26.幼い女神と空の王国


『――――あとは、上級テクニックとして羽根の動きをよく見て、急に動けないタイミングを狙うとか。とりあえず、こんなところかしら?』


 ウルによる空中戦講座により、プレイヤー達も次第に空飛ぶ敵への対処に慣れてきたようです。


 たとえば、周囲の建物や樹木を足場として活用する。

 ペットの鳥を呼び出して、足場として活用する二段ジャンプ。

 火や風の魔法で気流を乱して自由に飛べないようにする。

 敵が急降下してきたタイミングに合わせて、手の中に握り込んだ砂やガラス片を撒いて視覚を奪う、など。


 教わった全てを今すぐ実践できるわけではないにせよ、発想のキッカケさえ得られれば格段に動きが良くなります。苦戦していた状況からあっという間に逆転。それからさほどの時間もかからずに、首都『バードピア』を占拠するカラス兵達を退却させることにも成功しました。



『ピィピィ、よくぞ国を救ってくれました。勇敢なる戦士達よ。この国の女王としてお礼申し上げますピィ』



 そして攻略に詰まっていたイベントも無事先へと進んだようです。

 先程のプレイヤー達は宮殿の奥に囚われていた『聖鳥王国』の女王、でっぷり太った巨大なオカメインコからお礼を言われていました。全長5メートルくらいはあるので、インコとはいえ間近で見るとその迫力は尋常ではありません。



『ピィピィ……しかし、帝国の本隊はまだ無傷。真の意味で国を救うためには、我が国から更に上空へと昇った位置に停泊している空中戦艦を追い払わねばなりまピィ。ああ、どこかに力を貸してくれる勇敢な方々はいないものでピィか? チラッ』


「誘導の露骨さがすごい……ねえ、これ手伝わないとイベント進まないやつでしょ?」


「ま、断る理由もないし普通に引き受ける方向で」



 会話イベントによって次なる目的地も判明しました。

 地上からでは他の建物に隠れて見えませんでしたが、現在彼らがいる『バードピア』から、いくつもの浮遊島を経由して高く高く昇っていった先にある空中戦艦が、この一連のイベントシナリオのゴールとなります。



『そうそう、どうかそのまま我が子らを供としてお連れくだピィ。まだ生まれて間もないとはいえ、その子達は強く優しく美しく賢く清く正しくキュートでプリティな偉大なる女神より加護を受けた祖たる聖鳥の血を継ぐ者。きっと道中でお役に立つことでピィ』


「あ、そういやペットの鳥って全部この女王の子供って設定だったっけ。スゲー子沢山……ていうか、今言ってた女神ってウルちゃん様のことでしょ。めっちゃ褒めさせるじゃん」


『んふふふ、まあ単なる事実っていうか? 我くらいになると普通にしててもカリスマ的なモノが漏れ出ちゃうっていうか? 決して神様権限で忖度させてるとかではないのよ?』


「ツラの皮の厚みがすごい……」



 ともあれ、会話イベントは無事終了。

 女王との会話により攻略上のフラグを満たしたため、首都『バードピア』内はもう非戦闘エリアに再設定されています。商店や宿屋などの施設も自由に使えるようになりました。

 パッと見た範囲内だけでも、首都の外に避難したり建物内に隠れていた(という設定の)住人達が現れて、早くも日常生活を取り戻している様子。これから先は、今後の空中ダンジョン群を攻略する上での前線基地として便利に使えることでしょう。



「あれ? ウル様、ちょっと聞いていいですか?」



 が、ここでカステラ侍嬢に疑問が生じたようです。



「私達はさっきのカラス達を倒して追い払ったから自然な流れになりますけど、これから新しくこの街に来る後発の人達は、戦闘ナシでいきなりお店とか使える感じになるんです? いや、だとしても別に不公平とか言う気はないですけど」



 今や何万何十万もの人がプレイしている『ダンジョンワールド』。

 中には新イベントにほとんど興味を示さず、マイペースにグルメやスポーツにばかり邁進しているプレイヤーも少なくないとはいえ、それでもダンジョン攻略がこのゲームのメインコンテンツであることに違いはありません。


 最速ペースで攻略しているトッププレイヤー層がクリアしたら、後発の他プレイヤーがイベントを見られなくなってしまう。あるいはシナリオの流れに不自然な点が生じてしまわないだろうか。そんな疑問は至極もっともなものでしょう。



『ふっふっふ、良い質問ね。流石はカステラのお姉さん。我が見込んだだけのことはあるの』


「え? あの、どうもありがとうございます?」


『でも、心配はご無用よ! ちゃんと対策はしてあるの』



 後発のプレイヤーだからといって、まだ戦ってもないのに占領されていた都市が解放されているなどという風にはなりません。『ブイブイゲームス』の開発チーム内からも同じような疑問が出て、きちんと対策を打ってあるのです。



『あのね、簡単に言うと、このへんの空間に「敵に占領されている街」と「解放されて平和になった街」の二つの状態が重なってるの』


「それって、こう……量子力学的な?」


『うんうん、よく分かんないけど多分そんな感じなの』



 ウルは何でもないことのように言いましたが、説明を聞いたプレイヤー達はその内容のとんでもなさに絶句しています。

 イベントの進行度に合わせてプレイヤーの状態を内部的に分類し、すでに敵との戦闘を終えて都市を解放したプレイヤーには「平和な街」が。まだ攻略を終えていないプレイヤーには「占領されて荒廃した街」が見えるようになっているというワケです。


 ついでに言えば、異なる街を見ているプレイヤー同士がお互いの姿を認識することや、触れることもできません。『バードピア』からある程度離れれば認識も普段通りの状態に戻りますが、両者がこの一帯のエリア内で互いを認識するためには、後発の者が敵を倒して先行組に追いつかねばならないのです。



『実は、今もすぐそこで後から来た人達が戦ってたりするのよ?』


「マジですか……全然見えない……」



 カステラ侍嬢達が目を凝らして見てみるも、目の前にあるのは平和を取り戻した街の光景ばかり。鳥系種族の街なのに堂々とヤキトリ屋が営業しているあたりに不穏な匂いを感じなくもないですが、誰かが戦う姿や音はまるで分かりません。



『一組だけだと不公平かもだし、我はそっちの人達にも戦いのヒントを教えに行ってくるの。それじゃあ、バイバイなのよ』


「……え? あ、どうもです」



 とても信じ難い話でしたが、目の前で重なりあった別次元へと移動して消えたウルを見ては、信じないわけにもいかず。そもそも、この『ダンジョンワールド』の存在自体が信じられないようなモノなのです。理解できようができまいが、起こったことは受け入れるしかありません。



「あの子、やっぱり神様なんだね……」


「だなぁ……」



 異世界から訪れた超常存在がゲームの開発・運営に携わっている。今更ながら、そのワケの分からない状況に驚きを隠せないプレイヤー達なのでありました。


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