第30話 絵にも描けない美しさ
狐狸貂猫の七夕祭りは、「七夕合戦」の名の通り、大まかに二つの部で構成されている。
七夕の部分にあたる化け比べは地車を用いて、笹竹そのものや飾り細工に化けたり、幻術による景色の粉飾などをしたりして、如何に七夕飾りを煌びやかに見せられるかを競う。
一方、合戦にあたる化け比べは、そのままの飾りつけをしつつ、地車を思うままに雲野原を走らせて、他家の七夕飾りをどれだけ打ち壊すことが出来るかを競う。
つまりは最初の飾りつけに力や頭数を裂けば合戦が不利になり、合戦の方を意識すれば七夕飾りの方がみすぼらしくなってしまい評価されない。そのジレンマに上手く折り合いをつけて、準備しなければならない。
どう化けてどう地車を動かすかと言う差配の仕方、個々の化け術の技量、仲間同士での連携、飾りつけの美的感覚など、色々な要素が思慮されて評価される。そこまで苦労するのは勿論理由がある。他家よりも自分の一族が優れているという名誉の証明もそうだが、専ら皆の関心は風梨家から貰える金一封とご馳走の方にある。でなければ、どれほど気兼ねなく好き勝手に化けられると機会といえどもここまで白熱はしなかったであろう。
けれども今年は勝手が違う。
姫の婚礼の儀式のために合戦の部分は割愛しての開催となった。意義の申し立てはあったそうだが、結局は婚礼のお祝いに振る舞われるという御膳に心奪われ大多数の狐狸貂猫の賛同の結果、貞淑かつ厳格に執り行う事ことと相成った。
合戦の事を考えなくて済む分、全ての家が飾りつけに全身全霊で臨むことになる。普段と違う事をするから、海潮を紛れ込ませる機会も得られるというものだ。
後はほでなす共の実力を遺憾なく発揮するまでである。
◇
こんな上空だというのに、吹いてくる涼やかしい風には土の匂いが混じっている。その風が雲野原をあまねく覆うと、それに乗せるかのように御上座敷から太鼓の音が鳴り響いた。これが合図となり、狐狸貂猫の順で七夕化け比べが始まる。
雲野原の端から、先陣を切る荒井家から鬨の声が聞こえた。狐たちの喚声は、鳴き声というよりも音色と呼ぶ方がしっくりくるほどに澄んでいてよく耳に通る。荒井家の地車が徐々に中央へ運ばれていく。やがて御上座敷を正面に据えると、色々な意味での七夕祭りが始まった。
始まってしまえば誰も他家の地車など見もしないだろうと、小生は隠れていた海潮を方手前に引っ張り出してきた。
「どうせだったら見てみなよ」
荒井家は物品や無機物に化けるのが苦手な連中が多いので、例年通り笹竹そのものに化けるようであった。幹の部分を担う狐たちが折り重なると、竹の子がグングンと天突く勢いで伸びて青竹が出来上がっていく。竹の伸びる途中のあちこちから、枝を担当する狐が狐火を灯した提灯を咥えたり、七夕飾りを持ったりして加わっていく。ものの三分足らずで大きな笹竹が出来上がった。合戦が無い分、普段の倍以上の大きさになっている。
「すごい」
海潮は一音一音を噛みしめるように声を出した。竜宮城に来て、絵にも描けない美しさを目の当たりにした浦島太郎の様な目をしている。
笹竹は一旦の完成を見せた後、ゆったりと枝葉を震わして踊り出した。それによって揺れる提灯に灯る狐火は陰火と呼ばれる全く熱を持たない炎なので、燃え広がる心配がなく、艶やかさだけが際立つ。火炎を使った
しばらくすると、再び御上座敷から終演を合図する太鼓が鳴り響く。荒井家が元の位置に戻ると、引き続いて富沢家の演化となった。
富沢家は喚声の代わりに腹鼓を威勢よく叩いていた。チンドン屋よろしく他にも楽器を鳴らして賑やかしく登場する。その後ろには下界で生えている普通の青竹を幾重にも束ねて、疑似的な大竹を引いている。
定位置に付き、開始の合図が出ると所々にしがみ付いている狸ごと、一気にその笹竹を押し立てた。雲野原に竹を寝かせてしばらく置いておくと、嘘のように軽くなるというのを偶然発見してから、手作りの大竹は富沢家のお家芸となっている。因みにその原理はよく分かっていない上、この効力は雲野原から離してしまうと、徐々に弱くなっていく。とはいえ、演化の終わりまでは余裕で持つので問題ないらしい。富沢家がソレに気が付いたお陰で他家は地車があれ程までに軽くなっている理由が分かったという逸話がある。
軽さを補うために下部を綱で固定すると、早速化け始めた。
「ご苦労だね」
小生は、ついつい嫌味を言った。
鳴り響く狸囃子に掻き消されたのか、海潮には聞こえなかったようだ。
富沢家は人間以外の生き物に化けるのが苦手な狸が多いので、七夕の装飾に化ける。地車を囲う囃子の拍子に合わせて千変万化する七夕飾りは、その大きさと相重なって圧巻の一言だ。
「おぉぉ…」
海潮に至っては、感嘆を辛うじて声にするのが精一杯のようだった。
他家の演化など真面目に見たことはなかったが、今日の富沢家のソレは華麗の中に鬼気迫る何かを感じた。それは、自分たちの『お役目』の代から神婚をする者が出たという名誉がさせたものかもしれない。
楽器を奏でながら、狸たちが地車を盆踊りのように回っている。その中に派手さを持ちながらも厳格さも出している神事用の衣装を着た、鶴子と雁ノ丞の姿を見た。
融通なんて言葉を知らない鶴子が、更にお堅い顔をして篠笛を吹いている。
その緑の黒髪に純白の鉢巻きがとても映えていた。
やがて富沢家の演化が終わり、とうとう八木山家の出番となる。
海潮を下に降ろすと、他の貂達に紛らわせて地車を押してもらう。然る後にタイミングを見計らって御上座敷を目指す手筈だ。雲野原は薄のように靄もやと霞かすみが群生しているので、七夕に目を引かせれば気付かれることは先ずない。小生は演化が終わるのに合わせ駆けつけて、泉家の演化の最中に勝負をつける。叶う事なら、何か大幅な遅れが出てくれればと思うが皮算用はできない。
八木山家の笹竹や飾り細工は、荒井家や富沢家のそれに比べると少し見劣りする。笹竹などは他家の半分程度の大きさしかない。
代わりに、小生らは七夕の大元である織姫と彦星の物語の再現を演化とする。
その昔、貂族の中に人間の芝居見物をしてから出し物好きになった輩がおり、それが高じて『
地車が位置に付くと開始の太鼓が鳴った。小生は目で海潮の背中を押す。海潮はしっかりとした足つきで走り出した。
すぐさま八木山家一同は、盛大に化け始める。
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