第24話 かくしてカボチャは覚悟を決める
◇
「じゃあ、お疲れ様。乾杯」
その音頭に部屋の中の声が重なった。
「いよいよ明日で終わりだな」
「二泊三日は短かったか?」
「何事も、もうちょっとってところで終わるのが良いんだよ」
「出た、ジャック・オ・ランタン語録」
部屋の全員が笑い出した。その反応に海潮は少々面白くない顔をする。
「本当に誰だよ、そのニックネーム考えた奴」
「で、ジャックと太郎冠者は次なに飲む?」
「何か童話みたいなコンビだな」
「生えてくんのは豆の樹じゃなくてかぼちゃの芽だろうけどね」
海潮に軽口を叩いていた男が突然の報復にお戯けていた。
「もうこのやり取りも終わりだな」
一人が感慨深く言うと、部屋の中はしんみりとしてしまった。誰かが景気付けにもう一缶開ける音が空しく響く。
「俺たちが卒業したら能研どうなるかな」
「一年生を二人入れられたから、何とかなるんじゃない」
「あと一人でも辞めたら、三人になって廃会リーチだけどね」
「私たちの代は八人で入って、皆残ったのにね」
「残れば文化だし、残らなかったら歴史になるだけだよ」
何故か高校の物であろうジャージを着ていた男が何の気なしに呟いた。早くも顔が赤くなり、水を舐めている。
「史学科が言うと深いな」
「やった。ジャックに褒められた」
「ご褒美にこれをあげよう」
海潮はいい加減、憤慨することもなく自分のバックからスナック菓子を取り出して史学科に手渡した。
「…南瓜チップス」
そして、海潮はこの空気を拭い去ろうと更にバックから酒瓶を取り出し、
「よっしゃ、旅行最後の夜だしこれ開けるか」と言って机の上に、これ見よがしに置く。
全員の視線がその酒瓶に集まった。
「何々?」
「『星空のシンデレラ』? お酒?」
「南瓜で作った焼酎」
海潮が説明すると少しの間の後に、また笑い声が漏れ出す。
その焼酎で再び乾杯すると、この旅行の思い出話に花が咲いた。うら悲しく終わるよりも楽しいままに終わる方が良いに決まっている。次第に酔いも手伝って、皆小気味よく高揚していった。
「ちょっと、トイレ」
海潮はそう言うと、一人部屋から出て行った。
「うわー、部屋出ると湿気がすごいな」
「夏月海潮さんですね」
「え?」
海潮は唐突に訪れた、耳慣れない声の主を探した。
「こちらです」
意識していた分、今度の声は出所が分かった。
行き止まりになっている廊下の奥、大分低い位置に目がある。雲間から漏れた月光が廊下を照らすと、それが猫だと知れた。
「こんばんは」
「…こんばんは」
「あ、あと初めまして」
「こちらこそ」
猫は尻尾を体に巻いたまま座り、口をきいてきた。すぐに海潮の記憶が反芻され、つい先ほどの駐車場でのやり取りを思い出す。
「さっき玄関で寝てた猫だよな」
「ええ、泉青鹿と言います。どうぞよろしく」
「で、なんか用か?」
「猫が喋ってんのに驚きませんねぇ」
「お前と似たような知り合いがいるんだよ」
そう聞いた猫はニコリと笑った。猫にそのつもりがなくとも、月明かりとの相乗効果で不気味であった。
「八木山萩太郎を知ってますよね?」
海潮は猫が喋ることよりも、唐突に出てきた知り合いの名前に驚く。が、念のため平静を装った。
「知っちゃいるが……あいつに何かあったのか?」
「ちょっと厄介な事になってますけど、一先ず無事です。オイラは萩太郎が動けないんで、伝言を伝えに来たんですよ」
「伝言?」
「と言うよりも、助言? いや提案か? ともかく、とんでもない事が起こってるんで落ち着いて聞いてもらえますか?」
青鹿は現在、仙台で巻き起こっている狐狸貂猫事情を包み隠さずに話して聞かせた。仙台化獣四家の事、風梨家への『お役目』の事、姫こと風梨里佳の立場のこと、そして肝心要の神婚の内容を海潮は黙って聞いていた。
◆
神婚とは読んで字の如く、神との婚礼の儀式の事をいう。
男神に対して人間の女性が嫁ぎ、女神であれば男性が婿入りする形で執り行われる。が、男性が婿入りするのは稀であり風梨家では前者しか行われない。
神婚で人間と結ばれた神は、その家に隆運幸気や金銀財宝を授けたり、家人や嫁の願いを叶えたりする。その利益は当然ながら神そのものの格によって大小様々である。
姫が嫁ぐ山王蔵ノ神は、歴代の風梨家が天災戦災、それ以外の不運不幸に見舞われる度に、同家の女性を娶ることで繁栄を約束してきた。山王蔵ノ神と風梨家の因縁は、狐狸貂猫が福衛門松吉に出会うその前から続いているらしい。記録では過去に六度、風梨家から神婚をした女性がいると残っている。
だが、当然ながら利だけがある訳でない。
嫁ぐことになった女性は、二度と此の世に戻ることはない。有り体に言えば死ぬ。ただ、普通の人間のソレと魂の行き先が違うだけで、実際は家内幸運のための人身御供と言っても過言ではない。そのため風梨家の内でも、神婚は昔から賛否両論が割れている。とは言っても神婚を知っているのはより本家の血筋がより濃い者だけだ。
萩太郎を始め、会の全員が神婚を妨害したいのは海潮と姫を思ってのことが半分、姫を失いたくない自分たちの勝手が半分なのだ。だから躍起になっている。
青鹿は事前に可能な限り、神婚についても調べてきた。
神婚を妨害することは基本的に問題ない。現世にいる賛成派の者たちからは反感を買うだろうが、例えば天罰が下るようなことはない。かつて二度だけだが現行のように神婚に反対する人間や狐狸貂猫たちが結束し、取り止めになった前例も存在する。そもそも邪魔が出来ないのであれば、風梨家と富沢家がこそこそと画策する必要がない。
◇
「…冗談、じゃないよな」
海潮は全てを聞き終わって、まずそう呟いた。
「オイラ達は化かしはしますが、騙しはしませんて」
「風梨さんが結婚…しかも相手は人間ですらないって…昔話みたいだな」
「まあ、そうですよねぇ。どうもついこの間、いきなり決まったみたいですし」
「風梨さんは何か言ってるのか?」
青鹿はその質問に違和感を覚えたが、無視して話を続けた。
「いえ。この騒動が起こってから、オイラ達は姫さんに会ってすらいません。だから何を思ってるのかも全く」
「――そうか」
陰った海潮の顔を見た青鹿は、見れば惚れているかどうかが一発で分かると言っていた連中の話に納得した。
そしてここからが本題だ。
「けど、その神婚を止める方法はあります」
「何だって?」
海潮は警戒心を投げ捨て、青鹿に詰め寄ってきた。
夜の旅館の廊下で、正座して猫の話を真剣に聞くという、傍目にはとてつもなくシュールな光景が出来上がった。
「神婚にはルールがありましてねぇ。結婚ないし婚約している女は神婚が出来んのですよ」
「…」
「それは口約束でも構いません。いきなりでぶっ飛んだ話ですけど、海潮さんが今にでも姫さんと婚約すれば、この件は後腐れなく収まるって寸法です」
海潮は返事をしない。言われてことを必死に飲み込んで整理しようとしているのだろうと思った。
「萩太郎の他に、雁ノ丞と欅っていう狸と狐もご存知ですよね? オイラと合わせてその四匹でよく飲むんですが、海潮さんの話もそん時によく聞いていました。会った事こそありませんでしたが、他人事とは思えなくてですねぇ。オイラは一番縁が薄いが二人には何とか一緒になってもらいたいと思ってます。そいつは他の三匹も勿論同じだ」
海潮は途端に観念したような息を出した。そして自分で自分の事を笑い出す。
「俺が風梨さんの事が好きだって、皆にバレてたんだな」
青鹿は得心がいった。話を飲み込もうとしていたのではなく、自分が風梨里佳に恋心を抱いていたのが周りに筒抜けだった現実に打ちひしがれていたのだろう。
「バレバレですな」
「萩太郎に発破掛けられてからかな、ずっと機会を伺ってたんだ。けど覚悟が全然出来なかった。実はさ、サークルのみんなにも筒抜けだったみたいで、旅行中に何回も揶揄われたよ」
「かかか。なら姫もまんざらじゃないってのも言われましたでしょ?」
「言われたよ。信じちゃいないけど」
「そりゃまたどうして?」
「だって俺だぜ?」
「かかか」
青鹿は笑うしかなかった。そして、この短い中のやり取りだけで海潮を好いている皆の気持ちが分かった。
そしてため息を一つ挟むと、覚悟を決めた顔つきになる。
「仙台に戻ったら、風梨さんに告白する」
けれども、青鹿としてはその弁には同意しかねる。同時にこの期に及んでまだ踏ん切りをつけられないのかと呆れてしまった。
「そいつはマズい。仙台に帰ってからじゃ、邪魔をする奴も多い。できればこの旅行中にカタを付けたほうが」
「え? でも、風梨さんはここにはいないよ」
青鹿は思考が飛んだ。海潮が何を言っているのか本当に分からなかった。
「はい? サークルの卒業旅行なんでしょう?」
「風梨さんは、家の急用で出発の直前になってキャンセルしたんだ」
「何ですって?」
青鹿は柄にもなく取り乱した。やがて海潮の話を飲み込むと、姫も間違いなく鳴子にいるはずだとこれまでの自分の思い込みに腹が立った。
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