P14:スリーポイントは外せない【03】
◇◇◇ 二時間後のハンガー
作戦開始時間の五分ほど前、スカーフを使ってポニーテールにしたアリアがハンガーに駆け込んできた。謎なアップリケを付けたパイロットスーツに身を包み、オリハがいつの間にか用意してくれた戦闘機乗りが着るような対Gスーツを上に羽織っていた。
「遅くなりましたっ!」
「ギリギリ遅刻回避だな。詳細はオリハに聞いてくれ」
「はい……」
(ナッシュさん、怒る……というより焦ってる?)
他のBMは既に稼働準備は完了しており、コクピットハッチも閉まっている。慌ててオリハのコクピットシートに座ると直ぐにハッチが閉じられた。
「オーソーイー」
「ゴメン! あの後ベッドに倒れ込んだら一瞬で十分前だった……」
「ソッカ……ソウダヨネ……ツカレルヨネ……」
「……」
ちょっと気不味い二人。二人とも、あんなに燃え上がるとは思わなかった。アリアもちびオリハも思い出したのか顔が真っ赤に変わっていく。
人差し指同士をツンツン合わせて照れているアリアとコンソールへ素数を無数に表示するオリハ。
『――アリア、オリハ、準備良いか?』
「は、はいっ!」「ハ、ハイー!」
返事がハモってしまい余計に恥ずかしい。
『――しっかりしてくれよ! お前らのナビゲートが頼りだ。目視と耳以外は使えんからな。では、手筈通りだ。小隊、武器使用自由を命じる。行動開始!』
「おうよっ! ゼブラ小隊、交戦規定を受理。出撃する」
ロイドがこの小隊の指揮を取る。
『――ロイド、やられるなよ!』
「クーガーかよ! 逆に帰ってきたら基地は廃墟でした、みたいのは止めてくれよ!」
『――うるせー! 早く片付けてこい!』
クーガーのBMは熱光学迷彩を持っていないので基地防衛だ。特別ミッションは報酬が高いので残念そうだった。
六騎のBMが基地を後にしていった。
◇◇
特に敵の反応もないまま、目的の地点の二キロ前まで辿り着いた。前回とは少しだけ進入ポイントを変えている。
「よし、ここから熱光学迷彩をオンにしていこう」
紙の地図とナビを見比べながら無線に語り掛けるロイド。軍隊出らしく作戦指揮には慣れているらしい。
「ここからはアリア、道案内頼むぞ」
『――あっ、り、りり了解』
『――おいおい、美少女エース、がんばれよ』
『――お嬢ちゃん、アンタがオレ達の羅針盤になるんだ。着いた場所は地獄でした、ってのはやめてくれよ。ははは』
「ボッジ、ウォーレン、あまり冷やかすな。アリア、気にするな。では先行頼む」
『――は、ははい!』
アリアの座るコクピットには、既に操縦桿が現れていた。オリハの操るBMの動きに合わせて操縦桿も自動で動いている。
「ネツコウガクメイサイ、オン」
「うん」
先行するオリハが熱光学迷彩をオンにすると、スーッと機体が見えなくなっていった。
『――すげー精度だな』
『――本当だ。後で調べさせてくれよ!』
『――フーバー、ドク、そういうのは後でやってくれ』
今回、アリアはまだゲームパッドも握らせてもらっていないが緊張しきりだった。
「オリハ……大丈夫かな? また外しちゃわないかな? 怖いのよ……」
前回の失敗のイメージがしっかり残っているから、成功のイメージが描けなかった。手が震えている。
「グレネードハ、アサルトモード、シカ、ツカエナイ。トリガー、ハ、マカセルヨー」
「う、うん。頑張るけど……」
「ソノタメニ、アト5ニン、イル。シンパイ、シスギー」
「そうね……みんなも居るし!」
既に背後を見ても仲間の機体は見ることができない。何となく透明でモヤモヤしたものがついてきているように見えた。アリアは『私が外しても、他の人が当ててくれる』、そう考えることで少しだけ冷静になれた。
(よし、私は出来ることを一つずつしよう)
震える手をぎゅっと握り締めた。無線からは皆の緊張する声が聴こえてくる。
『――よーし、ここからは隠密行動だ。各自、先制射撃を禁止する。敵発見の際はハンドサインか近接通信で頼む』
『――了解』
『――オッケー』
「り、了解」
『――アリア、緊張することは良いことだ。気を抜くなよ』
「は、はいっ!」
ふぅ、と一息吐くとオリハがボソッと呟いた。
「オモッタヨリ、ヨイ、シキカン、ダナ」
「そうなんだ。ロイドさん、凄いんだねー」
「オンミツニンム、マカサレルンダカラ、トクシュブタイデ、カナ?」
「へー。よく分かんないけど凄い人なのね。じゃあ、私も気を抜かないように頑張るわよ」
少し落ち着いてきたアリア。やれることを精一杯やると決めた。オリハは静かに機体を先行させていく。ふと、いつもよりモーターなどの作動音が小さいことに気付き、独り言のように呟く。
「静かに歩けるのね。木々の葉音や風の音が聞こえる……」
「サイレントモード。イヌ、ノ、アルクオト、レベル」
「へー……」
オリハと小さな時に飼っていた犬が重なる。犬小屋にいるオリハ。紐を付けられて散歩するオリハ。
「ふふ、『そんなとこでオシッコしない』とか大変だったな……」
「エッ? ナニナニ?」
「なんでもないわよ」
アリアはくだらないことを考えながら周りをの索敵には注意を払っていた。
「キョウハ、アンシン、ダナ」
「えっ、何?」
「ナンデモナーイ」
「もー、何よー?」
「ナンデモナイヨ」
「ちょっと、気になるじゃない? 何喋ったのよ?」
ここで呆れ気味の声が無線から聞こえる。
『――近接無線でも部隊全員には聞こえてるからな。イチャつくのは帰投してからにしてもらって良いか?』
「へっ?」
「サクセンチュウハ、キホン、オープンカイセン、ダヨ」
「えーっ?」
(私、変なこと喋ってなかったっけ? 恥ず過ぎるわよ!)
徐々に真っ赤になるアリア。
ここでコンソールにスピーカーの絵が出てきてバツ印が上書きされた。
「ヘンナコト、シャベッテルトキハ、オンセイキッテタヨ」
「オリハー、ありがとー!」
コンソールに映るちびキャラの頭を人差し指でなでなでしてあげると表情もデレデレに変わってくれた。
『――という訳で、そろそろ進んでくれ』
アリアはスピーカーからバツ印が無くなったのを確認してから元気に叫んだ。
「了解!」
元気な返事に釣られてか、無線から皆の声が聴こえてきた。
『――やっと元気出たか。では気をつけて進んでくれ』
『――気分は新兵訓練だな。ロイド、お前がいて良かった』
『――確かにな。俺なら怒鳴りつけて気分最悪で進軍するとこだったぜ』
『――ははは、全くだ!』
オリハにゼスチャーで
「ちょっと、私お荷物なの? いらない子なの?」
「ウーン、ハンブン、アタッテル」
「何よそれ、ひどーい!」
「マァ、アイサレテル、ショウコ――」
「――オリハ! アレ何? 良く見ると、糸みたいなモノを踏んでる」
「ナニ?」
機体を止めてから、オリハが無線をオープンにした。
「コチラ、オリハ。ゼンキテイシ」
オリハはBMの掌を後ろに向けている。全員止まったことを確認すると、開いた掌をグーの形に握る。
『――どうした、何か見えたか? コチラはまだ何も視認できていない』
「ロイドさん、アリアです。地面に糸が見えました。糸が木と木の間に張ってあるんです。昨日はこんなものありませんでした」
「何?」
ロイドはBMのカメラを下げてズームすると、確かに糸が張られているように見える。しかし、数が多すぎる。まるで古い幽霊屋敷の蜘蛛の巣みたいだ。森全体に張られているように思える。
『――ロイド、蜘蛛の巣じゃねーか?』
『――植物にも見える。あまりに多すぎる。人工物だとして昨日の今日でこれだけ設置できるか?』
ロイドも無線に同意だった。しかし悪い予感は消えない。
「警戒域に入って一キロほどだ。まだベースらしき場所まで一キロほどはある……はずだが」
(これがセンサーだったら既に終わってる可能性もある……さて、どうする?)
昨日オリハ達が進んだ場所との植生の違いに賭ける気にはならない。しかし無駄に時間をかける訳にもいかない。
悩んでいると、ここでドローンから無線が入った。
『――イッタン、イトガ、ナイ、バショ、マデ、モドルノハ、ドウ?』
「そうだな……不確定要素の中で突き進むのは勇気とは違う、俺もそう教わった。アリア、お手柄だ。一旦進軍中止。糸の設置が無くなるまで後退」
コンソールの中でちびオリハはグッと親指を上げた。ホッとするアリア。しかし自分の報告で進軍を止めてしまったことを気に病み始めた。
「ねぇ、大丈夫かな? ただの蜘蛛の糸だったら、どうしよう?」
「ベツニ。キニシナーイ」
いつものオリハだった。昨日は凄く寂しくて、少し怖かった。良かった、仲直りできて。
最後尾のボッジからBMが方向を変えているのがアリアからも見えた。徐々に後退を始める。オリハも、そのままの向きで警戒しながら後退を始める。
しかし脚を踏み出した正にその瞬間、うるさいほどのアラーム音がコクピット内に鳴り響いた。
「ECM! マズーーイ!」
◇◇◇ ワイルド・スカンク本部の作戦ルーム
「ナッシュ副長、正規軍から解析依頼の回答来ました」
「早いな。じゃあボラれたのか?」
「はい。前回から二割り増しの料金でした」
「クソッ! ぼったくりバーより悪質だ。で、結果は?」
ナッシュは『排気口の画像』を正規軍に調査依頼していた。画像解析は前回もかなり費用が掛かっており苦虫を噛み潰したような顔をしている。情報士官のヨハナが無言で渡してくれたレポートを読み始めると、顔色がみるみる悪くなった。
「ゼブラ小隊に後退を要請!」
そこには『巨大ECM施設の可能性大』と結論づけられていた。
ECMとは
「アイツら全滅しちまうぞ! 早くしろ!」
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