P13:スリーポイントは外せない【02】
――それに、これくらいできないと捨てられちゃう
変な想像が頭から離れない。
「や、やってやるわよ!」
「ヘイヘイ……」
期待してませんよ、と言いたげなオリハを一瞬睨みつける。
(見返さなきゃ。そりゃあもう驚きなさいよ!)
さっとレバーを掴むとすぐに排気口をセンターに捉えるアリア。アリアは気付かなかったがオリハは感心していた。照準用のレバーは感度が高いのでまともに操作することもできないと踏んでいたからだ。
「チナミニ、フウソクヲ、コウリョシナイト、ゼッタイニ…………アァ!」
とはいえ喧嘩中の身。
「よしっ! 完璧!」「ダメダー!」
気合いの叫びと諦めの小声は同時だった。
「えへへ、スリーポイントなら完璧なショットよ……って、えっ? 何っ!」
コンソールに目をやるとちびキャラがタバコを吹かしていた。
「ゼッタイニ、アタラナイ。フウソク0.8Mダカラ……25センチ、ハズレル」
「えっ、何それ?」
「セツメイ、キイテヨネー」
残念そうなオリハの声が聞こえてきたのでコンソールの中のちびキャラを睨みつける。少し困った顔が見えた。すぐに放物線を描く弾頭に視線を向ける。
オリハの予想通りほんの少しだけ右に逸れたので、排気口自体に直撃して爆発した。何となく、ゴールから嫌われてくるんとリングを回って外れるイメージと重なった。
(でも、ギリギリ当たった!)
「当たったー!」「ハズレター!」
また同時に叫ぶ二人。
「オリハ、ちょっと、失礼じゃない? 完璧に当たったでしょ!」
「イヤ、アソコデ、バクハツシチャ、ダメダヨ。ツウキコウノ、ナカニ、ハイラナイト……」
「えっ、そうなの? じ、じゃあもう一度!」
(外れちゃった……頑張らないと!)
胃がムカムカして少し吐きそうになるアリア。しかし今度は手が震えて
「えーい、気合い入れなさい、アリア!」
自分自身に叱咤激励した瞬間、森の木々がザワっと動いた気がした。鳥肌が立って全身が危険を感じる。それを無視してレティクルの表示に集中する。
「アリア! ソクジ、テッタイ! イソゲーー!」
オリハから本気の機械音声。コンソールに目をやると慌てふためいて足踏みしていた。
刹那にモニターに映る木々の違和感の正体が、全て敵BMだったと気付いた。既に周りを囲まれている。心臓がキュッと冷たい手で握られた感じがして身体が硬直して動かない。
「何で…………何で突然こんな近くに沢山居るのよ!」
「ネツコウガクメイサイダ!」
オリハが何かを勝手に操作すると、敵の位置がレーダーや画面に表示された。その数、三十体を超えている。
「ゼンソクコウタイ! コントロール、モラウゾ!」
焦る機械音声には何も返せない。その瞬間、ポンポンと何かが発射される音が聞こえた。
オリハはチャフとフレアとスモークをありったけばら撒いて全速後退を開始。ローラーダッシュとスラスターを最大出力にすると、アリアが今まで体感したことのない速度で後ろに進んでいった。直後に敵のマズルフラッシュが無数に瞬き、閃光弾が機体に何発も直撃した。
「40ミリ、ハ、イタイー。デモ
少しだけ声色が柔らかくなったと思ったら周りの地面が爆発し始めた。
「リュウダン、ハ、ダメーーー!」
反転すると全速力で逃げ出すオリハ。敵の偵察部隊とも
「アリア、アトデ、オセッキョウ!」
「な、何でよ!」
久しぶりにアリアは悪いことして先生に怒られる前の生徒のサイアクな気分を味わっていた。
◇◇◇ いつものハンガー
帰ってくるや否や雰囲気は二人のサイアク。
「ナッシュト、ハナシガ、アルカラ」
コクピットハッチを開けると私が出ていくのをじっと待っているオリハ。反論しようと口を開きかけるが何も言葉は出てこない。アリアの小さな胸が不安と焦りで押し潰されそうだ。
「…………はい」
力なく返事をすると、素直に部屋に戻っていった。アリアは涙を流さないことだけで精一杯だった。
◇◇
作戦ルームにはナッシュとカミナ、それにお馴染みのクーガーとロイド、他数名がモニターを前に深刻そうな顔をしていた。アリアは居らず、代わりにドローンが一機浮いている。
「――という訳だ。オリハ、ありがとう。さて、前回ファクトリーを壊滅させてからオレ達は本格的に目の敵にされ始めたらしい」
「だからって、ペース早くないか?」
「そうだ。だから作戦会議なんてものをしている」
「ナッシュ、状況が不鮮明すぎる。今回の情報だって……どう判断する」
ここで皆がドローンを見つめる。
「ネツコウガクメイサイ、マデ、ツカワレテイタ。ナニガ、オコッテイルカハ、ヨソクデキナイ」
皆が沈黙する。だが、何かが起きている。先制攻撃を仕掛けるか、主力部隊が戻ってくるのを待つか、誰も決められない。
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、またもドローンから聞こえてくる機械音声だった。
「シカシ、ココデ、ツブサナイト、ヨケイニ、ヤッカイナコトニナル、ヨカンガスル」
「ドローンの予感かよ……」
少しだけ沈黙。その後で皆が笑い始める。
「ははは、よーし、決まったな?」
「これまでも、それで片付けてきたからな。先制しようぜ」
「賛成だ。不気味な排気口はオリハの言う通りだと思う。グレネードをぶち込んでやろうぜ!」
「イイね! あはは、流石はAI、流石はアーティファクト、流石はオリハということね。ところでアリアちゃんはどうしたの?」
最後にカミナが素朴に聞くと、ドローンが不規則に揺れ始めた。
「ケンカ……トイウカ……オシオキ……トイウカ……」
「歯切れの悪いドローンか……」
また皆で爆笑していた。
◇◇
(こういう時はシャワーを浴びるに限るわ)
部屋に入るや否や服を脱ぎ散らかしてシャワールームに直行するアリア。熱いお湯を全身に浴びて気合いを入れる。今日は明らかに調子に乗り過ぎた、と反省しても後の祭り。でもムキになるのを止められない。
「だって、しょうがないでしょ! 私の居場所が……居る意味が無くなっちゃう……」
俯いたままシャワーの水流を最大にした。痛いほどのお湯が頭に当たる。
「わーーーーっ!」
水の音で誤魔化しながら思いっきり叫ぶ、が気は晴れない。諦めて蛇口ハンドルを勢いよく閉めた。
暫くの間、目を瞑ってシャワーヘッドから床に落ちる水音を聴く。瞑った瞳から涙がポロポロ溢れ出て床に落ちる。
「捨てられるのかな……もっと強い人……もっと可愛い娘が現れたら……捨てられちゃうのかな」
タオルで勢いよく涙を拭いてから身体に巻き付ける。そのままシャワーカーテンを一気に開けた。その瞬間、アリアの泣き腫らした赤い目に最初に映ったのは宙に浮かぶ自分の下着だった。その横には隠密飛行する
(これって……録画中?)
アリアは裸を撮られていることより、泣き腫らした弱い自分を撮られたくはなかった。弱い自分を見せたくない。
「この、エロAI、盗撮やめなさい!」
強気に両腕を腰に前屈みになってカメラに顔を近づけた。この時、オリハは困惑していた。シャワーカーテンを閉められる、水を掛けられる、箒か何かで追いかけ回される、その辺りの反応は想像していたが、こんな
タオル一枚で小さな胸の谷間を強調するようなポーズのアリア。シャワーを浴びたばかりなので全身が火照り、髪の毛は濡れて艶やかに輝いている。
数秒固まっていたと思うと、ピーピーと電子音が鳴り始め空中で揺れ始めた。
「えっ、オリハ、どうしちゃったの? 壊れちゃ嫌よ!」
シャワー中、ずっと不幸な身の上に落ちていく自分ばかり想像していたが、オリハが壊れてしまえばどちらにしても終わりということに気付いた。アリアはドローンに対して、まるで『抱きしめて欲しい』と言わんばかりに両腕を前に出す。目も潤んだままで上目遣いに熱烈に見つめている。
ここで、高性能AIは、何かの限界を迎えた。
「ア、ア、アリアーーーッ!」
突然ドローンの上部の蓋が開き、マジックハンドが出てくる。アリアの目にも、蓋に描かれた
「えっ、ちょっと、ダメよ、あっ、あれーーっ」
何と、マジックハンド二本でアリアを優しく抱き抱えた。両手を胸の上で重ねるびっくり顔のアリアが空中を移動する。まるでお姫様抱っこで抱えられているようでドキドキ。
(ちょっと……ドローンにもキュンとするって、私どうしちゃったの?)
そのまま部屋を移動してベッドに放り投げられた。なすがままのアリア。ベッドの上のアリアに迫るドローン。
「ア、アリア、イイ?」
「…………うん、いいよ」
♡♡♡
「はぁ……」
色々と終わった後でもう一度シャワーに入り、今度はしっかり鍵をかけた浴室の中で部屋着に着替えてから部屋に戻った。ドローンは機嫌良さそうに飛び回っている。
「アリア、ヨカッタ――」
「――うるさい! このエロAI!」
いつものセリフを阻止するが、ふとドローンと目が合い激しく動揺するアリア。
(ドローンの背景が花畑は私チョロ過ぎでしょ!)
「で、何しにきたのよ」
「イヤ、
「ぶっ! い、良いから用件を言いなさいよ!」
ドローンは空中にレーザーで高画質な映像を出し始めた。
「ツギノ、サクセン。エーット……ニジカンゴ、デス」
「二時間? もーっ、先に言いなさいよ!」
作戦を説明し始めるオリハ。奇襲の為、熱光学迷彩持ちのBMが掻き集められた。警護任務中の部隊からも引っ張ってきたらしく、代わりにカミナは警護任務に充てられるらしい。近づいて、一斉にグレネードを排気口にぶち込む作戦だから『今度は外さないで』と冗談めいて口に出すオリハ。
それを真に受けてショックを受けるアリア。
「アリア、コンドハ、レイセイニ、コウドウシテネ。スゴク、ダイジダカラ」
優しく諭すオリハに、またキュンとするアリア。
(また変な気分になっちゃう!)
「み、身支度するからハンガーに戻ってなさい!」
「ハーイ」
ドローンが扉の鍵を全て開けると、丁寧に外から全ての鍵が閉じられていった。
「アイツに普通の鍵は無意味なのか……」
ベッドに腰掛けて、ふぅ、と小さく溜息を吐く。既に不安なわだかまりは溶けて無くなっていた。しかし、逆に別のモヤモヤが生まれていた。
「もっとオリハに頼って貰いたいな……」
少しの沈黙の後、一人横向きにコテンと倒れ込んだ。アリアからは溜息しか出てこなかった。
「どうしたら、オリハの役に立てるのかな……」
そのまま目を瞑ると、直ぐに寝息に変わっていた。
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