sector 01
P01:空に落ちた日【01】
(まるで小さくなってマングローブの根の間を駆け抜けているみたい)
あら、私って詩的な事も考えられるのね……そんな事を考えながら、いや、現実逃避しながら全力で走っていた。
上を見上げると、高い空に掛かる巨大な枝。ビルより高い木々の枝が太陽の光を柔らかくしてくれている。
「はーい! 大事なことを先に言うわね」
息も絶え絶えに独り言を叫ぶ。
「ココはどこーー!」
制服のスカートが捲り上がるのも気にすることなく走り抜ける少女。
私の名前は『松本アリア』。
別に二世とかじゃなくて、ただのキラキラネーム。みんなカワイイって言ってくれるし、気に入ってるから良いの!
唐突に自己紹介が頭に浮かぶ。何故かと言えば、アリアにとって、此処は全く馴染みのない場所だったからだ。幻想的な大木が無数に生える森。見たこともない鮮やかな色の花々。赤色や黄色の羽で飾り付けられたリスのような小動物。
「ココはどこなのよーーっ!」
もう一度叫びながらこの身に起こったキッカケを思い出す。
(アレは……やはり、夢じゃないの?)
部活帰りに一人で歩道橋を渡っていたところ迄は日常。でも、突然に世界がひっくり返って空に落ちていった。とても現実に起きたこととは思えない。
空に落ちていく最中、アリアは気を失い起きたらこの世界だった。突然足を止めて暫くすると肩が震え始めた。
(もう一度大事なコトだから言うわ)
「ココは……ココはどこなの?」
涙が、ポロポロと瞳から滑り落ちる。しゃがみ込んでもう一度スマホを操作してみた。やはりアンテナは一本も立っていない。大好きな音楽アプリを開いても『オフライン』の表示しか出てこない。そして、既に三十分は走り回っているが、誰一人として未だ会えていない。
しゃがんだまま辺りを見回すアリア。見渡す限り岩と大木と草原の世界。
(屋久島とか……いえ、御伽話の国みたい)
荘厳さすら感じる風景は人が踏み入れることを許されていないように感じる。今まで暮らしていたのは都会とは言えないが田舎でも無い地方都市。駅前には某コーヒーショップも存在していた。
「スタパ飲みたい……今月の新作、目の前で売り切れたんだよね……」
恨めしそうに日常の小さな不幸を呟いていると、突然遠くで木々が折れるような大きな音がした。音のした方を立ち上がってじっと見ると木々が揺れ動いているように見える。そして、その揺れは明らかに近づいてきている。
(さて、どうしよう?)
どう見ても周りの風景は日本には思えない。ここで先ほどから考えていた一つの推測。
(もしかして……コレは異世界転生ってやつなの?)
流行り物のマンガで読んだ記憶では、チートスキルをくれる神様に最初に会っていた。しかし現実(?)では誰にも会えていない。今、木々を掻き分けながら近づいてくる存在が初めての接触になりそうだ。
音がどんどん近づいてくる。
「イケメン騎士様とかだと良いな。聖女様でも良いかも……」
ふと不安になる。
「盗賊団……えっ、ご、ゴブリンとか? イヤよ、陵辱されちゃう!」
ストーリー展開がまだ分からない。
(ここは一旦様子見よ!)
そっと岩陰に隠れて様子を伺うことにした。しゃがみ込んでリュックサックを前に抱える。因みに中には体操服くらいしか入っていない。音が近づいてくると、不安になりギュッと力を込めてそれを抱き締める。
「神様……お願い、イケメン騎士様でお願いします。せめて聖女様、最悪、商人キャラバンでも良いから……って!」
目を瞑って祈っていると、まるで予想していない光景が現れた。思わず口を抑える。
(鉄の……鉄の巨人?)
大型の人型機械が二足歩行している。二階建てのアパートより大きいくらい。ズシン、ズシンと木々を折りながら進んで行く。周りには数台の装甲車が並走している。
(えーーっ! ファンタジーじゃないの? SFなの? ロボット大戦なの? ガン○ムなの!)
口を押さえたまま通り過ぎるのをじっと待つ。装甲車の上には数名の人……ではなくて人型のロボットが乗っていた。よく分からない言葉を喋っている。
(転生すると言葉は分かるんじゃないの? なによ、この世界はハードモードなの。そもそも、あれーっ? 神様、私、まだチートスキル貰ってないよ?)
「ケチ! 神様のケチ!」
思わず口に出る神様への悪態。その瞬間、装甲車の上に乗っていたロボットと目が合った。口を押さえていたので呟くくらいの音量だ。暫し見つめ合っていると、どんどん遠くに一団は去っていった。
「ほっ……」
安心して一息入れると、遥か遠くで装甲車が停止した。謎な言葉の叫び声が聴こえたと思うと凄い勢いでバックで此方に向かって来る。
「や、や、やややばいー!」
岩の陰から飛び出ると茂みの中に飛び込む。四つん這いでそろそろと茂みを移動していると、ブレーキ音と共に複数の足音がし始めた。
(ななな、何? 怖いっ!)
全身の毛が逆立ち金切り声を上げそうになる。本能的に口を手で押さえて悲鳴が漏れないようにした。何かを喋っているような機械の声が聞こえてくる。意味は分からない。
(でも、分かっちゃう……私を探している)
『asdf……asdf……zxcvbnm』
(やばい……そーっとよ。そーっと逃げなきゃ)
ゆっくりと動き出すが最初の一歩で枝を踏み抜いてしまい『パキッ』と乾いた音が響いた。
「きゃっ! んっ……」
アリアは驚いて小さな悲鳴をあげてしまった。その瞬間、機械の声はパタリと止んで静けさが辺りを包む。
(これは……やっぱり私を探してるー)
恐怖で一歩も動けない。暫くじっとして様子を伺っていたが事態は何も良くはならない。覚悟を決めて口を右手で押さえ左手と両足で進み始める。しかし、数歩進んだ所で確実に何かが近づいて来るという気配を感じた。ジリジリとした焦燥感が湧き上がる。
もう一度、前に進むのを止めて様子を伺うと、向こうも動きを止めている気がした。
前にそっと左手を出す。カサリと枯れ草が掌で折れる。その微かな音を誰か
(ダメ……もう分からない……)
右膝をそっと動かすと膝に付いた小石が剥がれ落ちてポトリと音がした。その音で、何かが
「もーいやよっ!」
小声で叫んで走り出す。その瞬間、
(もう、イヤ! 何も分かんない。た、助けて……)
「はぁはぁ……だ、だ誰か、助けてー!」
アリアの叫び。しかし返事をする者はいなかった。そして、確実に『何か』が追いかけてきていた。
「誰かー! だ、誰か助けてーー!」
二度目の叫びの後……確かに聞こえた――
「コッチダ」
――これが、私の物語の最初のキッカケ。確かに聞こえてきた最初の呼び掛け
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