15.幼い女神のダンジョン配信


 そんなこんなでウルの案内で近くの洞窟にやってきました。

 宣材撮影のために初心者プレイヤーが遊ぶ様子を撮るのが目的とあって、生息するモンスターは初期レベルでも簡単に倒せそうな種類ばかり。



『じゃあ、今から撮影スタートするの。みんな頑張ってね』



 洞窟に入る直前のタイミングから、ウルが開発チーム専用仕様のメニュー画面を開いて撮影を開始しました。ここで撮った映像はリアルタイムで動画サイトで生配信され、また後日それらに編集や加工・解説など加えたものを『ブイブイゲームス』公式サイトでの宣伝に使う予定となっています。


 しかし生配信ゆえの心配もないではありません。

 人数も二十人近くいますし、むしろあまりにも楽勝すぎて良い映像が撮れないかも……なんて考えは杞憂に終わりました。



『こらこら、ちゃんと目を開けて武器を振らないと当たらないのよ?』


「そ、そう言われても……」


「だよなぁ……」



 初めての冒険に胸を躍らせるプレイヤー達は初期配布の武器を構え、最初のうちは意気揚々とモンスターに斬りかかっていったのですが……本物の剣や槍など持ったことすらない素人が、まだ動かすのに慣れていない普段と違う肉体で振り回してもまともに当たるはずがありません。


 目の前の敵モンスター、最下級のザコ敵として設定されている『コンニャクスライム』の前でひたすら空振りを繰り返すばかり。目を瞑ったままデタラメに武器を振り回すせいで近くの味方にばかり攻撃が当たっています。PK禁止の世界法則がなかったら早くも半分くらいの人数が脱落していたかもしれません。


 また初期レベルのHPと装備でも、コンニャクスライムの体当たり攻撃に四、五発くらいは耐えられるようになっているのですが、モンスターがちょっと近付いてきただけで必要以上に大きく後退り、そこでまたプレイヤー同士の接触で転倒する者が続出しています。



『ちょっと人数が多すぎたのかしら? とりあえず、このモンスターは我が倒しちゃうわね。ふーっ!』


「うわ、ウルちゃん様つよい」



 とりあえず、人数を減らすなり分けるなりして仕切り直す必要がありそうです。目の前のコンニャクスライムはウルが口から吐いた高圧水流のブレスで両断。


 そうして一同が落ち着きを取り戻したところで、洞窟の外の草原まで引き返し、ウル先生引率の元で臨時の戦闘チュートリアルを行うことにしました。


 まずは仮想体の動かし方に慣れるところから始め、その後は三人から五人くらいの即席パーティをいくつか作って、ウルが引率しつつ順番に洞窟探索という流れ。もちろん、それらの様子もすべてメニュー画面の機能で撮影しています。



『まずは全員素振りからかしら? フラつかずに振れるように練習ね。あと待ってる組の人達は、洞窟の外で走ったりジャンプしたりするのもいいかも』


「押忍、ウルちゃん師匠!」


「走り込みなんて高校の体育の授業以来だわ……」



 スポーツに苦い思い出がありそうな何人かが嫌そうな顔をしましたが、ここはいくら動いても痛くも苦しくもならないゲーム世界。

 たとえ素振りや空振りでもたくさん武器を振ることで攻撃力にプラス補正のある常時発動パッシブスキルを取得できたり、一定以上の距離を走ることが特定のスキル取得の条件として設定されていたりもします。


 ゲームのネタバレになってしまうので、具体的な距離や回数についてウルもボカしていましたが(ちなみにスタート地点の街でのNPCとの会話からも同様の情報は得られます)、たとえ失敗してもマイナスはない。どちらかというとプラスになり、なおかつ今なら失敗して恥をかくのが自分一人ではないわけです。


 それに、加えてもう一つ。

 ゲーム開始からここまで全力で身体を動かす機会がありませんでしたが、たとえ初期レベルだとしても、この仮想体の性能はちゃんと操れさえすればなかなかすごいものがあるのです。



「すごい! 速い!」


「全力疾走でも全然息が切れない!」


「人の頭より高く跳べる!」



 ゲーム開始時点でのレベル1のステータスでもこの通り。

 走る速さは選択した職業に関わらず100メートルを十秒というオリンピック級のスピード。3メートルの巨人や50センチの小人のような極端な体格でも内部的な補正により、一律同じくらいの速さで走れます。

 本格的に陸上競技をやっていた経験者が正しいフォームで走れば、100メートル九秒切りすら狙えるでしょう。しかも初期レベルの運動能力でそれなのです。


 速さだけでなく跳躍力や筋力も大体現実のトップアスリート基準で揃えてありますし、スタミナに関しては、そもそも概念からして存在しません。いくら身体を動かしてもまるで消耗することがないのです。その気になれば全力疾走のスピードを維持したまま何時間でも走り続けられます。



『レベルをいっぱい上げれば新幹線より速く走れちゃうのよ』


「マジか、ゲーム世界すげぇ!」



 なんとも現金なもので、これだけ動けるとなると分かったら急に運動が楽しくなってきたようです。洞窟のすぐ前の草原で追いかけっこなど始める者、先程のコンニャクスライムのドロップ品である『スライムボール』をウルから借りて、棍棒をバット代わりに野球を始める者までいました。


 もちろん、この様子もリアルタイムで生配信されています。



『どれどれ、コメントは付いてるかしら?』



 ウルが開発者用メニュー画面を操作して、動画サイトのコメント欄を覗いてみると……。



【ダンジョンまだ?】


【ダンジョンワールド、野球ゲームだった件】


【技術はショボいのにフィジカルだけはメジャー級】


【ちゃん様カワイイ】


【悲報。洞窟くん、忘れられる】



 と、反応はだいたいこんな具合。



『ぐうの音も出ないの!? みんな集合! そろそろ洞窟行くのよ。こらっ、「え~?」じゃないの「え~?」じゃ! 野球なら後で好きなだけすればいいから!』



 まあ身体の動かし方に慣れたのは予定通り。

 ジャンケンで組分けを終えたプレイヤー達は、ウルと一緒に改めて洞窟の中へと入っていきました。


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