幼い女神の迷宮遊戯

20.幼い女神と大型アプデ

　ある日の『ブイブイゲームス』会社ビルにて。

「おや？　ウル様、ちょっとこちらの画面を」

『どうしたの、コスモスお姉さん？』

　珍しく社長室まで来て書類仕事を片付けていたコスモスが、ソファに寝そべりながら漫画を読んでいたウルに声をかけました。パソコン画面に表示されているのは、ニュースサイトの記事のようです。

『なになに……病院や老人ホームで「ダンジョンワールド」が大流行の兆し。長期入院のストレス緩和に効果アリ。へえ、良いことだと思うのよ』

「ええ、全くもってその通り。いっそ、その手の施設にゲームを寄贈したり遊び方を教える講習会などやってみてもいいかもしれませんな。それなりの宣伝効果が見込めそうです」

　『ダンジョンワールド』の話題はゲームの外でますます広がっていました。

　ゲーム世界の仮想体は実際の肉体の状態や年齢で性能が左右されないため、たとえば足を骨折して歩けない入院患者でも思い切り走り回ることができます。そうした体験が病気や怪我で長期の入院をしている患者のケアに役立っているのだとか。

　人体の回復力というものは、メンタル面の健康状態によっても大きく左右されます。ゲームによるストレス緩和が治りを促進させ、退院までの時間を早める効果も認められつつあるのです。

　またプレイヤーの実年齢が仮に100歳超の後期高齢者であったとしても、ゲームの中ではキャラメイクの設定次第で若い時の姿で自由に動き回ることも可能。プレイ中は現実の肉体が感じている膝や腰の痛みも感じませんし、目や耳も若い頃と同じように良く利きます。

　ネット記事曰く、高齢者については元々ゲームで遊ぶ習慣がなかった人も多いのですが、まずは孫や曾孫の話題に合わせるために頑張って遊び方を覚えた老人がチラホラと。ですが、その鮮烈で快適な体験に孫そっちのけですっかりハマり、そこから口コミ中心に全国的に高齢者プレイヤーが増加しつつあるのだとか。

　仮想体は初期レベルからかなりの運動能力がありますし、戦うのが性格的に合わない人でもスポーツやグルメ目的なら安心して楽しめます。ゲーム内通貨を得るための基本はモンスター退治ですが、それ以外にも探せばＮＰＣの依頼で簡単なお遣いをこなしたりして金策をすることも可能なのです。

『あ～、そういえば最近あっちの世界でゲートボール大会とかやってる人達がいた気がするの。見た目は若かったけど』

　ゲーム世界の影響は他にもあります。

　故障の心配なく好きなだけ練習ができるということで、一部のプロ格闘家やスポーツ選手がゲーム内の仮想体でトレーニングすることを思いついたのです。

　現実の肉体への影響がないためフィジカル面のトレーニングは別にする必要がありますが、どうやらテクニック向上についての効果は無視できないものがあるようで。

　現実のプロのリングで試合をするような選手同士の試合ともなれば、その戦いぶりは格闘ゲームそのもの。最近では練習試合をしていると周囲のプレイヤーがギャラリーとして見物することも増えてきました。

　レベルアップで簡単に身体能力を上げられる世界とはいえ……いえ、むしろだからこそ、肉体の効率的な運用法を熟知しているプレイヤーのほうがレベルは同等でも遥かに強いのです。

　大きな大会で好成績を残した選手達へのインタビュー記事でゲーム世界を活用した練習法を知った選手達が、ここ最近はプロアマ問わずどんどん増えてきています。逆に、元々は格闘技経験がなかったのにゲーム内での強さを求めてジムや道場に通い始めるガチゲーマーも。

　現状プレイヤー間の戦闘ではＨＰが減少しないため、勝敗は当事者間の判断による「一本」や「技あり」で決することになっていますが、より緊張感のある練習をするため特定条件下ではプレイヤー同士の戦いでもＨＰが減るようにしたり、あえて現実の肉体準拠の身体能力に制限する機能を実装できないかという問い合わせも少なからず来ていました（それについては既に専用システムの実装が決定しています）。

　グルメにスポーツ、医療や福祉分野での社会貢献。

　今や『ダンジョンワールド』は単なる娯楽作品の枠を超えて、一種の社会インフラになりつつあると言っても過言ではないでしょう。

　当然、『ブイブイゲームス』の売上は伸びる一方。

　社員の給料や昇給にもそのあたりの成果はきっちり反映されています。副社長のタナカ氏もずいぶん久しぶりに銀座（ザギン）で寿司（シースー）キメてきたと言っていました。

『で、そんな盛り上がりの最高潮で今度のイベントがババーンと始まるってワケね？』

「ええ、ババーンと始まるってワケなのです」

　人気絶頂の『ダンジョンワールド』初の大型アップデートが、つい先日の『ブイブイゲームス』公式生放送にて発表されました。

　新ジョブや新ダンジョンの追加、レベルキャップの上限解放、プレイヤー同士の対人戦ができる『闘技場』エリアの実装など興味深い内容はいくつもありますが、なんと言っても目玉は全プレイヤー参加型の超大型ストーリーイベントでしょう。

　ストーリー内容そのものはまだ秘密にしてありますが、イベントを最後までクリアすれば一定時間飛行ができるようになる特別なスキルを習得できるという情報が先行公開され、先日の公式生放送でも大きな反響を呼んでいました。

　ネット上では、飛行スキルという点から新イベントの舞台は雲の上なのでは、などという議論や考察も盛んにされています。

　超大型ストーリーイベント、その名も『空駆ける空中帝国』。

　その開始日はもう数日後に迫っていました。