急いだ方がいいと思います」

 国府田は会議室の外へ足を進めた。ぐちゃ、という聞き慣れない足音に違和感を覚えた。

 足跡が真っ赤になっている。

「あ」

 国府田は大口を開けてしまった。自分自身が血まみれなのを忘れていた。

 まただ。前回と同じ失敗をしてしまった。

「服は捨てるしかなかよ。俺のアパートが近かけん、そこで着替えば貸してやるたい。とりあえずここの便所の水道が生きとるけん、そこで流せるだけ流すばい」

 佐々木が追いついてきた。国府田の顔を不思議そうに覗く。

「どげんしたとね、そげん笑うて」

「いえ、私も成長しないなと思って」

 川屋の笑い声が聞こえてきた気がした。


 ジャンボラーメンは強敵だった。国府田の顔が3つは入りそうな巨大な丼が、麺と野菜で埋め尽くされていた。

 国府田は限界まで戦ったが、惜しくも敗退した。

 佐々木は熊のような体格に恥じない食欲を見せ、5分の余裕を残して完食した。歴代10位以内にランクインする快挙だったらしい。店内は拍手で溢れた。

 佐々木は国府田の代金を払ってくれた。約束を覚えていたらしい。

 その後、2人は廃工場に戻って石井の父の遺体を埋めた。佐々木がショベルカーを操作できたため、作業は迅速に進んだ。

 仕上げは血痕の掃除だ。佐々木は洗浄用の薬品を用意していた。元々は国府田の死体処理で使うつもりだったのだろう。薬品を床に巻いてからブラシでこすると、驚くほどすんなり洗い流されていった。

「新人の頃ば思い出すばい。この歳になっても床掃除っちゃねぇ」

 佐々木は腰を押さえながら笑った。

「すみません、巻き込んでしまって」

「いや、それを言うたら俺の方が酷かけん、何も言えんばい」

 佐々木は白くなっていく床を見つめた。

「それにな、俺は正直、スカッとしたとよ。あいつのことは心底好かんやったけんな」

 国府田は窓から見える山々を見上げた。雲間から陽が差し始め、木々が暖かく輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る