47.幼い女神とβの王国


 旅の魔法使いである『あなた』は、ある日不思議な世界に迷い込みました。

 そこは妖精達が平和に暮らす小さな国……だったのですが。

 あまりに自由奔放すぎる妖精達は、誰かに言われない限りは何百年でも怠け放題。前の王様がいた時は綺麗だった国もすっかり荒れ果て、今では廃墟と化した建物が僅かに残るのみといった有り様です。


 プレイヤーである『あなた』の使命は、新しい王様になって立派な国を作ること。

 面白いことが何より大好きな妖精は、『あなた』の言う通りに建物や畑を作る“遊び”にすぐに夢中になることでしょう。最初はほとんど数が残っていなかった妖精も、そうやって新しいお家やお店が増えれば、どこからともなくやって来て、どんどんとその数を増やしていきます。


 人口が増えれば労働力も増える。

 ゲームが進むごとに『あなた』の魔法も上達して、更にできることが増えていく。

 さあ、不思議な妖精の国の王様として、『あなた』だけの理想の国を作りましょう!






 ◆◆◆





 ……というのが、『ブイブイゲームス』第二作目となる箱庭系シミュレーション。

 その名も『ふぇありぃ王国きんぐだむ』の概要です。先日、社内で行われていたα版テストの完了と同時に、前作と同じような開発スタッフの投票形式で正式タイトルが決定されました。


 そして、現在は社外の人間を対象としたβ版テストの真っ最中。

 これで吸い上げた意見を反映したり、未発見だった不具合があれば修正をして、それで問題がなければいよいよ発売というわけです。




『ブラック労働感をなるべく薄めるために、みんなで無理の少なそうな設定を考えたの』


「それはなんというか、ご苦労さまです」



 『ダンジョンワールド』でウルと顔見知りのアカウント名『カステラ侍』嬢も、今回βテスターとして参加していました。普段は女武者風のプレイスタイルに合わせた和装ですが、今回は全プレイヤー共通で魔法使いという設定のため、とんがり帽子にローブという伝統的クラシックな魔女姿。それ以外の容姿はなるべく普段と似せているのですが、それでもずいぶん印象が違います。



「でも、ウル様。良かったんですか? 今回も公募の倍率すごかったって聞きましたけど」


『いいの、いいの! だって、カステラのお姉さんのおかげで、このゲームを創れたんだもの。会社の人達も是非どうぞって言ってたのよ』


「たまたま思いついたことを言っただけなんですけどねぇ。でもまあ、おかげで無料タダで新作が遊べるわけですし、ありがたく受け取らせてもらいます」


『うんうん、無料タダは大事なの』



 大多数のβテスターは雑誌やネットの公募で幸運にも抽選に当たったゲーマーですが、『カステラ侍』嬢はウルの推薦による特別枠。一人だけズルをしたような後ろめたさがあるのか最初は恐縮していましたが、発売前に新作タイトルに触れられるという点と、協力のお礼として正式版のソフトを無料で貰えるという誘惑の前にあっさりと前言を撤回していました。



 さて、それで肝心のゲームの話ですが。



「そろそろ、果樹園のリンゴがいい具合みたいですね。せっかくですし、アレで何か作ってもらいましょうか。妖精さん達、アップルパイってできます?」


『よゆう』


『おーだーはいりました』


『おせきでまつでごわす』



 『ふぇありぃ王国』世界では、三十分で春夏秋冬が切り替わります。

 一年が経つまでに現実の時間できっかり二時間。

 数十分前に植えたばかりのリンゴも、ぼちぼち食べ頃。小人サイズの妖精達は王様である『カステラ侍』嬢の命令通りに、早速リンゴの収穫と調理の準備を始めています。



『おっと、このままじゃ食べられないですね』



 ただし、この国にある植物は妖精に合わせたミニサイズ。

 リンゴの実ならだいたいビー玉くらいの大きさです。

 相対的に巨人のような大きさであるプレイヤーは、まずメニュー画面の魔法欄から小さな姿に変身する魔法を使わねば、せっかく料理ができたのに満足に味わうことができません。

 小さくなる魔法はゲーム開始直後のチュートリアルですぐに覚えられるので、あえて『ガリバー旅行記』のような体験をしたいのでなければ、素直に小さくなっておくのがよいでしょう。



『うんうん、なかなかのお味ね。我が褒めてあげるの』


「今更驚きませんけど、ウル様ってゲームの機能とか使わなくても当然のように小さくなれるんですねぇ。あ、本当に美味しい」


『我にかかればこれくらい楽勝なの。その気になればもっと小さい顕微鏡サイズにもなれるし、地球を鷲掴みにできるくらい大きくもなれるのよ。危ないからやらないけど』


「ふふ、もし宇宙人とか怪獣が地球に攻めて来た時はお願いしますね」


『うん、大船に乗ったつもりで我に任せておくの!』



 妖精のカフェでちょっとお喋りをしていたら、いつの間にやら外は一面の雪景色になっていました。命令待ちの妖精達が表で雪だるまを作ったり、二チームに分かれて雪合戦をしています。



「便利なのはいいですけど、なんだか季節の巡りが早すぎて落ち着かないような?」


『もうちょっとゆっくりに調整したほうがいいかしら? もしくはゲームの途中で覚える魔法で、季節の進み方を自分のお好みのペースにできるようにするの』


「一律で全部変えるよりも、プレイヤーごとに設定できるほうが良さそうですね。人それぞれに好みの違いもあるでしょうし」


『それなら、ずっと季節を固定する魔法とかあっても面白そうなの』



 遊びの途中で出てきた不満や疑問も貴重なアイデア。

 実際に製品版に反映されるかはさておいて、この段階での意見はあればあるほど望ましい。テスターと話している会話の中で閃きを得られることも多々あります。ウルがあちこちのβテスターの『王国』を訪ね歩いてはそれとなくオヤツを要求するのも、決して私利私欲のためだけではないのです。



『今度はしょっぱい物が欲しい気分ね。牧場で動物をいっぱい育ててるテスターの人にたかりに……じゃなくて、次の視察に行かなくちゃなの。とっても忙しくて大変ね! それじゃあカステラのお姉さん、妖精のみんなもバイバイなのよ』


「あ、はい。お疲れさまです」


『ばいびー』


『たっしゃでくらせ』



 こうしたウルの熱心な働きと妖精達の優秀さのおかげもあって、β版段階での改良や修正は凄まじい早さで進んでいきました。なんと本格的に開発に着手してから三か月。『似十堂』の四タイトル発売から数えても約四か月という、驚異的なスピードで完成まで漕ぎつけることができたのです。


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