40.幼い女神とゲームを遊ぶ側の人


 『似十堂』の新作発売日。

 この日の『ダンジョンワールド』は、まあ案の定と言うべきか、普段と比べてずいぶんとプレイヤーの数が少なくなっていました。



『うーん、これは由々しき問題なの!』



 『ダンジョンワールド』のプレイヤー数が最も多い時間帯は、学生や社会人が帰宅してから就寝するまでの大体午後五時から十二時前後。海外版のサービスが開始されて以降は時差の関係で他の時間に遊ぶプレイヤーも大幅に増加してきましたが、やはり最多プレイヤー層は日本人。

 『闘技場』のような便利な施設や、味や居心地の良さが評判の食べ物屋、モンスターのドロップアイテムが美味しい狩場には多少の混雑が発生するのが常だったはずが、今日はどこもかしこも順番待ちなしでスイスイ入れます。



「正直こちらとしては嬉しいですけど、あんまり喜んでばかりもいられませんよね」


『うんうん、カステラのお姉さんはよく分かってるの』



 ウルの話し相手を務めているのは、朱色の袴に長い黒髪が印象的な女武者。『ダンジョンワールド』の開始当初から何かとウルと縁があるアカウント名『カステラ侍』嬢です。ゲーム内で顔を見かけたら挨拶やお喋りをする程度の関係ですが、『空駆ける空中帝国』イベントの後も時折彼女達の交流は続いていました。


 ちなみに現在は『リマジハの街』の甘味処で、あんみつや大福をお供にお茶をしている真っ最中。この店は特に女性プレイヤーからの人気が高く、普段のピーク時には多少なりとも待ち時間が発生するはずなのですが、今日は空席が目立っています。あえて言うまでもなく『似十堂』の新作発売の影響によるものでしょう。



『店員のお姉さん、みたらしのお団子を十本と、あとお汁粉を二十杯おかわりなの!』


「ウル様、流石にちょっと食べ過ぎじゃありません?」


『そんなことないの。我がいつも面倒を見てあげてる人間のお姉さんなら、最低この十倍くらいは軽くいってるのよ。あ、もちろんゲームの外の話ね』


「その人、本当に人間なんです?」



 つい半日ほど前に『似十堂』の生放送に出演しておいてなんですが、こうして実際にその影響を目の当たりにすると、心穏やかではいられなかったのでしょう。ウルはヤケ酒ならぬヤケ汁粉でウサを晴らしていました。


 もちろん、プレイヤーがどのゲームで遊ぼうが本人の自由。

 『似十堂』のゲームが面白いのも確かです。

 ウルが文句を付ける筋合いはどこにもないのですが、それはそれ。幼女な女神様にも時にはお酒……ではなく、お汁粉に溺れたい夜だってあるのです。



『そういえば、カステラのお姉さんはどうしてあっちのゲームを買わなかったの?』


「ええと、それはもちろんゲーマーの端くれとして興味はあったんですけどね。お恥ずかしながら、最近大きな買い物をしたせいでちょっと金欠気味でして。実は新しい液タブを」


『あ~……たしかに、お金は大事なの』



 『ダンジョンワールド』も『似十堂』の新作四本も、基本となるソフト代金プラス月額課金制というオンラインゲームにありがちな料金システムとなっています。社会人なら二社五作品全ての課金料金も払えなくはないでしょうが、そうなると今度は一作あたりに費やせる時間のほうが足りません。


 特に『ゲームの世界に入れるゲーム』はできることの幅が広いだけに、一作あたりに一定以上の時間を費やさねば作品の芯の部分まで楽しみ尽くすことは難しいでしょう。『ダンジョンワールド』一強状態の頃には気付かれなかった弱点ですが、ついつい大ボリュームになりがちな『ゲームの世界に入れるゲーム』というジャンルは、現状だとちょっとずつツマミ食いをするようなライトなプレイスタイルにはあまり向いていなさそうです。



「だから、今日は新しく買ったゲームで遊んでる人達も、今後はメインの一作に加えてサブのゲームが一つか、多くて二つくらいの遊び方になるんじゃないですかね? あ、もちろん単なる素人考えなんで全然的外れかもしれないですけど」


『ううん、とっても参考になったの!』



 ゲームを作る側ではなく遊ぶ側の立場ゆえでしょうか。

 どうしてもプロの目線に寄ってしまう『ブイブイゲームス』のスタッフからは出てこなかった発想です。ウルからしても、カステラ侍嬢の分析はなかなか的を得ているように感じられました。


 メインで遊ぶ一作に加えてサブの一作。

 この、いわば上位二位までに入ることができれば、ユーザー側としては課金を継続しようと思うしメーカー側にとっては利益に繋がるというわけで。


 もちろん純粋な面白さ競争でメイン・ゲームたる一位の座を勝ち取るのは重要です。

 しかし短時間で気軽に遊べるツマミ食い向きのゲームで、積極的に二位の座を狙いにいくという考えも決して捨てたものではありません。


 遊ぶ側だって大ボリュームの超大作ばっかりでは胸焼けを起こしてしまうでしょう。

 どこもかしこも大作だらけではユーザーの資金や時間といった有限のリソースがあちこちに分散してしまい、いくら作り込んで作品のクオリティを上げようが、せっかく費やした労力が売上に繋がりにくくなってしまいます。


 だからこそ、あえて逆を行くことで差別化を図る戦略が選択肢に入ってくるのです。

 意図的かつ積極的な二位サブ狙い。

 スポーツや勉強であえて手を抜いて、そこそこの順位で妥協するのとはワケが違います。

 商売というのは多面的・複合的なもの。サブで着実に利益を上げていけば、本当に作りたい一位メイン狙いの大作を開発する予算獲得にだって繋がるというわけです。



『いいものを作れば売れるなどというナイーヴな考えは捨てるの……! って、カステラのお姉さんは言いたかったのね! タメになるお話を聞かせてもらったの』


「そうかな……そうかも……そこまで強く断言されると、なんだかそんな気がしてきたような?」


『さあさあ、今日はお礼に我のおごりで飲み明かすのよ! 店員のお姉さん、お汁粉のおかわりをジャンジャン持ってきて欲しいの!』


「あ、結局飲みはするんですか」



 カステラ侍嬢の真意はさておいて、『似十堂』との勝負は元より明確な期限を区切ってのものではありません。より長期的かつ大局的な勝利のヒントを得たウルは、早速明日にでも『ブイブイゲームス』のスタッフに話してみようと決めるのでした。


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