32.幼い女神とライバル企業


 昨年発売の『ダンジョンワールド』の大ヒット。

 これは史上初の『ゲームの世界に入れるゲーム』であるという、新規性と唯一性に大きな理由があったのは疑いようもありません。


 これまでライトノベルや漫画の分野においては、定番の設定として既に一定の人気と理解を得られていたものの、それはあくまで空想の産物だったのです。

 異世界の神性という超常的存在の働きかけがなかった場合、純然たる科学技術のみでそのようなゲームを開発するまでにどれほどの時間を要したことか。どんなに短くとも二十年や三十年、百年以上かかったとしても不思議はありません。



『なんでなんで!? なんで他の会社が出せるの!?』


「競合タイトルなんて出たらウチのユーザー離れが……」


「発表されてるのは格ゲーにホラーに恋愛、うちと同じようなファンタジーもか。困った、どれも面白そう」



 それだけに昨日の『ダンジョンワールド』一周年記念の生放送中に飛び込んできたニュースは、一際の驚愕をもって受け取られることとなりました。

 本日、『ブイブイゲームス』の主力スタッフは朝イチで会議室に集められ、件の発表についてしきりに話し合っています。


 相手は天下の超一流ゲームメーカー『似十堂』。

 一時は倒産秒読みまで傾いた『ブイブイゲームス』とは違い、競争激しいゲーム業界で昭和の頃から常にトップを走り続けてきた大企業です。


 資本力、人材、技術力。

 中堅の『ブイブイ』とは、どこを取っても桁違い。

 かの大メーカーの脅威の科学力なら、あるいは世間一般の技術水準を何世代も飛び越えて『ゲームの世界に入れるゲーム』を実現させるのも不可能ではないのでは。ウルや専門家である『ブイブイ』社員の一部すらも、一時はそんな想像をしてしまったほどです。



「まあまあ、皆さん落ち着いて。まずは発表の真偽を確認するのが先決でしょう」



 話し合いというより陰謀論になりつつあった場を鎮めたのは、副社長であるタナカ氏。経営者として数々の修羅場を潜り抜けて……はいないかもしれませんが、何度も痛い目にあってきた経験は伊達ではありません。年長者ゆえの年の功に役職ゆえの言葉の重みも手伝ってか、無根拠にあれこれ言っていたスタッフも多少トーンダウンしたようです。



「情報の真偽っても、まさか今から産業スパイみたいのを送り込むわけにもいかないし、今できるのは昨日の『似十堂』の番組アーカイブを隅々まで見るのと、あとは公式サイトを改めてチェックするくらい?」


「あ、ゲーム雑誌の編集に知り合いがいるんで、そっちに当たってみます」


「SNSでもすごい話題になってるスね。まあ大半は無根拠な予想と願望ばっかりみたいだけど」



 まず真っ先に考えるべきは誤報の可能性。

 いくら『似十堂』とはいえ、『ゲームの世界に入れるゲーム』を開発できるほど先進的な科学技術を手にしているとは現実的に考えにくい。あれほどの大メーカーが大きな注目を集める場で誤報などするかという疑問も当然ありますが、世紀単位で進んだ科学技術という仮説に比べたら、まだ受け入れやすくはありました。



「ウルちゃん様! 一応、念の為に確認するためなんで気を悪くしないで欲しいんスけど、『似十堂』に技術? 神の加護? ……的なモノを提供してたりとかは?」



 次に考えるべきは、『似十堂』が『ブイブイゲームス』と同じようにウルの手を借りてゲームを開発したのではという疑いです。

 非常識さで言えば未知の科学技術説とどっこいかもしれませんが、何しろこれに関しては当の自分達がこの方法でもってゲームを開発・運営しているのです。

 『似十堂』の交渉エージェントが、お菓子で釣ったり何らかの方法でウルを丸め込んでその神力を借り受けたというのは、今も『亀田製菓』の柿の種をボリボリ食べている姿からも非常に説得力がありました。


 また、ウルはゲーム開発上の様々な守秘義務に関して『ブイブイゲームス』と書類で契約を交わしてはいるのですが、その中に他社への別口での技術提供を禁じるような条項は含まれていません。


 これはゲーム業界において一種の慣例的に行われていることなのですが、あるメーカーが開発したのと同じ、あるいは類似の技術を他のメーカーが使用しても“基本的には”お咎めなし。

 一部の会社が技術を独占してはゲーム業界全体の発展に差し障るという理由から、真っ当にゲームを作って売る分には著作権や特許権などを理由に訴訟や賠償等の問題としないという不文律が、長年に渡って存在していました。

 もちろん全部が全部その通りではなく白黒怪しいグレーなケースについては裁判所に判断を委ねることもありますし、“基本的には”の例外として恥知らずにも既知の技術を後から特許登録して他メーカーから使用料をふんだくろうなど考える会社には相応の対応がされることもありますが。



 このあたりの慣習を元に考えると、例えばどこかの会社が堂々とウルにコンタクトを取って協力を取り付けたのなら、『ブイブイゲームス』側としてはそれを止める権利も理由もないのです。


 もちろん大人気の『ダンジョンワールド』の顧客を奪われるリスクはありますが、長い目で見ればこれも業界の発展のため。もしウルが他メーカーにも協力したいと言ってきたら、『ブイブイ』スタッフ達にも大人の対応で呑み込む覚悟はありました。



『わ、我は犯人じゃないのよ!?』



 ですが、なにしろ昨日の報せはウルからしても明らかに寝耳に水。

 この慌てぶりからしても、彼女が秘密裏に競合他社に手を貸していたということはないでしょう。良くも悪くも非常に素直で反応が分かりやすい彼女は、隠し事をするのがド下手なのです。開発期間も含めたら二年近い付き合いになるスタッフ達も、その部分に関しては熟知していました。


 だとすると、いよいよ候補は絞られてきます。

 あと考えられる可能性が何かあるとすれば……。



「じゃあ例えば……ウルちゃん様以外の神様が、もしくはすごい魔法使いとかかもだけど、そういう異世界の存在が『似十堂』に力を貸してる、とか?」



 絶対あり得ない、とは言えません。

 なにしろ『ブイブイ』社の現状がまさにそれなのです。

 異世界や魔法といった存在が既知のモノとなり、海外旅行と同じような手続きで旅行にも行けるようになって早十数年。優秀な『似十堂』の交渉エージェントならば、ウルと同じような真似ができる異世界の神様に交渉を持ちかけるくらいはするかもしれません。



『我の他の神様って言われても……あ』



 それに何より、明らかに何かしらの心当たりがあるであろうウルの『あ』には、とても大きな説得力が感じられました。



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